45.昼も夜も

※ 視点、人称:新庄智也、一人称

※ 時間軸:本編後。



 紗由奈と久しぶりにデートした。とっても楽しかった!


「楽しかったね、いつもありがとう、しんちゃん」


 紗由奈が微笑む。それだけで胸躍る気分になる。

 けど、……しんちゃん?

 それはダメ。それはヤメテ。


「どうしたの、しんちゃん?」

 紗由奈が小首をかしげる。


 うわー、仕事中に呼ばれるあだ名で呼ばないでー!


 目が覚めた。

 夢だった。


 あぁ、最近昼も夜も、寝ても覚めても紗由奈のことばかり考えてる。

 しかも微妙に仕事のことが混じってるし。

 どうせなら楽しいだけの夢がいい。

 へんな混じり方してる理由も判ってるけど。




「しんちゃん、一昨日頼んだ書類まだか?」

「しんちゃん、ここ訂正な」

「しんちゃん、これ処理しといて」


 とにかく激務だ。

 入社して三か月経って仕事にも慣れてきたけれど、その分、新しい仕事が増える。

 最終的には先輩方みたいに担当の仕事を一から最後までやれるようにならなければいけない。

 みんながこき使ってくれるのは、早く仕事を覚えるようにってありがたい心遣いだってことは判ってる。

 中にはこれ幸いとばかりに自分の仕事を少しでも減らそうって考えてそうな人もいたりして。


「しんちゃん、情報部に報告書持ってってくれ」


 情報部。紗由奈がいる部署だ。

 いつもなら情報部に行ってくれって頼まれてら嬉しいんだけど。


「今行っても、赤城さんいないんだっけ?」

「初めて『派遣』されたってなぁ」

「寂しいな、しんちゃん」


 からかわれた。


 愛想笑いでごまかして、書類を受け取って部屋を出る。

 自然と息が漏れた。


 先輩達の言う通り、紗由奈は今月の初めから一か月間の契約で、ある印刷工場に派遣されている。帳簿の確認作業だそうだ。

 何でも、備品関係の消費が最近増えたのではないかということで外部のチェックを入れるのだとか。

 それってきっと、内部に横領犯がいると見越しての依頼だよね。

 なんてことを考えながら情報部にやってきた。


「あ、新庄さん、お疲れ様です」


 紗由奈の先輩さんに書類を渡して、こちらから、と新たにファイルを渡される。


「ねぇ、赤城さんと個人的に連絡とってたりする?」


 思いもよらない質問に、僕は「えっ?」と口ごもってしまった。

 ここでもからかわれるのか? と身構えた僕に先輩さんは笑った。


「もし彼女から連絡があったら、それとなく緊張をほぐしてほしいなと思ったんだよ。彼女、正社員になって最初の任務で張り切ってるのはいいんだけど、どうしても確実な成果を上げたいって自分を追い詰めちゃってるところもあるから」

「実際に横領があるとするなら、彼女が証拠を掴めなかったら、どうなるんですか?」

「どうもならないよ」先輩はまたにこりとする。「証拠はないけどアヤシイっていうなら別の人が再調査するし、あやしくなければそこで終了」


 だから証拠集めに躍起になりすぎないように言ってるんだけど、と先輩は軽く肩をすくめる。


 あぁ、なんとなく判る。紗由奈の性格だと、相手が黒ならどうしても突き詰めて証拠をそろえて解決したいんだろう。自分の手で。


「時間があったら連絡してみます」

「ありがとう。無理しないでね。新庄さんも。まだ新人なんだから先輩達に甘えちゃいなYo!」


 先輩さんがグッジョブサインをしながらにこーっとした。

 いいなぁ、こういう先輩。

 紗由奈もいつもならきっと気づくんだろうけど、多分すごく息詰まってるんだろう。

 夜、帰ってから紗由奈に電話しよう。




 ちょっとだけ残業してから家に帰ってコンビニ弁当を食べようかってタイミングで、紗由奈から電話がかかってきた。


『ともくーん、久しぶりー』


 紗由奈の声は元気そうだけど、なんとなく無理してるっぽいように聞こえなくもない。


「久しぶりー。初めての派遣、どう?」


 まずは軽く近況報告を言い合ってから、と思ってたら、出るわ出るわ、捜査難航を嘆く言葉が。

 一通り話を聞くに、やっぱり黒っぽいけど証拠がないみたいだ。


 後で先輩さんのアドバイスを話そう。

 とか考えてたら紗由奈に尋ねられた。


『そっちはどう? 仕事慣れた?』

「うん。慣れてきた。けど毎日しんちゃんしんちゃん言われるから、今朝とうとう夢の中で紗由奈にまでしんちゃんって呼ばれちゃったよ」


 あははと笑う。けど、紗由奈は黙った。

 ちょっとして、小さな声で聞かれた。


『夢でわたしが出てきたんだ?』


 あれ? 何かまずったか?


「え、うん……。なんか、その、ごめん」


 とがめられてる気がして思わず謝った。


『なんでっ? そのっ、すごく嬉しいよ』


 はぁぁ、よかったぁ。

 こっちが捜査で苦労してるのに呑気すぎ、とか思われてなくて。

 でも恥ずかしそうに言われると、こっちまですごく恥ずかしくなってきたっ。


「紗由奈は昼も夜も捜査のこと考えてるのに。能天気でごめん、ってか……」


 照れ隠しでそんな言い訳まで出てきて、何言ってんだ僕は、と冷静な部分が心の中でつっこんでくる。


『昼も夜もなんて、そんなことないよー。……ん? 昼も、夜も……。昼、夜、交代……』


 なんだ? と思ってたら。


『交代制を利用してるのかもっ。ありがとうともくん!』


 なんか閃いたっぽいな。


「うん、よく判んないけど、紗由奈が仕事に熱心だってことは判った」

『あっ……。別にっ、毎日仕事ばっかりでともくんのこと考えてないってわけじゃないんだからねっ』


 なにそのツンデレ。いやこの場合デレてるのをツンでごまかしてるからデレツンか。


「あんまり根詰めすぎないようになー」

『うん。それじゃあね、おやすみ』


 まだ興奮しっぱなしの紗由奈が電話を切った。

 先輩さんのメッセージ伝えられてないけど。

 なんか思いついたことがダメだった場合、改めて伝えよう。




 その電話から数日かけて紗由奈は工場の横領の証拠をつかむことができたみたいだ。

 会社の備品を横領しているのが、目を付けていた一人だけじゃなくて、複数人だったみたい。

 昼にしか管理の事務員がいないのを利用して、夜の間に在庫の数値を書き換えて少しずつ抜き取ってたみたい。で、横領犯で山分けしてた、ってことらしい。


 昼も夜もってキーワードを口にした僕まで情報部でほめられたみたいだけど、本当は「昼も夜も仕事ばっかりじゃなくて僕のことも考えてくれたら嬉しいなぁ」って冗談めかして言おうと思ってたけど言えなかったんだよなー。


 ちなみに先輩さんは紗由奈の仕事っぷりをほめる時に改めて「没頭しすぎないようにね」ってしっかりアドバイスしたみたいだ。

 彼女も、のめり込みすぎている時に見えなかったことが僕と話したことで見えたって、先輩さんの言葉を素直に受け入れたって言ってる。


 あぁ、これって、僕がやりたかったサポートの、一つの形かもしれない。

 これからも彼女のそばで頑張ってやっていこう。



(了)



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