脳筋確定
用意された部屋で横になっていたがいつも通り寝付けなかった。しょうがないので今日あった色々なことを思い返していると扉の外に気配がある。一応警戒はしたが、敵意のようなものは感じられなかったので様子を見ることにした。
しばらくすると扉がゆっくりと開きコソコソと何者かが侵入し、俺のベッドの前で立ち止まった。眠ったふりを続けていると何処か緊張した様子で、
「お、おじゃましま~す……」
と小声で言ってきた。この声はリアンか、一体何を?と思っていたらゴソゴソと布団の中に入ってきた。
「何がしたいんだ?」
思わずそう聞くと、
「きゃっ! お、起きていらしたんですか?」
おずおずとそんな事を言ってきた。
「最初からな」
「だったら眠ったふりしないでくださいよ……恥ずかしいですよ、もう」
「何だ? 抱かれにきたのか」
ついいつもの癖で軽口を言うと、
「いえ? どちらかと言うと抱きにきたんですよ」
マジか……見た目はちょっと幼いが精神はもっと幼そうだと思っていたのに、結構アレなのか? 俺より経験豊富なのか? というか俺は和姦経験ゼロだし、実質童貞みたいなものかもしれないな……と落ち込んでいるとリアンは俺の背中からギュッと抱きしめてきた。同時にいい匂いがした。
「えへへ、どうですかフユさん? 落ち着きますか?」
「あ、ああ。しかしリアン、一体これは?」
まさか本来性行為とはこういったことから始めるのだろうか。俺が童貞のように固まっていると、
「ですから抱きにきた、と言ったじゃないですか。フユさん凄い疲れている感じでしたから癒やして差し上げよう、と思いまして」
なるほど、俺はとても恥ずかしい勘違いをしていたようだ。しかし、昨日今日出会った男のベッドに入るとはエルフの貞操観念はどうなっているのだろう。あと、さっきの俺の話聞いてなかったのかコイツ。
「リアン、俺がどういう奴か分かったんじゃないのか? 勇者でも何でも無い唯のクソ野郎だぞ」
そう言うとリアンはクスッと笑って、もう少しだけ強く抱きしめた。
「ひと目見たときからフユさんは不思議な方だと思っていたんです。厳しいような、優しいような、寂しいような……どれがフユさんの本当の顔なのかと思っていたんですが、今日フユさんの話を聞いて感情に触れて分かりました。どれもフユさんなんです。自分に厳しく、一部の方に優しく、そして寂しがりやで繊細な方。今日こうやって感情を出しているのが奇跡なくらいです」
「お前のその人を見る目とやら当てにならないから信用しないほうが良いぞ」
あまりに的はずれな物言いに何とかそれだけ返すと、
「いえ、私の唯一の自信ですから。信用できないわけがありません」
とリアンは譲らなかった。もういいや、何か疲れる。
「まあいいや、それよりエルフはあって間もない男のベッドに入るもんなのか」
重くなってきた目蓋を何とか開けながらそう言うと、
「いえ? 実は私も凄い恥ずかしいです……けど、フユさんが心配で」
結局そこに行き着くのか。
「襲われても文句は言えないぞ」
「襲う?」
駄目だコイツ、性教育がなってない。そういや抱くの意味も理解してなかったな。明日フルルかティタに言っとこう……でも何か……これだけ眠いの……久しぶりだな……。
「おやすみなさい、フユさん……」
あたたかく柔らかい人肌に包まれながら、その言葉を最後に俺は意識を手放した。
次の日、久しぶりに心地良い睡眠が取れたことに満足していた俺だが、まだ起き上がることは出来なかった。
「すーすー」
いつの間にか向かい合って寝ているリアンが俺を抱き枕のように強く抱きしめているせいで。強く解けば出られるが、何だか勿体なくて、もう少し心地良い気分を味わいたくてなすがままにされていると誰かが扉をノックした。
「おはようございますフユ様。もう良い時間ですよ、朝食もご用意出来ましたのでいい加減に起きてください」
「あ、ああ今行く」
フルルか。フルルにこんな姿見られたら問題になりそうだ。俺はリアンを起こそうと顔を軽く叩いたが、
「ん……痛いれすフユさん……むにゃ」
起きねえコイツ。
「それと、リアン様を見かけませんでしたか。部屋に居ないようでして」
「いや、見かけていないが」
はよ起きろ。体を強く揺すってみると、
「もー! 眠っているのになんなんれすか!」
と寝ながら大声を上げた。馬鹿野郎。
「今の声……失礼します」
そう言って入ってくるフルル。そしてフルルの視線の先には抱きしめあっているように見える俺とリアン。
「……」
「……」
「すーすー」
沈黙の中に響くのん気な寝息。
「とりあえず、説明して頂けますか」
人を殺せるような冷たい眼をしてフルルは言った。
俺はリアンを急いで起こし、昨日寝ていたらリアンが入ってきた事、俺は何もやましい事をしていないという事を説明し、リアンも同意していたため納得してくれたが今度はリアンが説教されていた。
「良いですかリアン様。男女というのはですね」
ついでに性教育も頼む、とは言えなかった。
その後朝食を取り、女王直々に魔法の指導を受けること数日間。
「フユ様、あなた才能無いわ!」
女王は匙を投げた。この野郎……!
「マナエネルギーは皆あるんだから、出来るはずって言ってたのはどこのどいつだよ」
「いや~私もそう思っていたんだけどね。まさかここまでだとは」
う~んと唸りながら言うティタ。ティタ曰く、マナエネルギーは馬鹿みたいにあるのにそれを魔法として放出出来ないのが意味がわからないとのこと。同じくマナエネルギーを使うオーラバーストを見せると、
「何でそんな意味の分からないことが出来て魔法が使えないのよ!」
と余計にティタの頭を悩ませることになった。結局魔法は使えないということだがマナエネルギーのコントロール力や考え方、知識などは深まったため、オーラバーストの威力、精度は上がったので良しとしよう。
「魔法が使えないんじゃユキを倒すことは……」
そう絶望するティタ。だが俺はそうは思わなかった。
「この前見せたオーラバースト。アレは元はマナエネルギーって事は魔法という事にならないか」
そう言うとティタは首を振って、
「駄目よ。剣を介している以上それは概念的には物理攻撃の側面を持っているの。もちろん普通に剣で攻撃するよりは少しは効果があるだろうけど……うーん、少なくとも魔法攻撃では無いわね。物理攻撃の亜種ってところかしら。だからユキの呪いでも完全には攻撃を防げなかった、と考えるしかないわね。良く分からないんだものその攻撃」
同じ電気エネルギーでも冷凍庫なら凍らすことは出来るけどドライヤーでは無理だ、というような考え方かな。つまり元は同じ電気エネルギーで動いていても出力の時点で引き起こされる事象は変わる、ということか。まあでも、
「多少なりとも効果があるなら問題ないさ。あとは斬り続けるのみ。見ろ俺の右腕を、氷が完全に溶けたんだ。つまりあの時よりも格段に強くなっているってことだ」
そんな事を言うとティタは呆れた顔をして、
「それで倒せれば苦労はしない……て言いたいところだけど、他にどうしようもないわね」
とため息をついた。だが、すぐに真面目な顔をして、
「いい? 危なくなったらすぐに逃げるのよ。無理は絶対しないこと、良いわね」
そう言った。俺の勝利を信じていないのかよ、と思ったが案じられるのも悪くはなかった。だからこいつらのためにも、ユキだけは絶対殺そうと思った。
そして再びユキの支配する城目指して出発することにした。出発の際、見送りには俺の世話をしてくれていた三人以外にもチラホラいた。
「あの人達はユキに恨みがある者達よ。あなたが晴らしてくれるかもしれない、と思っているんだろうけど気にしないで。まず大事なのは自分よ。良い?」
「フユ様、短い期間でしたがあなたと過ごした日々は退屈しませんでした。機会があればまた会いましょう」
「フユさん死んじゃ駄目ですよ! 嫌になったらいつでも帰ってきていいですからね!」
それぞれに別れの言葉をもらい旅立つ。フルルは相変わらずの仏頂面で、リアンは両腕をブンブンと、ティタは上品そうに、皆見えなくなるまで手を振ってくれた。ずっと続けばいいのに――そう思うほど掛け替えのない時間だった。こんな時間をくれた奴らのためにも少し頑張ろうと思った。そういえば、初めて好意的に誰かに見送られたな。
俺はユキのいる方を向くと鼻を鳴らし、
「悪ガキはお仕置きしないとな」
そう言って穏やかで温かい場所に背を向け、氷と血の世界へと歩き始めた。
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