赤髪の女騎士、イーナ
旅は意外なほどに順調だった。基本的に他人から奪っているので金が不足することもない。クソみたいな行為を繰り返し、どこからともなく俺の行為が広まっていくおかげでガンガン強くなった俺に敵はいなかった。
問題は元の世界が恋しい事くらいだ。帰って友人に会ったら、もっと仲良くなろう。オヤジに会ったら酒でも飲んでかわそう。お袋に会ったら飯でも作ってやろう。
「見つけたわフユ! 今日こそあなたを捕まえる!」
街道沿いの良い感じの岩場に腰掛けているといつもの赤髪の女騎士が現れた。名前は確か……。
「イーナ! イーナよ、一体いつになったら覚えるのかしら。まあいいわ、今日は悪魔がいなくなる素敵な一日だもの」
「全くこれで何回目だ? ここはお前の国とは違う国だというのに。ああそんなに俺に無理矢理されるのが気に入ったか」
「……殺す!」
そう言うと同時に十歩ほどあった距離を一瞬で詰めレイピアで鋭い突きを繰り出してきたが、俺はそれを軽く受け流し相手の勢いを利用して体の下に潜り込んだ。
「おらよ」
「グッ!?」
そのまま鞘で相手の顎めがけてすくい上げるとイーナは倒れた。はっきり言ってイーナは強い、相手が俺じゃなければ勝てる人間はいないだろう。
「相変わらず弱いな。お前のその胸、騎士向いてねえんじゃねえの。娼婦になるのをオススメするぜ」
「こ……ろすわ」
顎にあれだけのダメージを与えたのに喋れるのか、呆れるぜ、本当に……諦めない心といい、勇者って奴はこういう奴のことを言うんじゃないだろうか? まあいいや、いつものようにヤッておくか。こいつと話しているとなんだか心がかき乱されるから、これが最後であってほしい。
そう願いながらいつものように行為にふけった後去ろうとするとイーナは、
「……あんたさ、いっつも暗い顔してバカみたいよ、何か悩みでもあるのなら――」
曇りのない綺麗な目をしてそんな事を言ってきた。――何を言っているんだこいつは。あんな事をされた後に俺の心配だと? 悩みだと、あるに決まっているじゃないか! 暗い顔だと、ふざけるなよ。俺が普段何を考えて生きているのかも知らないくせに! 色々なことが俺の頭を駆け巡り、気がつけばイーナを本気で殴っていた。
「お前に俺の、何が分かるっていうんだよ!」
殴った直後、我に帰った。不味い、俺が本気で殴ったら普通の人間は死んでしまう。十数メートル離れたところに飛んでいったイーナのもとに駆け寄る……俺はイーナの心配をしているのか? ふとそう思ったが頭を振って否定した。いや俺を嫌う者が一人減るのを防ぎたいだけだ。
呆れたことにイーナは生きていた。そういえば普通、ではなかったなこの女は。気絶しているようだが命に別条はない、ならばこのまま放置して先に進む……そう思ったが体は動いてくれなかった。
「あれだけ色々なことをして来たこの俺に、人間らしい感情が残っているとはお笑いだよな」
誰に言うわけでもなく呟いてから、イーナを窓から教会に投げ込んだ。あそこには回復魔法使いが揃っているから寄付金さえあれば大丈夫だろう。
「世の中変なやつもいるもんだよ、あいつが勇者になれば良かったのにな?」
「にゃあ」
猫の食べる姿を肴に酒を飲みながら話しかけていたが、当たり前だが猫は時々首をかしげる様子をするぐらいで特に反応はなかった。でもこんなやり取りでさえ俺には必要だった。精神的に限界が近いみたいだ。
「召喚されてからもう二年か……いつの間にか二十歳、ここまで精神壊さずによく頑張ったな俺」
そう呟いてふと窓から外を眺めると雨が降っていた。
「そういやあいつと初めて出会ったときもこんな雨の日だったな」
とあるダンジョンに宝があるらしい、そんな噂を聞いたので試しに向かってみたら、しとしとと振り続ける雨の中、入口の前に一人の赤髪の女が立っていた。
「はじめまして、悪魔さん」
「何だお前」
「悪魔に名乗る名など無いわ。数々の犯罪、悪魔の所業、知らないとは言わせない。あなたの罪は今日ここで裁かれるのよ!」
そうレイピアを俺に指しながら言ってきた。なるほど噂は罠だったのか、それはどうでもいいが雨の中ずっと待ってたのかこいつ? 俺が来なかったらどうするつもりだったんだろう、来ちゃったから何も言えないけど。
「まあいいや、ほら来な」
「ええ! 悪魔捕獲作戦開始!」
数メートル先でそう言ったと思ったら目の前にいた。こいつ速え、と思いながら回避行動を取るが読んだかのように女は鋭い突きを連発してくる。全て軽く受け流して一旦距離を置いてからため息を付いた。
「お前、捕獲って言ってなかったか。あれじゃ殺害だぜ」
「全部受け流しといてよく言う……あなたの強さは聞いていたからね、最初から全力で行かせてもらったわ」
「それで? 全力が全く通じなかったみたいだがどうする」
すると女は悔しそうに唇を噛みながら下を向くと、
「しょうがないわね……プランAに移行する! 私を捕まえられたら好きにしていいわよ!」
と叫んでダンジョンの中に逃げていった。強気で勝ち気な性格っぽいのに状況判断は早いし的確。それは結構なことだけど放っておこうかな、明らかに罠だし。でもま、どっかの国のお偉い騎士っぽいし俺の悪行を広めるチャンスか。そう思い直してダンジョンに入った。
しばらく歩いていると壁から炎が噴射される罠があったが剣風でかき消した。
「罠って物理的な罠だったか」
そう一人呟くと歩みを進めた。次は大量のナイフが天井と通路の壁から超速で放たれる罠だったが、並外れた動体視力と運動能力を持つ俺には無駄だった。お次は密室になったと思ったら毒ガスが噴射される部屋だった。流石にこれはヤバい! そう思ったが俺には効かなかった。どうやら呪いで耐性も強化されたらしい。これには俺も驚いたが、ガスが無くなると現れた扉の先でより驚愕の顔を浮かべている女がいた。
「この、バケモノめ!」
俺もそう思う。そんな感じで数々の罠を無効化していき最奥のだだっ広い部屋に女を追い詰めた。
「もう逃げ場は無いようだが?」
そう聞くと女は覚悟を決めた顔で、
「卑怯、と言われるかもしれないけど一対一で敵わない以上数で押させてもらうわ、みんな! 死ぬ気で……」
続く言葉は戦うわ、だろうか? そう言葉が発する前に扉が消え、新たな壁が何十にも現れ閉じ込められた。
「え? え? みんな?」
心底混乱した様子で女が辺りを見回す。だが辺りに人の姿はない。下を見ると魔法の石があった。それを起動すると偉そうな男の映像が現れた。録画された映像が再生されたようだ。
「ご苦労さまイーナ、普通で考えれば君が敵わない相手に大量の騎士をぶつけたところで結果は変わらない。本当に私の言ったとおり数でぶつける作戦をすると思ったのか? 君は自分がどれだけ強いのか自覚するべきだったな。というわけで、このまま君を餌にして悪魔を閉じ込めるのが賢い選択だと思わないかい? 君一人を犠牲に悪魔がいなくなるのなら安いものじゃないか」
随分勝手なことを言っているが言っていることは正しいな、いくら数が多くても俺は倒せないし、一人で俺を閉じ込められるのならそれに越したことはない。だが女はショックを受けているようだった。
「隊長? 嘘ですよね。だってこれは聖戦だって、皆で命を懸けて悪魔を捕まえるんだって、だから囮役も私が……」
その言葉に反応したように男は続ける。
「くくっ。いやはや清々するよ! 君は私がどれだけ苦汁をなめてきたのか知らないだろうね? 君は圧倒的な強さを持ち、15歳という若さで副隊長に選ばれもちろん皆君に期待する……私というものがありながら! 誰も私を見なくなった! そして遂には君を隊長にする話も出てきた! ふざけるな! 私がどれだけこの地位を手に入れるのに苦労をしてきたかも知らないのに……そこらの小娘にそうそう明け渡していいものではない!」
そう男は声を荒げた。自分で荒げていることに気がついたのだろう、必死で息を整えている姿がなんだか滑稽だった。
「隊長、私そんな事……私が隊長になんてなるつもりも……」
こいつがどう思おうが周りはこいつを押すだろうし、意志は関係ないだろうな。
「ふう……。まあとにかくお別れだイーナ。君の両親には名誉の死を遂げた、と伝えておこう。それでは残りの人生そこで悪魔と過ごすと良い! 君の痴態が見れないのは残念だが仕方ない。それでは悪魔よ、その女を存分に犯せ! くくっ……二人でお幸せに」
まあお前に言われなくても犯すけど。
ふと女の方を見るとショックから開放されたようだ。そして覚悟を決めた表情で、
「悪魔……ここであなたを倒すわ」
曇り一つ無い目をしてそう言った。マジかよ、信頼してたっぽい上司にあんなことを言われたのにこいつは……。
「お前じゃ俺には勝てないし、上司にあそこまで言われて戦う意味もないんじゃねえの?」
「勝てるか勝てないじゃない、勝つのよ。」
あまりにも真っ直ぐで眩しい感情に思わず目を背けたくなった。
「それに隊長が私をどう思っていたかなんて関係ない。私はあなたを捕まえられればそれでいい」
「そうかよ! んじゃ意味のない戦いをするか!」
思わず声を荒げてそう言った。この女嫌いだ、感情が乱れる。
俺は基本的に相手の出方をうかがってから行動するスタイルだがこのときは思わず先に動いてしまった。
「おら! さっき勝つのよ、って言ってたのにこれか!? ヌルい!」
「ぐっ!」
嬲るように剣を重ねる。一瞬で終わりにはしない、こいつの心を折る!
「世の中にはどうしようもないことがあるんだ! お前が俺に勝てないようにな! 大体俺を倒してどうする、出られないじゃねえか!」
日頃のこの世界に対する恨み、鬱憤を晴らすかのように女にぶつける。
「勝つ! この世界から驚異が一つ減る! それだけで意味はある!」
「んじゃあやってみろよ!」
わざと隙を作り攻撃を誘い、そこを剣でさばき、相手に詰め寄り殴り、蹴る。そんなことを何回か繰り返す。女はボロボロだったがそれでも眼に灯した光は消えなかった。
「いい加減に……諦めやがれ!」
「きゃああっ!?」
力が入りすぎて寸止したつもりだったのが剣に乗ったマナエネルギーが飛んでいってしまった。新たな攻撃方法を覚えた瞬間だったがそれどころではなかった。
「結局最後まで勝てなかったな……」
果たして勝てなかったのはどっちなのか、レイピアを強く握りしめながら気絶している女を見て俺は呟いた。
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