【14】タピる、幸子。
「……、ここは…先ほど通った、
幸子さんの自宅ですよね?」
『あー、本当に着いたんですね!岩崎さん
凄いです!ここはですね、正確に言うと、
一週間前の私の自宅前ですね。実はこの日、旦那と喧嘩をして子どもを連れて実家に帰ったんですよね。理由は本当、些細なことですよ?バカみたいな理由で飛び出したし、迎えにきてとも言えず…。子どもが帰りたいって言うから二日後には帰ったんですけど、帰ったら家の中はゴミだらけだし、それでまた
ムカついてきて…。結局私が死ぬ朝まで、
ほとんど話もしなかったんですよね。
だから、この時すぐに謝っていればよかったなと思いまして…』
「そうだったんですね、わかりました。
では、私はお預かりした手紙を葬儀の次の日に自宅へ届くように宅急便に出してきます!幸子さんはきちんとお話して、すっきりしてきてくださいね!健闘を祈ります。」
『あ、宅急便なら私子ども達にプレゼントを入れたいのですが、先に一緒に買いに行ってもいいですか?これが、子ども達への最後の贈り物になるので自分で選びたいんです。』
「それはいい考えですね!大丈夫、私お財布持ってます!プレゼントも入れて送りましょう!」
『岩崎さんありがとう!助かります!買いたいと言ったものの私、焼かれる寸前でお財布ありませんでした!代金は葬儀代に紛れ込ませてくださいね~!』
冗談にもならない冗談を二人で言いながら
二人で近くにある大型ショッピングモールを目指すことにした。
『あ、これ!!これお兄ちゃんにします!』
持っていたのは電池を入れたら走る
電車と線路のセットのおもちゃ。
最近のおもちゃは、凄いな…車体の細かい
模様まで忠実に再現されている。
『桜は、ペットが飼いたいと言っていたのでお喋りするぬいぐるみにしようかと思います!あ、これ!ありました!!』
子どもの好みを良くわかっているな。私にも子どもがいたら、こんな風にワクワクしながら贈り物を選んだりしていたのだろうか。
別に匠君と二人の生活に全く不満はないし
それでいいと思っているが、子どもが嫌いなわけではないし、触れあう機会などがあった時にはやはり考えずにはいられない。
「欲しいものが見つかってよかったですね!幸子さん、何か食べたいものとかないですか?ついでだから、あったら食べて行きましょうよ。」
『あ、私一つだけ思い残したことありました…!笑わないでくださいよ?実は…今流行りのタピオカミルクティ飲んでみたかったんです!!ずっと飲みたいと思ってたんですけどね、ほら、いつも行列してるでしょ?
子連れであれに並ぶのは無理がありまして、結局飲んだことなかったんですよね!』
「ふふっ、タピオカ!確かに私も飲んだことありません!好きな人には悪いけど…原価何十円の飲み物に高いお金と時間を使って飲むものじゃないと思っていました。よし、これを機会に一緒にタピりましょう!」
並ぶこと五分、季節的なものもあるのか
そこまで並ぶことなく手に入れることができたタピオカミルクティ。
『岩崎さん、ついに手に入れましたね!
念願のタピオカ!早速いただきまーす♪』
嬉しそうな彼女の笑顔に私も嬉しくなった。
さて、私も飲んでみよう。
太いストローから初めに口に入ってくる
少し甘めのミルクティ…普段、紅茶に砂糖とミルクを入れることのない私は少し怯んでしまった。気合いを入れ直し、もう少し吸ってみると今度はミルクティと一緒にグニョっとした感触の丸い物体が飛び込んできた。
『……岩崎さん?これって美味しいんですか?私、考えてみたら甘めの飲み物苦手かもしれません…。多分チョコレートドリンクとかならいけるんですけどねー。…でも、現世最後の食べ物なので全部飲み干します!』
「うん、確かにね。私ミルクティって飲んだことなかったからさ、どんな飲み物か全く
想像できてなかったの。でも、幸子さんの
お陰で味もわかったし、誰に並びたいって
誘われても嫌いだから買わない!って言えるよ!逆にありがとうだねー!」
きっと甘めの飲み物が好きな人には受け入れられるのだろうが、私達には合わなかったようだ。罰ゲームのように必死でタピオカとの戦いを終えると、買ってきたおもちゃをきれいに梱包し、ご主人への手紙と子供達への
手紙も入れる。帰り道にある、宅配会社の営業所へ荷物を出しに行き、自宅に戻ることにした。
『さて、荷物もありがとうございました!
旦那も帰ってきているみたいなので、そろそろ行ってきますね!岩崎さんは車で待っててください。』
「うん、仲直りできるといいね!」
※※※※※※※
買い物に出る前は消えていた家の明かりが
灯っていることから、きっともう帰ってきているはず。とりあえずインターホンを鳴らしてみよう。
"ピンポーン"
"ガチャ、はい"
「私だけど鍵開けてくれる?」
『あれ、幸子?鍵持ってないの?』
「無いから開けてって言ってるの」
『あ、ごめん。今開ける』
昨日はこの家で普通に暮らしていたのに
私は話が終わったらこの世とサヨナラしなくてはならない。そう考えると泣けてきた。
リビングへと入り、ソファーへと座る。
旦那は夕食のカップラーメンを食べているところだった。
"ヤバい…この人料理もできないんだった…"
日常生活に必要なことは書き残してきたつもりだが、食事のことを考えるのを忘れていた。この人はいいが、子供達へインスタント食品ばかり食べさせられても困る…。
『…子供達は?』
「あ、まだ実家にいる。喧嘩のこと謝りたくてさ少しだけ抜けてきたの、明後日には連れて戻ってくるから。さっきはごめんね?」
『…幸子から謝るなんて珍しいな。
俺の方こそごめん、本当大人げなかった。』
「ありがとう、ねぇあなた?
突然さ私が死んだらどうする?」
『え?謝りにきたと思ったらまた突拍子もないことを言い出して…、何かあったの?』
「いや、俊介の友達のママさんがね、この前突然亡くなっちゃったんだって、その話聞いてさ、旦那さんが凄く大変みたいで…あなたはどうするんだろうと思ったの。」
ラーメンを食べ終わり、私をじっと
見つめて考えている。
『…そんなことがあったんだね。俺、幸子いないと本当何もできないよ?できることって何だろう…子どもと遊ぶことくらいしか思いつかないわ。だからさ、幸子は俺よりも先に死んじゃダメなんだよ?わかった?』
本当、人任せな男だな。
私は家政婦じゃないんだよ?
謝りにきたけど、少しムカついてきた。
「あなたね、そんな人任せでいいと思ってるの?その奥さんが突然亡くなった旦那さんも、奥さんが死ぬとは考えてなかったと思うよ?でもね、人間誰でもいつかは死ぬの。それが明日かもしれないし何十年後かもしれない、それは神様しか知らないことでしょ?」
『ちょっと、何?それはそうだけどさ、幸子別に体に悪いとことかないでしょ?そんなこといきなり言われても考えられるわけないじゃない?』
「…、それはそうなんだけどね、少しでいいから頭に入れていてほしいなと思ったの…。お願い、少しでいいから考えてくれる?
子供達を守れるのはあなただけなんだから」
『……、本当幸子何か今日おかしいよね。
わかった、そこまで言うなら少し考えてみる。あ、とりあえず洗い物してみるよ!』
頭を下げたお陰か、彼は食べていたものを
自分で片付けて残っていた洗い物を始めた。
よし、いい感じだ。
その後私は、洗濯機の回し方や子供達の
着替えがある場所など事細かに説明した。
後は手紙にも書いたし大丈夫。
「さて、そろそろ実家に戻るわね。少しゆっくりして明後日には帰ってくるから、家の中荒らさないでよ?」
『うん、わかった。着いたら連絡して。』
「あなた?…大好きだよ?それじゃ。」
『なーに?照れるんですけど!今までそんなこと言ったことないじゃん!さては本当は
幸子じゃないな?なんてね。ありがとう。』
扉を閉めて岩崎さんの待つ霊柩車へと戻る。
「お帰りなさい、大丈夫でしたか?」
『岩崎さん、お待たせしました。本当にありがとうございました。多分、これで大丈夫だと思います。もう思い残すことはありません。荷物が届いたところを見れないのは残念ですけどね。』
スッキリとした笑顔を浮かべた幸子さんに
私もホッとした。これで、お別れだ。
話を終えた彼女と私の体が眩い光に包まれ
始め、気がつくと元の駐車場に戻っていた。
『…岩崎さん?僕、思い出したことがあるんです、この前幸子と喧嘩した日の夜にね幸子が子どもを実家に置いて一人で謝りにきてくれたんです。で、私が死んだらあなた大変よ?っていきなり家のこと教えだして…。
そしたらね、幸子が帰った後に幸子の実家のお母さんから電話があったんですよ。
"あの子帰らないって言ってるから電話してあげて?"ってね。さっきまで明後日には帰るって話してたのにおかしいですよね?だから、"幸子はずっとそちらに居て一人で外出してませんか?"って聞いたら、ずっと家に居たって言われて…。じゃあさっきの幸子は?って少し怖くなったんですよね。まぁ夢でも見てたのかな?と思って次の日にはすっかり忘れてましたけど。』
『あぁ、確かにこの前あなた達、喧嘩してたわね。幸子は子供達とうちにきて外には出てないのよね。だから変なこと聞くな?と思っていたのよ!私も今まで忘れていたわ。』
先ほどまで隣にいた幸子さんの姿は消え助手席には遺影を持ったご主人が座っていた。
「そんなことがあったんですか…とても不思議な話ですね。何か予兆みたいなものなのでしょうか…」
よくわからない同意をして話を終わらせ、棺を火葬場の職員へとお願いする準備をする。
匠君の運転するマイクロバスは到着しており
入口付近では子供達が楽しそうに遊んでいる。
霊柩車の横で運ばれていく幸子さんを
見ていると、暖かい風に包まれた。
"岩崎さん、お世話になりました!タピオカ見たら私を思い出してくださいね~。"
ふふっ、と思わず一人で笑ってしまい
隣で匠君が不思議な顔をしている。
"あっ!"と閃いた表情をした後に私の頭を撫でながら、耳元で"お疲れ様"と囁いてくれた。
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