【12】幼子の声

いつもは静かな會舘の中に、

明るい子どもの声が響いている。


『俊介?お父さん今大事なお話してるから

あっちで桜と遊んでてくれるか?』


『俊介君、桜ちゃん!おばちゃんと遊ぼっか?折り紙あるけど、やったことあるー?』


『えぇー、おばちゃんと遊ぶのー?

僕、お母さん探しに行きたいー!』


『じゃあおばちゃんとかくれんぼしようよ!おばちゃんのこと探してみて?じゃあ隠れるよー!!よーいドン!』


幸栄さんの強引な遊びの始まりを面白がり

ようやくお父さんから離れてくれた兄妹。


俺の目の前で頭を抱えて、途方にくれて

いる喪主は、故人の夫で二人のお父さん。

そう、故人は二人の幼い兄妹のお母さんなのである…。


『すみません、スタッフの方のお気遣い感謝いたします。本当に突然のことで…何をどうしていいのかもよくわからなくて…。夕方にはうちの両親と妻の両親も到着します。』


悲しさよりも、混乱の感情に支配されている

喪主の清水さん。翼のことは心配ではあるが

彼女ならきっと"匠君しっかりして!"と言ってくるだろう。


「ご親族の方がお見えになるまでは、私共のスタッフでお子様の面倒は見ておきますので、清水さんはお気になさらずにお辛いとは思いますが…今後のことを一緒にしっかりと考えていきましょう。」


『…ありがとうございます。』


清水さんの妻である、幸子さんは起床後に

突然倒れ、そのまま救急車の中で息を引き

取ったそうだ。

俺が清水さんの立場だったらと思うと怖くて仕方がない。いつも隣で笑ってくれている、翼が突然いなくなるなんて…。

しかも清水さんの場合は幼いお子さんまで

いるという境遇…。

少しでもこの人の力になりたいと思った。


清水さんが着替えなどを取りに行っている間

子ども達は、引き続き幸栄さんが見ておくということで、すっかり懐いた子ども達は

仮眠室で絵を書いたり折り紙をして遊んだりと楽しそうに過ごしていた。


『なぁ、寿郎?寿郎はさ、自分の子どもを

持とうと思ったことはないの?』


『なんだよ、いきなり…。幸栄がさ、別に俺と二人でいいって言ってたし、俺もどちらかというと子ども相手にするの得意じゃないから、あまり真剣に考えたことはないな。』


『そうなんだ。何か幸栄さんが、あぁやって子どもと遊んでる姿みてたら、いいお母さんって感じするし、ふと思いましてね。』


『…確かにな。あーいうの見てると、本当は幸栄も母親になりたかったんじゃないかと思うわな。俺に気を使ってくれてるのかなとかさ。きっと、俺が悪いんだよな…。大事なことは全部、幸栄に決めさせてきたし…。』


『何々?そうなのー?もう、寿郎ってば

男らしくないわねー?たまには幸栄さんに

"愛してる"の一つでも言わなきゃ逃げられちゃうわよー?幸栄さん可愛いんだから!』


『…その話し方はやめろ。まぁでも匠の

言う通りかもな。これからは、少し頑張ってみるわ。俺には幸栄しかいないし。』


『もー、それを直接

幸栄さんに言いなさいよね!』


いつも感情を表に出さない寿郎だが

幸栄さんのことを本気で大切に思っている

のが伝わってきて少し嬉しくなった。


日が傾きかけた頃、親族を引き連れた清水さんが戻ってきた。滅多なことでは揃わない

二人のおじいちゃんおばあちゃんが一緒に

いるのを見て、俊介君と桜ちゃんは驚きながらも大喜びをしている。


『ねぇねぇ、お母さんはまだ?』


久しぶりの孫を見て、少しだけ頬を緩ませていた大人達が一瞬で凍りつく。

俊介君は五才なので、なんとなくではあるが

この状況をおかしいと考えだしているが

妹の桜ちゃんはまだ三才。

お母さんが倒れた時はまだ眠ってい為、

"お母さんは救急車に乗って病院に行った"

としか認識していないらしい。


導師様の到着を迎える準備をするために

一旦事務室へと戻ってきた俺達。


「幸栄さん、お疲れ様でした!いや~子どもと遊ぶのうまいよね!翼もいないし、寿郎と俺だけだったらきっと何も先に進まなかったと思うよー、な、寿郎?」


『…そうだな。幸栄、お疲れ様。

助かったよ。ありがとう。』


『もー!何?二人ともだらしないわねー。

ま、甥っ子達ともよく遊んでたからあなた達よりも少し慣れていただけだよー。』


やはり、子どもを産んでいなくても

女性には母性というものが備えられて

いるのだろうなと思った。


「ごめん、幸栄さん、寿郎!少しだけ翼の

様子見てきてもいいかな?すぐ戻るから!」


『そうだね!私も心配だし

匠君行ってきてくださーい!』


少し時間が開きそうだったので、少しだけ

翼の様子を見に行くことにした。


『翼ー?大丈夫ー?』


「…あれ?匠君?仕事は大丈夫?」


『あ、起きてたんだ!具合はどう?』


「今は熱も無いみたいだし大丈夫だよ!

心配かけてごめんね?」


『そっか、よかったよ!もうすぐお通夜

始まるんだけどね、今日のお客様は少し大変な感じなのよ。幸栄さんが凄く頑張ってくれてるわー。』


「そうなんだ、どんなお客様なの?」


『小さい子どものいる、お母さんが突然亡くなっちゃったみたいなの。お父さんも途方にくれてるしさ、本当大変そうだよ…。』


「それは辛いよね…、匠君しっかりお父さんの力になってあげてよね!風邪移したら悪いし今日は休ませてもらってもいいかな?明日は出勤しますから。幸栄と寿郎君にも明日は行くって伝えてくれる?お願いしますね。」


翼のおでこにキスをして、抱きしめる。

清水さんの件に関わったタイミングでの

翼の体調不良は、俺には恐怖でしかない。

明日の朝、翼がいなくなったら…

俺はきっと何もできないだろう。


職場へ戻ると、先ほどよりも

子どもの声が増えていた。

清水さんのお兄さんに、幸子さんの姉妹

家族が到着し総勢十名の子ども達は、涙を

流す大人達とは対照的にお祭り騒ぎである。

いつもとは様子の違う會舘に戻り事務室へと向かう。


『あ、匠君お帰りなさーい。凄く賑やかで

驚いたでしょ。翼の具合はどうだった?』


「ただいまー、うん驚いたよ。幼稚園みたいな賑わいだな。明るく送り出してやるのもいいのかもしれないと思ったりもしたけどね。翼は、熱は下がったみたいだけど、風邪移したら悪いし今日まで休ませてもらうって。

その分俺が働くから心配しないでねー?」


『そっか!熱も下がったなら安心だね。

さて、そろそろ導師様の到着の時間だし、

支配人?翼の分も頼んだわよー?』


「任せとけ!」


仕事は仕事。俺の心配事など、お客様には

関係のないことだ。翼に心配をかけないようにしっかりと送り出す準備を整えよう。

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