久しぶりのあたたかい食事

 それからしばらくフルルと散歩を続け、全ての案内を終え最初の場所へ戻ってくると女王ティタとリアンが待っていた。

「お疲れさまフユ様。フルルもお疲れさま」

「恐れ入ります」


 頭を下げ再びティタの後ろに控えるフルル。そこが定位置なのか。そして急に名前呼ばれたので少しびっくりしたが、リアンに聞いたのだろうか。フユキが本名なのだがまあいい。


「それで、ティタ。俺を一晩泊めてくれるという話だが、俺は何処で寝たら良いんだ?」

「ああ、それだったら私の家に部屋が一つ余っているからそちらにどうぞ」


 先ほどと違い少し言葉がフランクになっている女王。ここには俺達だけしかいないから素が出ている、ということだろうか。

 それにしても女王の家? そこはさっき入るなと言われたばかりだし、たとえ言われなかったとしても何かしらの問題になるだろうから近づきたくはなかったのだが。チラリとフルルの方を見ると案の定こちらを睨んできた。断りなさい、と目で訴えているようだ。俺も賛成。

 いや俺はやめておこう、そう言おうとするとリアンが突進してくる。


「嬉しいです! 一緒にご飯食べましょう! その時にいろんなお話を聞かせてください!」

「そうね。どういった冒険や戦いをしてきたのか非常に興味があるわ」


 なるほど、ティタは俺から何かしらの話が聞きたいから里に俺を泊めると言ったのか。俺がどんだけクズな奴かってことを話さなければならないが……俺はそこでリアンとフルルを見た。リアンは俺の左腕を掴んでニコニコしている。フルルは相変わらず睨んでいるが、女王の意図を察したのだろうさっきよりは少し柔らかい眼をしている。この二人のおかげでリフレッシュ出来たわけだしそのお礼と考えれば安いもんだな。それにリアンは俺のことを良い人だと誤解しているみたいだし誤解を解く良い機会か。


「ああ、俺なんかの話でよければ話そう。途中で眠くなるかもしれないけどな」

 そうしてフルルの視線を感じながらリアンになすがまま女王の家に案内された。


 家の中に入り、ティタとリアンと他愛のない話で盛り上がっているといい匂いが漂ってきた。どうやらそろそろ食事のようだ。しばらくするとフルルが食事を運び始めた。こいつの役職は使用人なのか?

 エルフと人間で食事が異なるのだろうか、と思って献立を見ると魚のソテーにパイ、野菜のスープ、と何も変わりはなかったが、最近は非常食や店屋物ばかりでこういう家庭的な料理はしばらく見ることすらなかったので、久しぶりに温かい気持ちになった。フルルがすべての準備を終え、

「どうぞ、食事の準備が整いました。」

 と言うとティタの後ろに控えた。そしてティタは、

「全ての自然の恵みに感謝を」

 と手を合わせる。リアンもそれに続き、食事を始めた。エルフ版いただきますといったところか。俺は普通にいただきますと言い食べ始めた。そういえば手を合わせていただきます、なんていつ以来だろうか。


「美味いな。エルフとは舌が違うだろうから、と思っていたが普通に美味い」

 そう正直な感想を述べるとリアンが、

「エルフと人間に違いはそんなに無いですよ。でも今日はどちらかと言うと人間であるフユさんに合わせて作られた食事ですね」

 そんなことを言ってきた。何となく温かい食事に感じたが多分ティタやリアンの為に作られてその情がこもっているおかげだろうと思っていたが、わざわざ俺に合わせてくれたのか? ただでさえ美味しく温かい食事で嬉しかったのに……大変ありがたい。こんな気持ちになった食事、お袋の料理以来だな。涙を堪えながら食べ終わり、久しぶりのごちそうさまという動作をした後に、

「これを作った奴に礼を言っといてくれないか? 凄く美味しかった。久しぶりに心の通った食事を取れて嬉しかったと」

 思わずそんな事を言うとティタとリアンが顔を見合わせ、クスッと笑い合うとティタが、

「だって。良かったわねフルル?」

 そんな事を言った。何? ただ運んできただけではなくこれだけの量を一人で作ったのか? フルルの方を見ると、相変わらずの仏頂面だったが少し顔が赤くなっていた。よし、聞いてみるか。


「フルルがこれだけの量を一人で作ったのか?」

「食事係は私一人ですので当然です」

「ありがとう美味かったよ」

「ティタ様とリアン様のついでですのでお気になさらず」

 もう少し続けてみるかと思ったが、もうそれ以上話しかけるんじゃない、とフルルの眼が言っていたので突っ込まないことにした。その間ティタとリアンは楽しそうに笑っていた。


 そして食事も終え、俺が話せる当たり障りのない話も限界を迎えた頃ティタが、

「さて、それではフユ様本題に入ってもいいかしら?」

 と先程の和やかな雰囲気は霧散し、女王の顔をして聞いてきた。遂に来たか、リアンはなんのことでしょう? と首を傾げているがフルルの方はこれからの話題に若干緊張しているようだ。


「まず、フユ様の凍った右腕だけど……魔王軍幹部のユキの仕業で間違いないわね?」

 リアンとフルルがえっ? とティタの方を見る。俺もまさかそんな事を言われると思っていなかったので驚いた。

「あ、ああそうだが。何故それを?」

 当然の疑問を返すとティタは、

「数百年前彼女が暴れた時にも同じようなものを見たから、かしら。その時は右腕だけではなく全身が凍っていたんだけどね」

「数百年前!? あんたいくつだ!」

 思わずそう言うとフルルがコホンと咳払いをして、

「女性に年齢を尋ねるのはいかがなものかと。それと、エルフはあまり老いる種族ではないので。寿命も千年は超えます」

 と衝撃的なことを言った。てことはリアンもフルルも見た目通りの年齢ではないのか? そんな顔をして二人を見るとリアンが、

「私もフルルも十五歳ですよ。これからもっと大人になるので楽しみにしていてくださいね!」

 と拳をぐっと握って良く分からないことを言った。エルフの年齢についてもう少し聞こうとすると、ティタがコホンと咳払いをする。ちょっと脱線しすぎたようだ。


「話を戻すわ。つまりフユ様は魔王軍と戦っているということでいいかしら?」

「まあ、そうだな」

 俺が魔王軍と戦っているなんてこと最初に俺を召喚したやつ以外には初めて言ったな……。そう思っているとリアンが食いついてきた。

「本当ですか!? やっぱり! フユさんが勇者様だったなんて! 凄い、こんなことあるんですね!」

 と感激し羨望の眼差しを送ってきた。しかしティタが次の話題を出した途端それも無くなったようだが。

「そのためにその呪いを掛けたの?」

 リアンとフルルが驚愕の顔でこちらを向く。こいつ……! どこまで知ってやがる! 本当に信用できるのか、と思ったがここまで知っているやつに隠す必要もないだろう。何より数百年前のユキの情報を得られるかもしれない、そう思って話を続けることにした。


「というか、勝手に掛けられたんだ」

 正直にそう言うとティタは憤怒の感情に耐えようと頬をピクピクとさせながら、

「な……!? そんな残酷なことが許されるなんて! 勝手に、だなんて、信じられない! 酷いわそんなの……」

 と俺の代わりに怒ってくれて、同情してくれた。それだけでさっきまで疑心に満ちていた感情が霧散する辺り、単純だな俺。でも本気の感情のように見えたから、そしてちょっと救われたから、それで良いと思った。


「お、お母様? 呪いって何ですか。フユさんは大丈夫なんですか?」

 心配そうにそう聞いているリアン。フルルは先程から黙って話を聞き続けているが、少しでも情報を漏らさないように集中しているようだ。ティタは、俺の方を伺い俺が頷くとためらいながらも俺の呪いについて話し始めた。よく知ってるなコイツ。フルルもリアンも黙って聞いていたが、みるみる顔が変わっていった。二人とも、なんて酷いことを! とでも思っているのだろうか。これ以上勘違いさせる前に、そろそろ俺の本性を伝えるべきだろう。


「同種族に嫌われないといけなくて、寿命も無くなっちゃうなんて! 酷すぎます!」

 とリアンが言ったので、俺も言うことにした。

「もしも可哀想とか思っているのならそれは間違っているぞ。俺はその呪いを最大限活かすために色々最低なことをやってきたし、これからもそうやって生きていく」

 そう言うとリアンは信じられない、とでも言うような顔をして、

「そんな……じゃあ噂で聞いた黒い悪魔ってもしかして本当に」

 と聞いてきたので頷いて、

「ああ、俺だ。その通り名を聞いたのなら俺がどれだけのことをやってきたか知っているだろう? 今や魔王を退治するためにでかけた俺が魔王の次に恐れられる存在とは、笑っちゃうよな」

 そう自嘲するように笑いながら言うと、

「……ちょっと考えたいことがあるので席を外しますね」

 そう言ってリアンは去っていった。まあ嫌われるのは仕方ないか。俺が良い奴なんていう誤解が解けて良かった、そう思ってフルルを見ると同情の眼を向けられていた。何故だ。一から十まで俺のやったこと言ってやろうか。そんな事を思っているとティタが、

「ともかく、フユ様はあのユキを本気で倒すつもりだと」

 と話を続けてきた。

「ああ、もちろん。ユキだけでなく残りの幹部も魔王もな」

「わかったわ……それでは私が知っているだけの情報を差し上げます。ですのであまりに勝手な事を言っていることは百も承知ですが、どうかユキを倒してください。」

 そう真面目な顔をして言ってきた。その懇願に何の意味もないのだが。しかし、エルフとユキとの関係性、気になるな。


「言われなくても殺るっつうの。昔何かあったのか?」

「まだ、エルフと人間が共生していた頃の話だけどね……」

 そう言ってティタは昔話を始めた。その頃既にエルフは森に住んでいたが、人間との交流は少なからずあった。お互いに情報や技術の提供をしあい、いい関係を築いていった。

 だがある時、ユキと名乗る少女が現れ国をいくつか滅茶苦茶にした。その犠牲にはエルフも含まれたので、人間と手を取り合いユキの討伐に向かった。だが……。

「私達は人間に裏切られたわ。ユキと戦闘になった瞬間人間から一斉に攻撃され、そこをユキの軍勢に襲われなすすべもなかった。後から聞いた話だけど、人間はユキにこう言われたそうなの。『エルフを裏切れば人間は襲わない』と」

「それを信じた馬鹿共も後に殺られたんだな」

「ええ……でもあの時は人間が信じられない生き物だと思っていたけど、後から考えばしょうがなかったかも、と思うようになったわ」


 それは何故だ? そう聞くと、

「既に国をいくつか落とされて、人質に取られているようなものだもの。そこに明らかに罠でも飴を差し出されれば受け取ってしまうのは仕方がないわ。まあでも、他のエルフはあんまりそうは考えてないようだけどね」

 少しため息をついてティタは続ける。その事があったせいで人間との間に溝が出来たこと、深く関わらないために隠れ里に住む事を決めたことなど……。


「と、そんなことよりもユキについてだったわね。ユキは物理攻撃無効化の呪いがかかっているの。だから戦うなら魔法攻撃しかないわ。あの時は人間たちが盾を引き受けエルフたちの魔法攻撃で攻める、という方法で何とか戦いになっていたわ。相当数の犠牲と引き換えに、だけどね」

 と、驚くべきことをティタは告げた。呪いだと!? 俺の他にも呪い持ちがいたとは! というか攻撃が効かなかったのはその所為か!


「呪いということは代償があるのか?」

 身を乗り出して聞くと、

「睡眠時間がとても長くなる、寝ている間は完全無防備、という代償ね。大体五年起き続けて、三百年寝続けるらしいわ。長寿じゃないとあまりメリットのない呪いね」

「てことは寝てるすきに殺せば!」


 ナイスアイデアを閃いたと思ったがすぐにティタに、

「ユキの存在が確認されたのは二年前、長くてあと三年……待てるの?」

 と間接的に却下された。駄目だな、召喚されてから既に二年、早くて残り三年で俺の寿命が尽きてしまうかもしれない。ていうかそれよりも、

「俺、魔法攻撃手段が全く無いんだけど」


 そう告白するとティタは今日見た中で一番面白い顔をして驚いた。

「魔法攻撃できないって……そんなはずはないわ。皆マナエネルギーがあるんだから得手不得手はあっても使えるはずよ! 明日から特訓しましょうか」

 と言って今日はお開きとなった。魔法が得意なエルフ直々の特訓とは楽しみだ。ティタは明日の準備がある、と先に出ていき、フルルは出してくれたお茶を片付けしていた。俺も風呂に入って寝るかな、そう思っているとフルルが、

「フユ様、フユ様が最低なことをして来たという事は理解しました」

 そうか、と言って去ろうとするとフルルは手を握って動きを止めてきた。

「ですがフユ様、フユ様によって救われた人、これから救われる人がいるということもご理解ください。どうか、ご自分をお大事に」

 無愛想でぎこちないが、俺の目を真っ直ぐ見ながら真に俺を案ずるように言ってきた。フルルからそんな熱い言葉を貰うとは思っていなかったので呆然としていると、フルルは自身の掴んでいる手に気づくとパッと離し、

「それではおやすみなさいフユ様」

 とそそくさと早歩きで去っていった。俺は聞こえないようにありがとう、と呟いた。

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