【13】ママの心配

昨日、一日休ませてもらったお陰で今日は

すっきりと起きることができた。

これなら普通に働けそうだ。

まだ眠りについている匠君を起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、朝食を作り

コーヒーをセットする。

少し頭痛は残っているが、働いていたら

きっと忘れてしまうだろう。

この前の事故といい、今回の風邪といい

病気になると、いつもの日常の有り難さが

身にしみてわかる気がする。


コーヒーが入り、テレビを見ながら飲んでいると階段を駆け降りてくる音がした。


『つ、つばさ?もう大丈夫なのー?』


「あ、匠君おはよー。ご心配おかけしました。昨日から熱も出ていないし大丈夫みたいだよー。今日は出棺ですよね?早くご飯食べて出勤しましょうね。」


近寄ってきて、おでこを触ったり顔を両手で

包み込んで目を開いてお医者さんのような

行動をとり始めた彼。


「ね?熱もないでしょ?ゆっくり休ませて

もらいましたので、本当大丈夫だからね!」


『…ならいいんだけどさ?本当、少しでも

具合悪いとか思ったらすぐに言うこと!』


「かしこまりましたー。」


匠君が食べている間に身支度を整えて一緒に家を出る。男の人って本当に楽でいいよな。

本日も左足から靴を履き、一緒に家を出ると

片道一分の通勤タイム。

少し早めに出たつもりだったが、幸栄たちは

もう来ているようだ。


「おはようございまーす。」


『おはよー、翼もう大丈夫なの?あなた地味に体弱いからさ、少し心配しちゃったよ!あ、匠君もおはよー。』


「幸栄に寿郎君、昨日はご迷惑をおかけしました。すっかり治ったから心配しないでね。このご恩は後日お返しいたします。」


『翼ちゃん、無理しないでね。』


『あのー、お二人さん?俺の存在を忘れていませんか?支配人ですぞ?支配人!!』


『なに?匠君寂しかったの?もーしょうがないな…ほら、寿郎!ハグでもしてあげて!』


『野郎のハグなどいらぬ!!』


あー、幸せだ。この何気ないやり取りが幸せでたまらない。これだけは失いたくないな。


雑談を終え、朝のティータイムが終ると

全員仕事モードへと切り替える。

本日は親族も多数の為、匠君が提携している

レンタカー屋にマイクロバスを取りに行く。

その間に私達は葬儀の最終準備だ。



『おばちゃんおはよー♪』


『あ、俊介君に桜ちゃんおはよう。』


『…おはようございます。本日まで

よろしくお願い致します。』


「初めまして、副支配人の岩崎です。

昨日は所要で席を外しまして申し訳ありませんでした。本日はしっかり務めさせて頂き

ますのでよろしくお願い致します。」


前に立つ、泣き腫らした目の、私よりも

年下に見える喪主であるご主人。

覚悟はしていたが、本日のお別れも中々辛いものになりそうだ…。


導師様の読経が終わり、いよいよ出棺の時。

匠君も、戻ってきて送迎の準備をしている。

最初は、はしゃいでいた子供達も、棺に入り

綺麗に花を添えられて飾られた、人形のような母親の姿に、言い様のない恐怖を感じたのか父親にぴったりと寄り添い離れようとしない。


『お父さん?お母さんはどこに行くの?』


『……、お母さんはね、…今から…天国に

出発しちゃうんだ…二人とも?キチンと

お別れを…言うんだよ?』


『……、私、お母さんとお別れしない』


泣きながらお父さんにすがっている妹と

拳を握りしめて下を向き泣かないように

耐えている小さな兄。

これ以上、見ていられなくなった私は霊柩車の運転席へと向かい出発の準備をする。

こちらに乗るのは、喪主であるご主人と

故人の母親の二人になった。


棺の搬入が終わり、いよいよ出発だ。


「本日の運転は、私が務めさせて頂きます。短い間ですがよろしくお願い致します。ご自宅など、どこか通りたい場所などありませんか?遠方は無理ですが、近場でしたら可能ですのでお申し付けください。」


『ありがとうございます、では自宅の前と、いつも家族で行っていた公園の前をお願いしてもいいですか?よろしくお願いします』


「かしこまりました。では出発致します。」


"プァァァァァァァァン"

という長いクラクションを鳴らし

霊柩車は走り出す。言われた道を通りいつもの火葬場を目指していると、またもや車は

濃い霧に包まれ始めた。

坂道を登りきり駐車場に止まると霧は一層

濃さを増している。



"ねぇ、運転手さん?聞こえる?"


はい、例のやつが来ました、

病み上がりだけど、私に任せなさい。


「…幸子さんですか?私は運転手の岩崎と

申します。どうかなさいましたか?」


『えっ、岩崎さん驚かないんですね!もう少し何か反応があるのかと思ってましたが、普通に返事が返ってきたのでこちらがビックリです。』


「あ、すみません、この前もこういうことがあったので覚悟をしていただけのことです。何か思い残したことがあるんですよね?」


『そう、そうなの!私、急に死んじゃったでしょ?残された家族のことを考えたら、呑気に焼かれてる場合じゃない!って思って必死に訴えかけてたの。そしたら岩崎さんが反応してくれたから、本当よかったー!』


「わかりました、お手伝いしますよ。

何をしたいかはもう、お決まりですか?」


『話が早い人は大好きです。とにかくね

うちの主人、何にもできない人なのよ!光熱費の支払いとか子どもの習い事が何曜日とか、きっと知らないことだらけなの。私今から手紙を書くのでそれを彼に渡したい!』


確かに専業主婦といっても、やることは

膨大にあるだろう。子どもの世話から税金に公共料金などの支払い、掃除に洗濯物を

直す場所まで細かいところを言い出したら

キリがないだろう。

彼女にノートとペンを渡すと、手紙が

書き終わるのを待つことにした。



『…岩崎さん?終わりました!

後はどうすればいいのか知ってるの?』


「ありがとうございます。では、私の左手を握って行きたい場所を強く念じてください。それでは行きますよ?……"残夢の元へ"!」

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