旅立ちの朝

 召喚された次の日の朝、目が覚めると体中がエネルギーで満ち溢れているような不思議な感覚があった。そのことを昨日のムカツク男に言うと、


「ああ、これのおかげでしょう」


 そう言って変な石を渡してきた。ちなみに今日は男の目は充血していなかった。それよりもこの石はどうやら近未来系の映画で良くある、空間に映像や画像がホログラフとして表示されるやつのようだ。


 そこには「大量殺人事件!?」という見出しとともに昨日俺を召喚した奴らのぼやけた死体と、犯人として俺の顔が写っていた。この世界は元の世界とは異なるが、新聞のような文化があるようだ。そんなことよりもこれは……。


「なるほど、昨日言っていた俺の悪評を届けるっていうのはこういう事か。」

「ご理解が早いようで何よりです! 呪いを有効活用するために我らがあると思ってください。ああ感謝の言葉はいりませんよ、そのかわりあなたに平穏は許されませんがそれは仕方のないことです。」


 全く悪びれていないどころかむしろ善行を積んだように男は言った。この国で適当に知識や技術を得て逃げる……どうやらそんな事は許されないらしい。ま、寿命問題もあるし俺に選択肢は無いわけだが。


「それにしてもただ嫌われるだけで強くなるとは、呪いなんていうのもおこがましいと思いませんか!?」


 殺してやろうかコイツ。


 それから一ヶ月間、俺は召喚された国の者達の世話になっていた。人数は極端に少ないがそれぞれ何かしらのスペシャリストのようで皆優秀だった。何故これだけしか人数がいないのか? それは俺と呪いの存在は秘匿するべきものだからだ。


 以前にもこの世界に召喚された者達はいたが皆勇者として旅立ち、そして敗れ去っていった。余計な期待をもう抱かせるわけには行かないということだ。それからこの倫理的に問題のある呪いが公になればこの国の進退に関わる。


 俺にこんな仕打ちをしたこの世界に「倫理的」というワードがあるのは驚きだったがそういう事だ。


 また俺の目的である魔王を倒す事が公になってしまうと、何だそれならしょうがない、と呪いの効力が大幅に減ってしまう。そういう訳で俺は少数の者達とこの国の地下でひっそりと暮らしていた。


 ライフラインはある程度発達しているようで、電気はないが水道はあった。電気はないと言っても魔法の石を利用してランプやトイレ、コンロみたいなのもあったし、風呂を沸かすことも出来たので良かった。


 基本的に地下での生活に問題はないが元の世界での食事、特にお袋の作るカレーが恋しい……。ここでの食事にもそこまで不満があるわけではない。パンやパスタ、何かの肉にソースをかけたやつ、スープなど全体的に洋食のようなメニューが多く、味も悪くはなかった。だがそれでも和食がないのは辛く、何よりもお袋の味が恋しかった。

 

 先に上げた、少数のスペシャリストの中には当然あのムカツク男の姿もあり、俺にこの世界の常識、戦闘訓練、人に嫌悪感を抱かせるABC……など様々な事を望んでもいないのに教えてくれた。


 面白かったのはこの世界は筋力だけが全てではなく、体内にある「マナエネルギー」というのを上手く噛み合わせることで人間離れをした動きが出来るということだ。現実世界出身の俺にもあって、どうやら召喚と同時に生成されたようだ。これを使えば魔法を撃てると言う事だが残念ながらその才能は俺には無かった。

 

 戦闘訓練についてだが、最初は男に全然勝てなく相手の剣を受けるだけで精一杯だったがそれが既に異常だと別の奴に恐れられた。あのムカツク男はこの国一の剣の使い手らしく、そんな相手に昨日まで剣ではなくペンを握っていた現代人が耐えられる、というのは確かに異常なことだった。


「あなたに何よりも足りないのは技術です! これから一ヶ月間ひたすら私の剣を盗んでください!」


 珍しく少々真面目な顔をした男が言った。そして二週間目には何回か勝てるようになっていき三週間目には子供を相手するが如くこの男をあしらえるようになった。

 

 遥か昔この世界に剣技をもたらした男がいるという授業もあった。その男は自分より強い剣士と戦いたくてこの世界で剣を広めたようだ。凄い自分勝手な男だけど良い人ではあるなと思ったが、恋人を殺されてからも剣を広めていたという話を聞いて何とも言えなくなった。


 またこの世界には人間以外の種族が存在し、エルフという種族がいるらしい、この事は俺に希望を抱かせた。何故なら俺の呪いは同種族には影響があるが他種族には影響がない……つまりエルフとは人間らしい交流が取れるかもしれない!そう思ったが、


「エルフに会いたいですか! ええあなたの気持ちは良くわかります。ですが悲しいかな、エルフは隠れ里から出ることはありません!」

 嫌らしい顔つきでそう言われ、一瞬で希望は無くなった。

 

 一番つまらなかったのは当然嫌悪感の抱かせ方だ。


「良いですか勇者殿、買い物なんて以ての外です。強盗しましょう! それも大々的にやるのがいいですね。逆らうやつは半殺しにすれば良いんです! あ、殺しては意味がないので駄目ですよ。それから女は見つけ次第乱暴してください。一番手っ取り早く深い恨みを抱かせます! 他の男達にやらせてもいいですがそれだと男たちから好意を抱かれるかもしれないので、やはり自分でやるのが一番です。良かったですね! それから半殺しの際には――」


 など様々なムカつくことを教わった。実践と称して街にでかけ、様々なクソッタレなこともした。初めての様々な犯罪行為……最初は中々上手く出来なかったが慣れとメンタルコントロールの方法を教わったおかげで、二週間もするとそういう行為をする際には感情を無くし、効率的に嫌悪感を抱かせるようになった。一部始終を見ていた男からは、


「まるで機械のようですねぇ! 出来れば叫んで恐怖を与えたりした方が良いのですが、まあ良いでしょう。何を考えているのかわからない無表情な男、というのもそれはそれで恐怖を与えます! その辺の情報操作は私達の腕の見せ所ですね!」


 と頷いていた。そして何よりもムカツクのが教わった中でこれらの訓練が一番役に立っているということだ。


 それからモンスターや魔王軍についての情報も聞いた。元々こことは別の世界――とは言っても俺の世界みたいに全くの別世界という訳ではなく、裏の世界という表現が一番近いかもしれない――にモンスター達はいたのだが、遥か昔突発的あるいは組織だってこちらに転移してくることでこの世界にモンスターというのが現れ始めたようだ。


 魔王についてだが、魔王とはそちらの世界を支配している者であり、長い歴史の中でこれまでも魔王軍の奴らが現れ色々悪さをして来たがそこのトップがこっちの世界に来たというのは初めてのことらしい。だがそこまで侵略に積極的でもなく、嬲り殺しにするのを楽しんでいる節がある、と男は語る。


 それからしばらく月日は流れ今日旅立つ。当然お供はいない。俺が今からやっていくことを考えたら当たり前だ。見送りはいないと思っていたが、いつもの醜悪な笑顔を浮かべ男が立っていた。


「いやあ、一ヶ月間という短い間でしたがどうでしょうか? 魔王殺せそうですか?」

「さてな、無理なら田舎に隠れるさ」


 肩をすくめながらそう言ったが本心では無い事を男も理解しているようで大げさに頭を下げながら、


「田舎ですか! それは良いですね、残り少ない人生ですが楽しんでください」


 そうのたまった。何故こいつはこんな醜悪な笑顔をするのか、ムカツク態度を取るのか最後まで理解できなかったがどうでもいい。ただこの男の事はそこまで嫌いではなかった。目的や手段はどうあれ俺のために色々やってくれたのは事実だからだ。


 じゃあな、と行こうとすると、

「もしも! あなたの旅が無駄なものとなったのなら! 娘の死も意味の無いものになってしまいます! そうならないようにどうか意味のある旅を。この国から恨みを込めて、あなたのために祈り続けます」


 充血させた眼をして怒りを表しながら男が言った。そうか、醜悪な笑顔は必死に取り繕った結果だったのか。娘の死というのはわからねえが――知らねえよ、そんなこと。この先色々な奴にこんな風に恨まれるんだろうが、


「俺の、この世界に対する恨みよりも深いものなんてねえよ……世話になった」


 そう呟いて歩き始めた。今にも強い雨が降り出しそうな朝のことだった。

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