第2話真琴と誠
あの家はもとは直義の家だったのだ。別の土地に新居を建て、老朽化が進んだあの家をどうするか決めかねていたところ、弥生の再婚が決まった。
使い勝手は悪いが、家族四人で暮らしていくには問題ないだろうと譲り受けた家なのに、こんなことになってしまった。
「なぁ、誠。俺は伯父っつうても真琴とは、親しいわけじゃないんだ。お前は、こんな赤ん坊の頃から知ってるけどよ」
直義は赤子を抱く仕草をした。
「真琴は・・・あれだ。昔っから、ああいう・・・」
「物を捨てられなかった?」
直義は
「まぁ、そうだ。そんな
誠は首を振った。弥生が父、浩輔と再婚したのは誠が十五で、真琴は十九を迎えたばかりの頃だったか。
父親との暮らしが長かったせいか、真琴の料理の腕は驚くほど美味かった。掃除洗濯だって手際が良かったし、潔癖症とまで言わないが、片付けを始めると徹底してやるような、そんな女だった。
「そうかぁ」
直義は短くなった煙草を地面で
「それなんだけどな。誠には申し訳ないが、あの家。もうリフォームして売ることは出来ない」
誠は力なく「はい」と応えた。
「真琴の葬儀代から近所への詫びとかな。それに家の解体費用、いろいろ話し合うことになるが」
直義は誠の肩をポンと叩いて「まっ、頑張ろうや」と、
「そろそろ時間だ。それからな」
根元まで吸った煙草を拾い、直義は笑ってみせた。
「吸った煙草は捨てない。それが大人ってもんだ」
◇
真琴は火葬炉から、白く細い骨となって出てきた。両親より若く逝ったのに、なんて細くて
竹の箸で拾う骨が成人女性のものとは信じられず、誠は直義と目を合わせた。
十八の時、両親が亡くなってから、真琴とは三年一緒に暮らした。二十一歳で家を出て、その二年後に家をゴミ屋敷にしてしまった真琴。
二十九歳の、あまりにも早すぎる死だ。
直義と一緒に真琴の骨をつまむ。
少しぽっちゃりした体が、悩みだと言っていた。毎朝、鏡の前で癖のある髪を伸ばしては「まあ、いいや」と笑っていた。いつも、くるくる動き回って、左目の泣きぼくろが印象的で。
誠は目を
『今日は仕事、休みなんでしょ。えっ、出かけるの? 何時に帰ってくる? クッキー焼いて待ってるから』
誠は目を
骨壺の中に乾いた音と共に、骨が落ちる。
今度は真っ黒い乾いた床から、真琴が立ち上がった。
『誠。日曜日にドライブ行かない? え、友達と映画に行くの。そっか。じゃあドライブは延期ね。え? 行けばって。駄目よ、誠も一緒じゃなきゃ』
見れば、箸を持つ直義の眉間に深い皺が刻まれていた。唇を固く結ぶ直義は、どこか近寄りがたい。
その直義の横で真琴が微笑む。
『ねえ、誠って家に友達、連れてこないの? ううん違うの。もしかしたら遠慮してるのかなって。あっ、私ね、今度の日曜日、夜まで帰ってこないから。うん大事な用事があるの。だから何って? ううん、何でもない。言ってみただけ』
真琴の骨の欠片が目の前で砕ける。
満面の笑みを
『大丈夫だからね、これからの事は何も心配することないから。だって私、誠のお姉ちゃんなんだから』
誠は、ゆっくりと天井を見上げた。
「くそっ・・・」
噛み締めるような声が、無機質な部屋に響いた。
直義が、そっと誠の背中を押した。
「帰ろう」
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