40.希うのは(こいねがうのは)

※ 視点、人称:赤城紗由奈、一人称

※ 時間軸:本編「闇大会潜入捜査」の後。



 極めし者って希少だって聞く。

 トラストスタッフで極めし者といえば社長の黒崎さんぐらいしか思いつかない。

 なのでわたしの極めし者としての教育係は、黒崎さんになってくる。


 ちなみにわたしが闘気を扱えるようになったのは、我流だ。

 神奈ちゃんに付き合ってダイエットがてらトレーニングしてたら、いつの間にかって感じ。だから神奈ちゃんが師匠と言えなくもないんだけど。


 彼女のお兄さんいわく「神奈は闘気の扱い方とか教えるのは向いてないと思うから、鍛えたいならしっかりした師匠を探した方がいいよ」らしい。神奈ちゃんも「そうかもねー」って言ってるし。

 だから神奈ちゃんとはスパーリングみたいなことはするけど、戦い方とか闘気の増幅法とかは他で習うしかない。


 そんな感じで黒崎社長に相談したら、それなら俺が時間がある時に見てやる、と言ってくださった。


「ただし、俺も人に教えるのは不得手だぞ」


 言われて、はい、と即うなずいたら苦笑された。




 今日は訓練の日だ。多忙な黒崎さんにお付き合いいただくのだから一定の成果は上げないと。

 場所はフィットネスジムの多目的ホールだ。わざわざ借りてくれてるらしい。


 わたしは半そでTシャツとスパッツに運動靴だけど、黒崎さんはYシャツとスラックスだ。さすがに足元は黒の運動靴だけど。

 つまり、ジャケットを脱いでネクタイ外して靴を替えただけのスタイルだ。

 わたしを相手にするのにわざわざ運動用に服を替えなくていいってことだよね。さすが極めし者でも最高峰クラスだ。


 ホールの中央で向かい合って礼をする。


「それじゃ、まず軽くやりあってみるか」


 黒崎さんが構える。

 うー、隙が無い。

 でもここでためらってちゃ進めない。


 大きく踏み出して、拳を突き出す。足元への蹴りから、相手の回避場所を読んでの「飛び道具」。

 ガードもせずにやすやすとよける黒崎さんをぐっとにらんで、さらに突きと蹴り、フェイントをかけてからの掴みわざを仕掛けた。

 全部かわされた。触れることもできないなんて。


「うん、攻撃方法は考えてるな」


 休むことなく攻撃をかけるわたしの手や足をかわしながら黒崎さんが余裕の笑みを浮かべる。


「闇大会で得るものがあったみたいだな」

「はい。まだまだだと思ったのであれから敗因を考えてました」


 動きは止めず、なんとか黒崎さんに一撃を、ううん、ガードでもいい、攻撃を当てるのを目指しながら答える。


「で、敗因は?」


 まだまだ余裕で動く黒崎さん。悔しい!


「闘気の内包量が少ないことが大きいかと」

「そうだな、間違ってない。けど満点じゃないな」

「えっ?」


 黒崎さんは、頬を狙った拳を顔を傾けながらかわして、そのまま手首を掴んだ。

 触れさせたけど、黒崎さんから掴んできたんだかからノーカンか。


「君の弱点は諜報員にも極めし者になり切れてないことだ」


 手首を掴まれたままぐっと顔を近づけられて、どきっとする。

 や、異性としてときめいたとかじゃなくてね。


「なに赤くなってんだ? 俺が君を襲うとでも?」


 は、はいっ? 社長、そんなこと言っちゃう人?

 力が抜けた。

 と同時に足を引っかけられて、ペタンと尻もちをついた。


「ちょ、ずるっ」

 思わずタメ口になってしまった。


「諜報員ってずるいもんだろ?」


 黒崎さんがにやっと笑う。あぁ、悪い顔だ。


「ま、半分冗談だが、赤城君は真面目に戦いすぎるんだよ」


 そばにいる極めし者が水瀬神奈だから仕方ないか、と付け足されて笑ってしまった。


「真正面から突っ込んでいくだけじゃ動きが読まれやすい。まずは極めし者としての戦い方を研究してみるといい。闘気を使ったフルコンタクトなんかは動画でネットにあるだろう。この広めの部屋を全部使って戦うぐらい、派手に動き回ってるはずだ」


 動画を探したことはある。ちょっと引いた位置から映してるのは見たことあるけど二人の動きが速すぎて、ぶれて見えるだけだった。

 あれを今見たらもうちょっと動きを追えるかな。


「あとは、諜報員としての戦いってことだけど。被疑者を捕まえるための力という意味合いももちろんあるが、危機から逃げるための戦いも意識しておいたほうがいい」

「危機から逃げる?」

「もしも身バレして追いかけられて、相手が明らかに格上だったら?」


 ……そっか。極めし者が少ないからあんまり考えてなかったけど、もしも闇大会で戦った人が追いかけてきたら。勝つんじゃなくて逃げることを考えないといけないんだね。


 わたし、ずっと強くなりたいとだけ思ってた。強くなれば多少のトラブルもなんとかできるって。

 もちろんその通りなんだけど、今の実力にあった戦い方も考えないといけないってことだね。


 無事でいなきゃ。ともくんに心配かけたくないから。

 それが今のわたしの一番こいねがうことかもしれない。


「黒崎さん、教えるの不得手だっておっしゃってましたけど、いい指導者だと思いますよ」

「おだてても何も出ないぞ。さ、再開だ」


 ふっと息を漏らすように笑う黒崎さん、きっと照れてるなっ。


「なにニヤけてるんだ。今度はこっちも動くぞ」


 黒崎さんが消えた。

 右から気が迫ってくる。

 横っ飛びで離れて、すぐに元いた場所に蹴りを放つけどもうそこには何の気配もない。


 今度は上から迫ってくる闘気に、超技を発動させた。

 自分の周り数メートルに闘気の壁を立ち昇らせる。岩の形に見えるからロックビートって名付けてる。


「今のはいい反応だ」


 攻撃できずに上から降ってきただけになった黒崎さんがうなずいてる。

 わたしも、にこっと笑って、ふと相手のスラックスに視線をやる。


「あっ、社長、ファスナー」


 つられて黒崎さんが自分のスラックスを見た。

 今だ!

 強さよりも速さを重視した蹴り。

 決まるか?


「あぶねっ。……今のはいい手だった。使い古されてるけどな」


 惜しい! 当たらなかった!

 そんな感じで黒崎さんと部屋の隅々まで使って、相手の注意をそらすような声かけも交えながらスパーリングした。




「赤城さん、社長と仲良くやってるようですね」


 次の日、唐突に葉月さんに言われた。


「えっ? 仲良く?」

「ええ。いい感じで言い合いながら勝負してたでしょう?」


 うん、あれから言葉でのフェイント合戦がいつの間にかヒートアップしちゃったのは事実なんだけど。



『社長、奥様のどこが好きですか?』

『全部』

『うわー、最初から答え用意してます的な感情のないお返事ですね』

『君は? 新庄君とはうまくやってるのか?』

『はい、おかげさまで』

『そろそろ気を付けないと相手の欠点とか見えてくる頃だろう。愛想つかされないようにな』

『それは経験談ですか?』

『……そんなことはないぞ』

『その反応はっ。もしかして古傷つついちゃいましたかぁ?』

『口にばかり集中するなよ。はい一本』

『あー、ごまかしたー』

『本気出すぞこら』



 それを仲良くって言っちゃう葉月さんは、いったいいつも社長とどんなやり取りをしているんだろうか。

 今度、社長室のやり取りをこっそり覗いちゃおうかな。



(了)

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