第4話 新人歓迎会後、厚切りハムステーキ&ほうれん草のバターソテー 下

 帰宅。どうやら、奴よりも俺の方が早かったようだ。

 時刻は二十一時過ぎ。デパ地下で買った野菜やキノコが入った猫の肉球柄のマイバックをテーブルへ置き、さっさと着替える。

 ビールを飲もうと冷蔵庫を物色していると、携帯が震えた。メッセージが入る。


『……私、さっちゃん。今、地下鉄に乗ってるの』

『おかけになった電話は現在使われていないか、電波の届かない場所にいる為、かかりません。なお――』


 冷蔵庫の中を撮り、送付。


『マイスタービール、俺のモノ』

『あーあーあー!!!! 裏切りっ! これは、手酷い裏切りだよ、雪継君っ!』

『世は正に等価交換時代』

『お土産はないっ!!!』


 ビールを開け、グラスへ注ぐ。……我ながら、上手くなってきたな。

 再度、撮って送付。


『乾杯』

『…………今夜は寝かせない。丑三つ時にホラーゲームやる。香港のっ!!!』

『ご自宅へお帰りください。で、後何分で着くんだ?』

『今、駅、着いたー。優雅に、お淑やかに、早歩き中』

『了解』


 携帯を放り出し、キッチンへ。

 フライパンと鍋、包丁を取り出し、冷蔵庫からバターと醤油。少し考え、親父手製のベーコンを確保。マイバックからはデパ地下で投げ売られていたほうれん草としめじ。

 ほうれん草の根本を切り、食べやすいように更に切る。しめじの石突も同様。ベーコンは贅沢に大きく。

 鍋に水を入れ沸かし、ほうれん草をそっと茹で、冷水で締める

 後は炒めて――携帯が再動。


『何か、買ってくー?』

『いんや』

『はーい。因みに、私は分厚いハムステーキには付け合わせが必要だと思う人です』

『ふむ。まぁ量は限られている』


 フライパンにバターを投入。後からベーコンが入るので少な目。

 ほうれん草、しめじ、ベーコンを炒める動画を送付。

 良い香りが広がってきた。

 最後に醤油を少し入れ、小鉢に盛り付けていると、電話がかかってきた。

 駆ける音が聞こえる。


『ちょっ!? 雪継っ! 待って!! 雪継、ステイっ!!!』

『ゆっくり来いよー。俺はこれをつまみにしながらハムを焼く』

『ま~ち~な~さ~い~!!!! もう、今、マンションの入り口、入り口――あ、こんばんは――……………変な目で見られたんだけど?』

『四月一日幸さんは、変な子だからな』

『きー!!!! あ! エレベーター、来たっ!! 来たからっ!!!』


 ビールを飲み、ほうれん草のバターソテーも一口。

 ……美味い。

 キッチンで料理作って、その場で食べるなんて、結構な贅沢なんじゃなかろうか?

 悦に浸っていると――扉が開き、どたどたと四月一日が飛び込んできた。


「ゆ~き~つ~ぐ~……」

「ほい」


 取り分けておいた小鉢と箸を渡す。なお、何故かうちにある、こいつの箸だ。

 春物コートを着たまま、四月一日は一口。


「あ、美味しい」

「だろ? 簡単に出来て、ここまで美味い。素晴らしいことだわな」

「だね。ビール!」

「先に着替えろ!」


 四月一日が頬を膨らます。

 その間も箸は止まらず、ほうれん草をぺろりと平らげた。

 そして、ジト目。


「……雪継、本当にお母さんみたい。もしかして、背中にファスナーが!?」

「――……厚切りハムステーキ、先に焼いても、俺は一向に構わんのだが?」

「……てへぇ♪ シャワー浴びて、お化粧、落として、着替えるっ! の・ぞ・く、なよぉ?」

「…………もう少し胸があれば、痛っ!」

「ふんだっ!」


 弁慶の泣き所を的確に蹴るロー。……恐るべき、切れ味!

 コートと鞄を俺に投げ渡し、四月一日は洗面所へ。

 ――さて、ハムを切るかぁ。


※※※


 うちの親父は、息子の俺が言うのも何だが趣味人である。

 農業、陶芸、料理、菓子、パン……田舎で好き放題にやっている。

 リタイアした後の方が毎日、忙しくしている位だ。

 なお、菓子とパンは身贔屓抜きにしても、最早売り物レベルである。


 ――で、そんな中でもハムは絶品である。


 半年に一回、自分で肉を買って来てはせっせと作り、此方へ大量に送って来る。

 スライスされた物と一本そのまま。次いでにベーコンも。

 どういう秘密があるのかは分からないものの、美味い。というか、油が甘い。スライスされた物ですら、高級品のハムの味がする。

 

 親父曰く『ハムは厚い方が美味い』。   


 至言だと思う。

 スライスされていないハムを贅沢に分厚く切る。

 このまま焼いても圧倒的に美味いのだが、今回は更に贅沢をする。

 棚を開け、箱のままのオリーブオイルを取り出す。

 四月一日が得意先から貰って来た高級品である。お値段、一本で樋口さん+。

 普段、精々、二本800円のものを使用している俺達は畏れ慄き、今日まで封印していたのだが……折角のハムである。使う時――来たれり!

 ちょっと楽しくなりながら、ビールを飲みつつ、拭いたフライパンへオリーブオイルを投入。

 分厚いハム様をその中へそっと置く。肉が焼ける音。

 ビールのグラスが取られた。


「あ、こら」

「いいおとだー。だー。まだ、卵あったっけ?」


 ビールを飲みながら、頭にタオルを被り、長袖Tシャツ姿の四月一日が冷蔵庫を物色。

 此方を見ず、聞いて来る。


「雪継は~? 食べる?? 目玉焼き」

「……いや、そこはハムエッグだろう」

「! 篠原君、天才!!」

「だろう? 皿取ってくれ」

「はーい」


 ――その後は、キッチンでハムと野菜を焼きながらの酒盛りになった。 

 厚切りハムステーキは絶品。マジで美味い。何という贅沢。

 なお、少しだけ新人の話をしたけれど、四月一日の反応は薄かった。あんまり、興味がないのかな?

 

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