第3話真琴と誠

 腐敗が酷く、遺体のままの葬儀が難しかった真琴は、火葬後すぐ両親が眠る墓へと納骨された。


 身内だけの、静かな葬儀だった。


 みかん箱より小さめの段ボールを、直義から受け取った。


 真琴の遺品。誠が家を出て行ってからの、四年分の想いが詰まっている。中を開けると、あの家で暮らしていた頃の懐かしさが匂い立った。


 真琴が社会人となった祝いに父、浩輔が贈った腕時計。頑張った自分へのご褒美だと、嬉々として見せられたダイヤのネックレス。そして家族アルバムだ。


 真琴の幼い頃の写真。小中学校の頃の写真。それに浩輔が撮ったのだろう、深夜まで勉強して眠りこけ、ノートに突っ伏している写真。


 誠は最後のページに貼られた写真に、目が止まった。両親と真琴、三人から少し離れて冷めた顔をした誠の家族写真。


「あら、それ真琴ちゃんの?」


 伯母の千佳子ちかこが誠の背後から覗きつつ、ふくよかな体と足を労わりながら、ゆっくりと隣に座った。

 

「はあっ、どれ見せて」


 真琴の死が信じられないといった顔で、千佳子はアルバムのページをめくり始めた。


「私ね、誠君が家を出た後、あの家に遊びに行ってた時期があるのよ。その時、真琴ちゃんが言ってたんだけどね・・・」


 千佳子は言いづらそうに、真琴の写真をでた。


「自分達親子が来て、誠君の居場所を取っちゃったんじゃないかって心配してたのよ。浩輔さんや弥生さんが亡くなった後、自分がしっかりしなきゃって。誠君の親代わりになるんだって言ってたの。しっかりした、いいだったのに」


 千佳子は目頭を押さえた。


「家が、あんな状態になる前。真琴ちゃん、ひどくふさぎ込んだ時期があってね。どうしたのって聞いたら、ちょと困った顔して『血のつながりって、そんなに大事なものかな』って」


 誠を見つめる千佳子の目が、もう、わかるでしょうと言っていた。


「誠君。どんなに強く見える人でも、壊れるのは一瞬なの。そんな真琴ちゃんの気持ち、わかってあげてね」


 肉づきのいい手のひらが、誠の頭をでた。何歳になっても誠は、まだまだ子供なんだろう。


「そうそう、うちの人が話があるからって、それを言いに来たの」



「伯父さん」


 座椅子にもたかかていた直義が、誠が来たことに大勢を整えた。


「話って」

「んっ? まあ、座れや」


 直義は封筒を誠の前に差し出した。


「この中にな、誠名義の通帳が入ってる」


 直義に渡された通帳と印鑑は、最近作ったと思えるくらい新しかった。そして、その通帳には『誠、結婚費用』の文字。


「これって・・・」

「弥生が、お前の為に貯金してたものらしい。その後、ほら、急に振り込み金額が細かくなるだろう。弥生達が亡くなった後、真琴が段ボールやらビール缶やらで貯めたみたいだ」


 直義は灰皿を手元に持ってくると、煙草に火をつけた。


「さっき警察から聞いた話だが、家の中は足の踏み場もない状態なのに、一部屋だけ綺麗に掃除されてた部屋があったそうだ。その通帳は、その部屋から見つかった」


 煙草の煙が、ゆらゆらと天井に上っていく。


「誠、お前の部屋だ。真琴は、その部屋の前で亡くなっていたんだ。手に五百円硬貨を握ってな。病死だったらしい」


 奥の台所で千佳子が背を向いた。誠は通帳を手にうつむくしか、なすすべがなかった。








 早朝五時。

 誠は直義夫妻を起こさぬよう、静かに家の外に出た。


 山脈の向こうから朝日がのぞく。

 欄干から川面をのぞくと、ゆったりと流れる川が朝日を浴び、金色に瞬いていた。


 一睡も出来なかった誠が、目を細める。


「真琴・・・」


 もう何年も呼んでなかった、姉の名を口にした。


 家を出た後、なにかと母親面して連絡してくる真琴に、つい口にしてしまった言葉。


" 実の姉貴じゃないくせに "


「そんなに傷つくなんて思ってなかった。ただ、やめてほしかったんだ」


 手で顔を覆いうつむく誠の指の隙間から、涙が零れた。


「姉弟だなんて思えるはずがない。眩しすぎたんだ、お前が」


 秋の気配をはらんだ風が、誠の頬をかすめた。


 ふと隣を見れば、光の粒子を身にまとった真琴が。微笑みを浮かべ、そこにいた。


 真琴の指が、誠の涙に触れた。


「好きだったんだ、真琴のことが。ごめん・・・」


 実体のない真琴の体を、優しく包み込むように抱きしめた。目の前で消えていく真琴を、どうすることも出来ない。しかし、確かに聞こえた真琴の言葉。


『だって私、お姉さんだから・・・。誠、ひとりにしちゃって、ごめんね』


 太陽が全貌を現すと同時に、真琴の姿は朝日の中に溶けていく。まるで光そのものへと形を変えていくように。


 真琴は、最後の最後まで笑っていた。



 誠は太陽に顔を向けた。


 鈴虫が鳴いていた。

 夏が終わる。


 きっと、この鳴き声を耳にするたび、真琴のことを想うだろう。

 この季節が巡るたび、せつなくなるのだ。


 

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ゴミの中の天使 紅音こと乃(こうねことの) @amatubu

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