エルフの少女、リアン

 エルフだって? エルフは隠れ里から出ないと聞いたが……訝しげにそう言うと少女、リアンは、

「そうなんですけど……その、外の世界を見てみたくてお母様たちに黙って来ちゃいました」

 えへへとリアンは笑う。何となく閉鎖的な奴らって印象だったけど少なくともリアンはそうではないようだ。年は俺より五個位下かな、よく笑う快活な普通の女の子だった。

「あの~右腕どうなされたんでしょうか? 凍っているように見えるんですけど……」

 心配そうな顔をして聞いてくる。負けて逃げてきた、なんて言いたくなくて

「気にするな、人間はたまに腕を凍らせるもんなんだ」

 とウソを付くとリアンは、

「ええ!? 人間ってやっぱり変なんですね……」

 どうやら信じたようだ。俺のせいで人間との交流に難があっても、知らん。

「ちょっと触ってもいいですか……? わあコレが人間の体なんですね!」

「初対面の異性の体を遠慮なく触るんじゃない」


 それからしばらくの間人間とエルフの交流は続いた。自己紹介をしたがフユキではなくフユさんと呼びますと言われた。イーナもそうだったがそんなに呼びづらいのだろうか。

 リアンにとっては初めての人間との交流ということで得難いものもあるようだったが、俺にとっても悪印象を与える必要がない人物との久しぶりな交流ということで掛け替えのない時間だった。


「それじゃ私はもう行きますね。それにしても初めて会えた人間が貴方で良かったです! 人間は私達を捕まえて奴隷にしたり危ない種族と聞いていたのでドキドキでしたけど良い人でした!」

「それは間違いじゃないから人間には気安く近寄らないように」

「はあい。ふふっ、お母様たちと同じこと言ってます。それではフユさんお元気で」

そう言って去っていった。中々貴重な時間だったが休んでばかりもいられまい、しばらく後重たい体を起こし、手始めに近くの街を襲いレベルアップと洒落込むことにした。


 俺が初敗北を期した日からしばらく経ち、その間にいくつもの町や村を襲った。そんなことを繰り返しているうちに徐々にだが右腕の氷が溶け始めた。つまりもう少しであいつの魔法を無効化出来るまで強くなるということだが、攻撃が通じない問題の方をどうにかせなばなるまい。その一環として町や村を襲い混乱の渦に叩き込んでいるわけだが……。


「人を直接殺していないってだけで、やっていることは魔王より魔王だな」

街道を歩きながら呟いた。ふと前を見ると不審な馬車を発見、おそらく盗賊の偽装だろう。この頃になると偽装した盗賊か本物の商人かの区別も出来るようになっていた。最近物騒な世の中ということもあり盗賊の類と出会う確率が高い、ということもあるけど。


 向こうの馬車も俺に気づいたのだろう、速度を上げ去ろうとするがそうはさせない。盗賊の間では、俺のお陰で仕事が捗る、といった声や、全く黒い悪魔様々だぜ、と声があるらしいのでキッチリと潰しヘイトを溜めなければならない。


「止まりな」

 走り去ろうとする御者の隣に飛び乗り、剣を突き立てる。

「ひい! 黒い悪魔!」

「なら話が早えな? もう一度だけ言う、止まりな」

「わ、わかりました!」

 以前より話がスムーズになっていて満足していると盗賊たちが一斉に頭を垂れ命乞いをしてきた。

「お願いします、命だけは……」

「積んである宝や女は差し上げますので……畜生」


 ボソッと呟いたやつの足を折り、見せしめとする。そして積荷を見ると……

「あん?」

「んー!」

 先日別れたリアンが拘束されていた。まだ帰ってなかったのかコイツ……というか捕まってんじゃねえよ。ため息を付き、盗賊たちをじろりと見回すと奴らは更に怯え始めた。


「そ、そのエルフの少女は大変貴重ですぜ!? 奴隷市場に持っていくと数十億の値段は下らない……」

「そうそう! しかも超激レアってことで捕まえてからまだ手を付けていないんですぜ? へへへ……良ければ旦那が最初、ギャアアア!」

 言い終わらないうちに股間を潰し、とりあえず馬車ごと貰うことにした。盗賊たちはそれぞれ腕か足を潰してから開放することにした。たとえ回復魔法使いに治されなくても、潰された者同士助け合えば生きていけるだろう。


 一通り盗賊たちが命からがら去るのを見届けてからリアンの拘束を解いた。

「ぷはぁ、あー怖かったです! ありがとうございますフユさん!」

「馬鹿だろお前」

「馬鹿!? 次期女王に向かって何てことを言うんですか!」


 次期女王? 次期女王だったんだ……こいつが? 大丈夫かエルフ。俺はまだ見ぬエルフ族の心配をしながらリアンの処遇に頭を悩ます。俺の所為とはいえ、こんな物騒な世の中じゃこのまま里の外にいると無限にさらわれるだろう。せめて魔王を倒すまでの間は里に引っ込んでおくべきだ。それ以降は俺のせいじゃないからどうでもいいや。


「リアン、一旦里に帰ったらどうだ? 里の外が気になるのは分かるが今は危険だ」

 そう言ってリアンの様子をうかがうと、

「う~んそうですね、わかりました! 命の恩人のフユさんの言うことですし一旦帰ります!」

 思ったよりも素直に傾いてくれてほっとした。だが、

「でもですね……その、里まで私一人で帰れなくてですね、フユさん? 図々しいのは承知で送ってくださいませんか? お礼もしたいですし」

 首を傾げながらそう言ってきた。やっぱコイツが次期女王は不味いだろう。


「隠れ里、何だよな?」

「フユさんの言いたいことはわかります。ですが、命の恩人に対して例の一つもしないというのはエルフの沽券に関わります! それに一人じゃ帰れませんし!」

 何故かエヘンと誇らしげに言ってきたので思わずデコピンをする。

「あうう……」

 赤く腫れたデコを抑えながら不安げにこちらをうかがうリアン。ま、エルフの里に行く折角のチャンスだし断る必要はないな。オーケー、と言うとリアンの顔に花が咲いた。


「それではエルフの里まで案内しますね!」

 もしもリアンが犬だったら尻尾を全力で振っているだろうな、と思いつつ隣に座るリアンの案内に従い馬を操る。

「ところで一人だと帰れないっていうのはどういうことだ?」

「ちょっと遠いのでそこに至る前にまたさらわれるんだろうなって思いまして!」

「……すまん」

 こんな情勢にしてしまったことに思わず責任を感じ素直に謝ってしまった。そんな俺をリアンは不思議がっていたが、その後クスッと笑い体を預けてきた。

「何だかフユさんって不思議な方ですね。厳しいような、優しいような、寂しいような。一体どのフユさんが本当のフユさんなんでしょう?」

 上目遣いでこちらを見てくるリアンに対し俺は、

「クソみたいな最低野郎が俺さ。いいからちゃんと案内しな」

 目を逸らしながらそう返した。リアンは、

「自分の事をそんなふうに言っちゃ駄目です! 私はフユさんの素晴らしい所知ってるんですからね!」

 と怒ってくれたが事実だ。というかコイツと過ごした時間は限りなくゼロに近いのだが何を知っているのやら。


 ふとイーナの顔が思い浮かんだ。何故か二人が向けてくる感情が同じように思えたからだ。だが、イーナと違い苛立ちはあまり感じない……わざと嫌われるように振る舞ったり、同族を苦しませていないからだろうな。この呪いがなければ……魔王を倒せばイーナに対しても素直に振る舞えるのだろうか?

 それは楽だな……俺はまた一つ新たな魔王を倒す理由を見つけ、手始めにあのユキとかいうクソガキに対しての再戦を誓うのだった。

 俺の心情とは裏腹に、のどかな街道を、馬車が一台走っていた。


「ところでまだ右腕凍っているんですね? 今日もそんな気分なんですか?」

「ん? 馬鹿なのかお前。気分で凍らす訳ないだろ?」

「えー! だってフユさん最初会ったとき!」


――本当に平和だった。そんな穏やかな昼下がりの午後だった。

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