治療が必要だった者
「あの? 何を……」
突然のことにルビアは戸惑っているがイーナは続ける。
「出てこないならアンタが私にしたことないこと、ルビア様に言うわよ!」
そこまで言われては仕方がない。ため息を付いて俺は現れる。
「まず最初にお前を犯した日は確か雨だったな。あの時はお前は初めてだったのに随分と声を上げて――」
「って何でアンタが言うのよ! しかも声を上げたのは感じたんじゃなくて痛かった……って! 何を言わすのよ!」
相変わらず面白い女だな……。ルビアはポカンとしている。
「あの、お二人の関係は……?」
難しいことを聞くなコイツ。何だろう?うーんと考えているとイーナがこっちを見つめていることに気がついた。イーナの方を見ると慌ててバッと目を逸らしやがった。何なんだ?というかお前が説明しろよ。
「ま、ただの知り合いだ」
そう言うとイーナはムスッとして、
「へえ、ただの知り合いにあんなことやこんなことするんだ?」
と突っかかってくる。なんか今日のイーナは面倒くさいな……。そう思っているとクスッとルビアが笑う。
「お二人は仲良しなんですね!」
「どこが!?」
「どこがだ」
ルビアがあまりに素っ頓狂な事を言うのでイーナと同時に突っ込んでしまった。それ見たルビアがほらっとまた楽しそうに笑った。
ルビアはお茶を淹れてきますね、と部屋から出ていってしまった。扉の先で従者たちと何やら会話をしていたようだが、扉が閉まっていくにつれて会話も聞こえなくなっていった。俺の存在は内緒にしといてくれ、と言っておいたので上手い感じに言ってくれただろう。
そういうわけで今この部屋には俺とイーナの二人きりだ。何となく気まずいな、最後にあったのは……思いっきり殴って教会に投げ込んだ日以来か。改めて思い返すととんでもないことしたな俺。ふと、座っているイーナを見ると落ち着かないようにそっぽを向いて、長く赤い髪をクルクルと弄っている。ま、話したくないならそれで良い。そう思って無言でいると、イーナが口火を切った。
「ねえ、アンタ。あの子を助けてこの国を復興して……何を考えているの?」
「答える義理はない」
正直に、ルビアを助けてついでに要件をこなそうと思っていることを言う必要もあるまい。呪いの効力をこれ以上下げるわけにもいかない。もうこれまでのようなことは出来そうにないのだから。
「相変わらずなんか知らないけど一人で全部背負い込もうとしてるのねバカ」
そう言ってイーナはため息を付いた。ほっとけ。言うわけにはいかないんだよ、バカヤロウ。
「でも何か前会ったときより柔らかくなった気がする。何か良いことあったの?」
「別に」
良いことか――いっぱいあったな。そのせいでもう極悪非道の日々を犯していた日々には戻れそうにないけどそれで良いんだ。そうしてエルフの里の日々を思い返していると、
「驚いたわ……アンタのそんな顔見れるとは思わなかった。アンタ笑うのね」
と驚きながらも最後は微笑みながら言ってきた。
「笑っていたか俺」
思わず顔をおさえてそう言うと、
「ええ、幸せそうだったわよ」
と返ってきた。確かに思い出し笑いをするなんて、少し前の俺なら信じられないことだ。
「少し悔しいわ」
そう言って天井を見上げるイーナ。何がだろうか。そう思っていると、
「アンタの寂しさとかそういうの取り除くのは私だと思っていたのに」
「な……にを?」
お前にそんな事をしてもらう理由も義理も無い。お前には最低なことしかしてこなかったはずだ。そう思って固まっているとイーナはクスリと笑った。
「初めて会った時からね、変なやつだなって思ってたの。何かに怒っていて、悲しんでいて、寂しがっていて、苦しんでいて……その癖仏頂面。何ていうか見ていて可哀想って思ったわ」
そう思っているやつに対して本気の突きを放って来たのか……。
「で、会うたびあなたの心に触れようとしたけど取り付く島もなかったわ。思い切って踏み込んでみたら殴られたし」
お前に触れられてしまったらもう、進めなくなるかもしれないという予感があったからな。でも、もうその意地を張るのも限界かもしれない。エルフの里を出てから人の優しさを思い出してから俺の心は弱くなった。マイナスの感情ばかり向けられてきた俺の心はプラスの感情、特に優しさに飢えている。ルビアを助けたのもそのせいかもしれない。ありがとう、と感謝をされたくて。
「そう言えば生きていたんだな」
白々しくそう言うとイーナはふふっと小さく笑って、
「アンタが助けたんでしょ? シスターたちに聞いたわ、私窓から投げ込まれたって。そんな酷い事するのは世界中に一人だけよ」
そう言った。小さく笑った顔、揺れる赤い髪、優しい声、何でコイツはこんなにもオレの心を揺さぶるんだろう。
「ねえ、結構踏み込んでいるのに今日は殴らないの?」
「殴って、欲しいのか」
「出来ればゴメンだわ。凄く痛かったんだから」
そう言って唇を尖らせるイーナ。俺も二度とゴメンだ。これ以上お前を傷つけたくない、そっとしておいてくれ。と、イーナは急に真面目な顔をして、
「フユ、アンタ魔王を倒すのね」
「いきなり意味の分からないことを」
「魔王軍の幹部が三人殺された。あんな連中を殺せるやつアンタしかいないわ。他にいたら有名になってるはずだしね」
確かに、殺せる奴がいたらそいつを勇者として祭りあげるだろう。
「いや、魔王に会うための実力を見せているだけかもしれないぜ」
せめてそんなことをいうので精一杯だったが、無駄だった。
「それだったらもっと人間たちを殺したりするわよ。あんた、最低なことばっかりするけど一切人間を殺さないんだもの」
「死ぬほうが幸せってこともあるだろ」
「でもルビアは幸せそうだったわよ」
その言葉に俺は何も返せなかった。イーナはやり取りに勝てたのが嬉しかったのだろう、満足そうに笑った。
しばらくしてイーナは立ち上がり俺に剣を渡してきた。
「フユ、これを貸してあげる。」
「どういう……事だ」
「何かアンタ死ぬ気で魔王倒そうとしているみたいだし、倒した後どっか行っちゃう気がして……だから、貸したの。死んでも返しに来なさいよ。嫌になった逃げても良いし、無理しなくてもいいんだからね! 困ったことがあった私を頼りにしなさい! 大体のことは相談に乗ってあげるから。アンタ色々ウジウジ悩んで、私にしたアレコレ気にしてるようだけど元気でいるうちは許してあげるから! 死んじゃったり元気がなくなったりしたら許さないからね、わかった?」
そう言って無理やり剣を受け取らされた。優しくするのはやめてくれないか、そう思ったがその剣を跳ね除けることは出来なかった。ルビアの優しさに触れていたかった。エルフ達とのやり取りで凍てついた、凍てつかせたと思っていた心が氷解し始めたが、更にここに来てイーナの思いに触れ、感情が限界に達した。
「イーナ、早速困ったことがあるんだが」
「言ってみなさい」
「ここから出てってくれないか」
せめて見えないところに行ってほしい。これ以上お前と話していると、お前を見ていると、甘えてしまう、恥ずかしいところを見せてしまう……そう思って言ったのだが、
「嫌よ」
返ってきたのは優しい否定の言葉だった。
「大体のことは相談に乗るって言っただろ」
「そうね、でもアンタの顔がそうは言っていないから」
そう言ってイーナは俺を抱きしめて背中をポンポンと叩く。そして俺の首元辺りにいるイーナは上目遣いをして、
「アンタ本当の事全然言わないからね。正直に言いなさい。私にどうして欲しいの」
「言え……るかよ、こんな……みっともないこと」
「全く、バカね。こんなに心がボロボロになるまで頑張って。私は何も見てないから……思いっきり泣きなさい」
その言葉がきっかけとなり、イーナの胸の中で俺は子供のように泣いた。この世界に来てから誤魔化してきた分の感情が、全て涙と一緒に流れ出ているかの如く。イーナの優しさに包まれながら。その間イーナは黙って俺の全てを受け入れてくれていた。
その夜は久しぶりの安眠だった。
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