ようこそエルフの里へ

「着きました! ここがエルフの里の入り口です」

「ただの森にしか見えないが」

 馬車でしばらく走り、獣道からは徒歩で進み、たどり着いたのはただの森の奥深くだった。しかしコイツここから良くあそこまで徒歩で来たな? 以外に体力あるというか、強いのか? その辺はおいおい明らかにすればいいか。とにかく今はエルフの里だ。

「そりゃあ結界が張ってあるに決まってるじゃないですか! ただ森の奥にいるだけだったらすぐ見つかっちゃいますよ~」

 なるほどもっともだしちゃんと考えてる。そこまでしてある隠れ里に、俺みたいなのを連れて行くということを除けば。


 隣を見ると何やらリアンは集中している様子だ。そうして息をすっと吸い込むと、

「リアンが命じます。森よ、道を開きなさい」

 その言葉に呼応するように先程まで木々が生い茂っていた所が開き、一本の道が現れた。

「さあフユさん、行きますよ」


 リアンを先頭に森を進む。森の奥だと言うのに不気味な感じはしなく、不思議と心地の良い空間だった。何となく学生の頃の林間学校を思い出す……。何か凄い昔に感じる。

 そうしてしばらく進むと大きな村が見えてきた。自然をパートナーとして暮らしている、そんな感じがひと目で分かる村だった。入り口には見張りのエルフが立っていてリアンに気付くと安堵したかのようにすぐ駆け寄ってくる。そりゃあ家出娘でしかも次期女王が帰ってきたら安心するよな、てか愛されてるなリアン。そう穏やかな気持ちでいたが、見張りは俺に気付くと途端に顔を強張らせ叫んだ。


「――人間! 人間が侵入した!」

「待って! 違うの侵入したんじゃなくて私が――」

「リアン様をお守りしろ!」


 まあそうなるか、ちょっと冷静になれば俺が侵入したのではない、と分かるところだろうが相当テンパっていたのだろう、あるいはリアンがそれだけ大事なのか、まあいい取り敢えず大人しくするか。人間と違ってエルフのヘイトを貯める必要は無いし。


「囲め! リアン様の安全を第一に!」

「了解!」

「だから、違うんですって!」


 リアンが必死に誤解を解こうとしているが聞く耳を持たないようだ。誤解が解けたとしてもアイツ立場とか大丈夫かな、とエルフに囲まれながらリアンの心配をしていると奥から貫禄のある女が出てきた。

「そこまでです。皆武器を収め、道を開けなさい」

「あ! お母様!」


 リアンの母親ってことはつまり現女王か、なるほどパッと見ただの美しい女性だが油断できないオーラみたいなのが漂っているな。というか子持ちなのに俺と同い年にしか見えないんだがどういう事だ? まあそれはいいとしても、エルフはどいつもこいつも美男美女で色白だな。胸が小さいのも耳が長いのと同様種族特性か。そんな失礼なことを考えていると女王が単身俺の前まで来た。いい度胸してやがるぜ。


「人間、要件は何ですか」

 冷たい眼をし、感情のない声で女王が言う。ふむ、周りのエルフも同様な眼をしているし基本的なエルフというのはこういうものなのだろう。リアンがちょっと、いやだいぶ変だったんだな。


「リアンを家に返しに来た。いま外の世界は危険がいっぱいだからな」

 そう告げると周りからガヤが飛んでくる。

「嘘を付くな! 人間がそんな事をする訳無いだろう! 大体右腕が凍ってるなんて意味が分からん!」

「そうだそうだ! リアン様を騙して何をする気だったんだ!」

「明日にでも人間の軍勢を送り込む気だ!」


 何か……だいぶ人間嫌われてるな。それと右腕のことは放っとけよ。ま、誤解解けなさそうだし帰ろっかな。そんな事を思っていると女王は、

「そうですか……。今回はご苦労さまでした。良ければ一晩泊まっていってください」

 と穏やかな声で言ってきたので思わず、え?と聞き返した。周りもポカンとしている。何が目的なのだろうか、急に態度が変わったので警戒していると、


「誤解も解けたようですしフユさん! 私が里案内しますよ、ほら着いてきてください!」

 リアンが俺の左腕を取り連れて行こうとする。が母親の顔をした女王に止められて、

「リアン? 逃げてはダメよ。あなたは自分がどれだけ心配をかけたか自覚はあるの?」

「うっ……ゴメンナサイお母様」

 おそらく俺に里案内するという名目で説教から逃げるつもりだったのだろうが女王は見抜いていたようだ。


「では今からお説教と反省の時間ね。道案内は別の者に頼みます――フルル!」

 女王が呼ぶと何処からともなくスッと少女が現れた。リアンと同じくらいの年齢だろうか? リアンより色々と少しだけ小さいが、出来るオーラはリアンの比ではない。

「はいティタ様、お任せください」

 フルルと呼ばれた少女は無感情な声でそう言った。


「ずるいですよフルル! 私が案内するはずだったのに!」

「リアン様、どうかご自分の立場をご理解ください」


 どうやらリアンとは友人関係なのだろうか? 良く分からんが親しいのは間違いないようだ。それに対しても無感情な顔を向けるということは元からそんな性格なのだろう。そうこうしているうちに女王がリアンを引きずって行き、周りのエルフたちもこちらの様子をうかがいながら散っていった。何人かは、凍っているアレは……と意味深なことをつぶやていたが俺が視線を向けるとそそくさと去っていった。残されたのは俺とフルルという少女だけだ。


「それでは行きますか。と言っても案内するような場所なんて無いのですが」

「ま、見るもの全て新鮮だし適当に頼むわ」

「了解しました。それでは絶対に行ってはならない所から案内します。もしも破れば全てのエルフを敵に回します。お気をつけて」


 そうして連れて行かれたところは恐らく一番立場が上の人物が住まう家、つまり女王の家だ。

「ここは女王ティタ様の家です。間違って入った、などは通用しませんので」

 基本的に普通の人間の村にある家とそんなに違いはない。精々良い木材を使ってるなというくらいだろうか、特に面白みもなく次の場所へ向かう。


「ここは死んだエルフが眠る場所です。人間であるあなたには縁のない場所でしょう。ここも間違っても入らないように」

 人間でいうと自分の親の墓場に全く関係ない人がうろつくようなものか。確かにそれは嫌だな。俺は了解と告げ、次の場所を促した。


 そんな感じでのんびりとエルフの里を見回ったが、特に面白みもなかった。だが最近クソみたいな事ばかりしていたのでこういう時間は俺にとって有り難かった。そうして二人で散歩を続けていると不意にフルルが、

「リアン様とはどういったご関係なのですか」

 そんな事を聞いてきた。関係と言っても倒れていた時に一回会話したのと今日助けてここへ来ただけの関係だからな。回答に困る。悩んだ挙げ句、

「ただの知り合いだ」

 そう答えた。それ以外に正しい答えが見つからなかったとも言うが。だがフルルはその答えでは満足しなかったらしく、

「本当にそれだけですか。リアン様があんなに懐いていらっしゃったのに」

「ん、リアンは普段からあんな感じじゃないのか。活発で人当たりが良くて」


 まさか里ではこいつみたいに無愛想なのか? そう考えていると、

「なにか失礼なことを考えているようですが……確かにリアン様は普段からそうです。ですがあなたと話している際、いえ話していない時もあなたを見る表情、普段との違いは些細なものですがあれはより親しい人に向けるものでした」

「意外だな」

 本心からそう告げる。


「誰にでも同じ顔を向けるものなどいませんよ。たとえどんなに人当たりが良い者でも僅かでも違いはあるものです」

 ああ、リアンの事が意外だと言ったように思ったのか。そうじゃなくて俺が思ったのは、

「無愛想で無表情な冷血女だと思ったら思いの外良く他人を見ている。見た目とは裏腹に他人思い、いやリアン思いなんだな」

 そう言うとフルルは古い錆びたドアが開くようにゆっくりとこちらを向いて、

「なるほど、意外というのは私の事を言ったんですね。思い違いをしていました。そして大変失礼な方ですね。嫌われますよ」

「褒めたんだが」

 俺は頭を掻きながらそう言うと、

「それはどうも。全く嬉しくありませんでした」

 とそっぽを向かれた。こころなしかさっきより機嫌が悪いようだ……前言撤回だ、結構感情豊かだなコイツ。てか無愛想な事気にしてるのか……。

 何となく変な空気になり再び無言で歩く。さっきよりも少し早歩きなフルルだが身長差のせいで特に支障はない。それがまた気に入らないようで微笑ましかった。


「ところで」

 早歩きを諦めたらしいフルルがこちらをうかがう。

「その右腕は何なのでしょう」

「何となく凍らしたい、そんな日もあるさ」

「はい?」

 誤魔化したくて適当なことを言ったがリアンと違って騙されないようだ。冷たい眼をしながら首を傾げられた。だが言いたくない。これを言うと色々な事を言わなければならないだろうし、何より説明が面倒くさい、そう思っていると、

「まあ……言いたくないなら良いです」

 と引いてくれた。ホッとしたがもしかして先程から無言を気にして話題を振ってきたのだろうか。だとしたら悪いことをした。こちらからも振ってみるか。


「女王、ティタって言ったっけ。人間を隠れ里に泊めて側近に案内をさせて、何を考えているんだ?」

 そう聞くとフルルは俺の思い違いかもしれないが、かすかにムッとしたように、

「ティタ様、とお呼びください。不敬です。」

 と言った。一呼吸おいて、

「ティタ様が泊めようとし、私が今案内している方は『人間』ではなく『リアン様のお客様』です」


 なるほど、人間とひとくくりにして全てを拒絶するのではなく、思ったよりも柔軟な考えをしているようだ。だが他の奴らは明らかに納得していなかった。問題になるのではないだろうか。そう聞くと、

「あなたが問題を起こさなければすむことです」

 ぐうの音も出なかったので今回ばかりは大人しくすることを誓った。それにしても……

「リアンどんだけ信用されてるんだよ」

「リアン様はあれで他人の感情に敏感な方ですので。あの方が懐いている時点で悪人ではありません」


 メチャクチャ悪人なんだけど俺。アイツのセンサー狂ってるって教えるべきか? いや自ら首を絞める必要もないな。

「どうかしましたか」

「いや話を総合するとリアンは愛されているんだな、と思って」

 そう誤魔化すと、

「ええ私も……皆もあの方が大好きです」

 かすかにだが、一瞬誇らしそうな顔を浮かべたフルルだがすぐに元の無愛想な顔に戻し、

「次に行きます」

 そう言って再び早歩きを始めた。

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