釣り
「悪魔め……殺す、殺す!……痛っ」
花を散らされた直後に無茶な動きをする。さっきまではメチャクチャ心がかき乱されていたが、行為の後ということもあって俺は落ち着いていた。
「さあて、ボチボチ出るか」
「いたた……え?」
「何を変な顔をしている。このまま一生俺と過ごしたいのか?」
「絶対イヤ!」
失礼なやつだ、俺もゴメンだが。俺は壁をノックし反響を調べ一番薄そうな所を探した。
「まあ当たり前だけど入り口が本来あったところか」
さっき覚えた技を試してみる。剣にエネルギーを乗せ放つ、イメージはオーケーあとは出来るかどうかだけど……。
「出来るかどうかじゃなくて、『やる」って事だな」
女に聞こえない声で呟くと早速試す。
「オラァ!」
成功!マナエネルギーはそのまま壁にぶつかり破壊を……
バキッ……パキパキ……。あん?変な音だな?
「アンタ、それ」
女が俺の右手を指差す。そこには粉々になった元剣があった。
「あ? マジか、良い剣だったのに」
道中カツアゲした後、半殺しにした剣士の兄ちゃんすまん……あんたの剣駄目にした。
「しかし、壁はある程度破壊できているな。後一発撃てたらな」
そう天井を仰いでいると、
「私の剣を使いなさい」
女が剣をこちらに寄越しながらそんなことを提案してきたので面食らってしまった。
「は? 剣は剣士にとっての大事なパートナーだろ? そうやすやすと悪魔に渡して良いのか? というかお前、悪魔が出るけど良いのか?」
「アンタ放っといても出られそうなんだもの。だったら私が元気なうちにってね」
「なるほど、判断が早くて的確だ」
「それに隊長達の動きがちょっとね。あと他にも気になることあるしね……」
女はチラリとこちらを窺うようにそう呟いた。なんだこの野郎と睨み返すと、慌てて目を逸らした。何を企んでやがる? まあいい、取り敢えずここから出なくては。そう思い直しレイピアを受け取る。……大丈夫か、この細い剣? そう思っているのがわかったのだろう。
「安心なさい。加護を受けた剣っていうのは伊達じゃないわ。少なくともアンタが使っていた剣よりは数十倍頑丈よ!」
そう誇らしそうにでかい胸を張った。だからそんな大事な剣を悪魔に預けるんじゃねえよ……。
「よしっ……そんじゃあ喰らいやがれ!」
本日三度目のマナエネルギーを放出……うん、何か名前付けとこう。壁はどうなっているのかな?……よし、成功だ!
「ほらよ返すぜ」
「どーも、返してくれるとは思わなかったわ」
あ、確かに……その方が悪印象与えられたか? まあ強姦したしもう良いだろう。
「さてと……あとはあいつらにも悪印象を与えないとな」
そう呟くと、未だに動きが鈍い女を拘束し、扇情的な格好にし、猿ぐつわをすることにした。
「え? ちょ何す、むーむー!」
さあて、釣りの始まりだ。
軽くダンジョンを脱出し辺りをうかがう。気配も探るがこちらを見ている様子はない……だが絶対ここが気にならないはずはない。多分気が抜けているのか、休憩か、これから見張りを置くのかのどれかだろう。ということはチャンス!
俺はそこらの木に女を吊るし離れたところで様子をうかがうことにした。
そして半日後……。
「いやはや、見張りから話を聞いたときは耳を疑ったよ、まさかあの密室を突破するとはね。そして君がここに吊るされているとは、最初は罠かと思ったよ」
罠だけどな、と思いながら目を向けるとあの映像に写っていた男がお供を連れて立っていた。百数十人はいるようだがどいつもこいつもあの女に対していやらしい目を向けている。あいつ本当の意味では尊敬されてなかったんだな……しかし、ノコノコ現れるとは実は馬鹿なのか、あるいは扇情的な格好に誘われたのか、はたまた日頃こいつに溜めていたストレスを発散するためか……どれも結局馬鹿だな。
「しかし数時間様子を見ても何も動きがない以上悪魔は去ったのだろう? それにしてもあの悪魔、話に聞く通り殺しはしないようだな。それは確かに残念だが、その格好を見るに、くくっ……どんな気分だったイーナ?」
男はいやらしい顔で女を見上げるがあいつは相変わらず真っ直ぐな眼をして見下ろす、それが気に入らなかったんだろう。男はナイフを投げ、吊るしてあるロープを切った。
大きな音を立てて女が落ちた。痛がっている所に男が足を踏み降ろす。
「なあ? どんな気分だったイーナ? そして今どんな気分だ? くくっ……あのイーナを踏んでいるなんて最高だ! 快感だ!」
「隊長俺も! 俺にも!」
周りの雑魚達も熱り立ち始めたようだ。だがそれを男はたしなめる。
「まあ待て。お前らの気持ちもわかる。凄く分かる……だがまずは俺だ。悪魔の後というのが癪だが俺も汚してやる! そして皆で可愛がった後あの悪魔のせいにして証拠を消してやろう!」
「うおおおお! さすが隊長!」
周りのボルテージもマックスのようだ。しかし女は涼しい顔をしている。ここでもあいつの心は折れないようだが、そろそろ潮時か。
男がゆっくりと手を伸ばし体に触れる直前、
「残念。そこまでだ」
そう言って手を切り落とした。
「え……? 一体何が? 手、さっきまであった俺の手? 手が」
「ほらほら良いのか? 回復魔法使いがいるんなら早くしないと出血多量で死んじゃうぜ」
そう言いながら雑魚の群れに男を投げ捨てる。
「う……うわああ! 悪魔だ! 悪魔が出たぞ!」
「だから俺は罠だって言ったんだ! それを皆が、隊長が!」
「テメエ! そんなこと言っている場合かよ! 早くなんとかしないと!」
辺りは一気に混乱の渦だ。女を餌に釣りをして悪印象を一気に与える作戦は大成功のようだな。しかしあの男無事かな? この中だと多分一番俺に悪印象を抱いているだろうし生きていてほしいが、まあ良いや。
「テメエら本当に騎士団か? この小娘に文句があるならさっさと言えば良かったじゃねえか。なのに恐れて言わなかった辺り全員唯のチキン野郎だな! 一人でも悪魔に向かってきたこの馬鹿を少しは見習え!」
そこまで言って言葉を切り、
「さて、死にたいやつからかかってきな……っておい」
とっくに全員脱兎していた。今からでも追いつけるが、面倒くさいな。
「お前もお前だ。あんなに嫌われているのに気づかないとか周りに無関心すぎる。もう少し視野を広く持て、マヌケ」
そう言って女の拘束を解く。女は逃げていった騎士たちの方を窺い何かを呟いた後、もう一度俺に向き直った。
「アンタ名前は?」
「は?」
何言ってるんだこいつ? 名前? 俺に陵辱され罵倒されたのに馬鹿か、どういう思考回路をしているのだろうか。
「フユキ」
だが何故か答えてしまった。どうしたんだ俺は、この女の馬鹿が感染ったのか。
「そう、じゃあフユって呼ぶわ。私はイーナ、今回は……お礼を言うわ」
「お前、頭悪いのか? それとも初めてを失ったショックで頭がおかしく」
「な、なってない!」
コホン、と咳払いをして女……イーナが続ける。
「今回私はアンタの言う通り、自分の事で精一杯で周りのことが見えていなかった、それが分かって良かったわ。まさかあんなに嫌われていたなんてね、爆発したのがもっとヤバいタイミングだったら国が滅んでいたかもしれないしね」
そうバツの悪そうな顔をするが、やはり礼を言われる筋合いはない。
「それと強さを求めていたけどまだまだ自分は弱い! あと、アンタを見てただ強いだけっていうのも駄目って思ったということが収穫よ」
イーナはクスっと笑いながらそう告げた。俺が強いだけのクソ野郎っていうのは俺が一番知っている、余計なお世話だ。
「まあ次に会ったらその時こそアンタは捕まえるけどね!」
「出来ないことは言うもんじゃねえよ」
やはり俺はこの女が嫌いだ。さっさと会話を終わらして去ろうとする。
「ねえ! もしも次私が勝ったら、聞きたいことがあるのだけど良いかしら?」
どこかためらいがちにイーナは聞いてきた。俺は、
「俺に勝つなんて無理に決まってるだろ馬鹿」
そうはぐらかして出発した。何となく、良いとは言えなかった。言ってしまうと負けるかもしれない……という謎の予感があった。これが変な女――イーナとの出会いだった。
いつの間にか雨は止み爽やかな風が吹いていて、まるで何かを祝福しているようなそんなムカツク日だった。
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