第3話 新人歓迎会後、厚切りハムステーキ 上
「では――新人の皆さんの前途を祝して、乾杯!」
『か~んぱい!!!』
社長の音頭で、一斉にみんながグラスを掲げて、一斉に料理を取りに動き始める。
本日は所謂、新人歓迎会。
うちの会社の本社兼東京オフィスに勤務する六十数名が集まり、毎年、四月の第一週の金曜日に開催される恒例行事だ。
会場は、一応、都内某有名ホテルで、立食式。
行事関係に金を惜しまない会社は、旧友達の話を聞く限り、世の中そんなに多くはないようなので、有難い話ではある。あと、立食だと長引かないし。
この手の行事も総務の仕事で、それなりに面倒ではあるものの、予算内であれば料理も独断で選べるし、まぁ、良しとしよう。
さて、俺も料理を――
「篠原」
「!」
この声は……恐る恐る振り向くとそこにいたのは、ビール瓶を片手に持たれている社長その人だった。
グラスを空けろ、という仕草をされたので飲み干す。
すると、すぐさま注がれた。
「一先ず決算、御苦労だった。迅速な仕事だった」
「あ、有難う、ございます」
「で、だ。何点か質問したいんだが――」
……まずい。社長が楽しそうだ。とてもとても楽しそうだ。
この人、とんでもなく頭の回転が早いし、経営の勘所も鋭いのだけれども、一度捕まると長いんだよな。
俺は近くで研修後、総務部に配属予定の、新人の女の子と話をしている石岡さんへ視線で助けを求める。
けれど、普段は頼りになる先輩は視線を逸らし、話し続けている。
「いや~最初、
……おのれ。
決算をまとめたのは俺だけじゃないと言うのにっ!
「計算すると、妙に資金効率が上がっている。これは、どういう――」
その後も社長に捕まった俺は、延々と決算の質問を受けることとなった。
…………行事回りで様々な事に対処した結果、結局、食べられないし、飲めない。
総務あるある、である。
嗚呼、腹減った……。
※※※
「あん? し~の~は~らぁ~。お前、二次会、行かねぇのか??」
「……行きませんよ。今、俺に必要なのは、酒じゃなく、肉です。出来れば、分厚い。石岡さんがステーキ奢ってくれるなら行きます」
「そんな金はねーよ。それじゃ、また来週な」
ひらひら、と手を振りながら少し酔っている先輩が離れて行く。
僕は、落ち着かない様子の背の高い新人の女の子に話しかける。
「えーっと……八月一日さん、だっけ? 二次会、嫌なら付き合わなくてもいいからね? 遅くとも終電前までには帰るようにして。二次会の店からだと……」
持ち歩いている猫のメモ帳を取り出し、目安になる地下鉄の最終時刻と、歩いてかかる時間を書き込み、目をぱちくり、させている八月一日さんへ手渡す。
「おじさん達は置いていって良いからね」
「あ、はい……あ、ありがとうございます」
「気にしないで。配属されたら、きちんと返してもらうから。仕事で」
「が、頑張りますっ!」
「適度にね。さ、行って」
手を振り、別れる。
…………いや、本当に腹が減った。
駅へ向かっていると携帯が振動。確認。『ラッキーガール』
『しごと、おわったー……新人ちゃん達の歓迎会がぁぁ……若者の初々しいエキスがぁぁぁ…………とりあえず、お~な~か~、減ったぁぁぁぁぁ!!!!!』
『お疲れ。こっちも今、一次会が終わり。俺も腹が減ったわ』
『まーた、食べられなかったの? 篠原雪継君は社畜の鏡だねー。ねー。ねー』
『うぜぇ。二次会行くなら、参加すれば? 銀座の』
某有名BARの名前をあげる。
ぼったくる店でもないし、そもそも偉い人達が払ってくれるからタダ飯は食えるだろう。……量がまったく足らんが。
即座に新しいメッセージ。
『面倒。あと、セクハラ死すべし。そろそろ、訴えようかなー』
『さいで。まー何か食って帰れば? 確か今日の予定だと、麻布十番だろ? まだ、店、開いてるんじゃね? ほら、あの美味いおでん屋とか』
『きゃー。雪継くん。私のスケジュール、把握しているのぉ?』
本当にウザイ。腹が減っているせいか、突っ込む気にもならん。あと、把握しているのは向こうも同じだと思う。外出すると行き先、バレてるし。
『おでん屋の気分じゃないのっ! 私は、私は、今…………肉を、肉を欲しているっ!!!』
『コース料理で3万円になります』
『それは、また今度ー。そっちの予定はー?』
『当てたら、食わしてやらんでもない』
『ほほぉ……この私、営業第一課の屋台骨、四月一日幸に挑戦するというのかね? 甘い、甘いのだよ、ワトソン君!』
『3-2-1』
『ハムステーキ!!! 厚切りっ!!!』
「…………」こやつ。
渋々、打ち込む。
『………………せ、いかい』
『ふっはっはっはっー! 君の考えていることなど、お見通しなのだよー! それじゃ、ハムステーキね☆ お父さんの!』
『了解。んじゃ、後で』
『うん! 後でねー!』
携帯を仕舞い、改札を通り抜ける。
とっとと、帰ってハムだ、ハム!
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