38.目が覚めたら

※ 視点、人称:赤城紗由奈、一人称

※ 時間軸:番外編「手を繋ぐ」の後。



 ともくんとデートした。人生初めてのデートだ。多分ともくんも。


 すごく緊張してたなぁ。

 彼のこわばった笑顔を思い出して、ふふっと笑みが漏れる。


 でもわたしも似たような感じだったりして。

 周りから見たら付き合い始めたばっかりって判っちゃうぐらい不自然だったかもしれないなぁ。


 ともくん、気を使ってくれてたな。

 歌、あんまり歌わないのにわたしの好きなカラオケにしてくれて。夕食もわたしの意見を先に聞いてくれて。


 何食べたいか聞かれて「何でもいいよ」って答えがするっと出ちゃって、慌ててラーメン屋さんを提案した。

 デートの時に「何でもいい」って言われると愛情疑っちゃうなんて意見をネットで見たことあったんだよね。あの時はふーんって感じだったけど、考えてみたら何でもいいって、別にどうでもいいってとられるかもしれないんだね。


 彼に限ってそんなふうに受け取ったりしないだろうけどさ。


 こんなふうに思うのは、好かれてるって肌で感じるからだよね。付き合い長くなると「なんでもいい」が「どうでもいい」って受け取られてるかもしれないって心配する日がくるんだろうか。


 ラーメン屋さんは、カラオケデートが決まった後にひそかに辺りのお店を調べてヒットした。ともくんが夕食のプランも考えてるならそれでいいけど、もしも決めてなかったら一つの案として出すつもりだった。


 評判いいだけあって、おいしかったな。

 ともくんもおいしそうに食べてた。


 彼がわたしのこと「赤城さん」って呼んでたから「紗由奈って呼んでよ」って言っちゃったけど、あれ、まずくなかったよね? 呼び方替えてくれたし。


 なんだかんだで、わたしも彼氏ができてすごい喜んでるんだなーって思う。


 そうだ、手を繋ぐってけっこう意識しちゃうんだって気づいた。


 帰り際になって握手みたいに握ったけど、あれ、結構勇気いったんだよ。


 ともくんの手、細くて大きくてあったかかった。

 次は握手じゃなくて手を繋いで歩けたらいいなぁ。




 大学に行ったら、ゼミ友の二人がにこにこして寄ってきた。


「紗由奈、デートどうだった?」


 開口一番、尋ねられて、なんだろ、ちょっともやっとする。


「楽しかったよ」

 適当に笑って、適当に返す。


「どこ行ったの?」

「カラオケと、晩御飯」

「それだけ?」


 えっ? それだけって?


「新庄くんって奥手だねぇ」

「そりゃ相手が紗由奈だもん、釣り合わないって思ってビビってたりして」


 二人が笑う。


 なに? これ、ともくんがバカにされてる?


「ビビってるってことは、なかったよ。気を使ってくれてたけど」

「どんなふうに?」

「カラオケもそうだけど、ご飯もわたしの好きなところにしてくれたし」

「初デートだもんねー。そりゃ嫌われたくないからだよ」


 そうかもしれないけど。

 なんだろ、嫌だな、そんな言われ方。


「いいよ何でも、楽しかったし」

「意外だなー。紗由奈ならもっとこう、スペック高い男性ひとつかまえそうな感じだけど」

「新庄くんっていい人かもしれないけど、ちょっとさえないとこあるよね」

「今は付き合い始めたばっかりだから少しのことでも嬉しいだろうけど。目が覚めたらなんでこんなひとがいいって思ったんだろ? ってタイプだよね」


 あ、これ、応援してるふりしてけなしてくるヤツだ。

 何気にともくんだけじゃなくてわたしも下げてるよね。

 目が覚めたらってなによ。まるでわたしが見誤ってるみたいな言い方して。


「今が眠って夢見てる状態なら、それでいいよ。いい夢見せてくれる人ってことでしょ? そういう人がそばにいるって幸せだよ」


 にこーっと笑って反撃してやった。


 あんた達には、ともくんの見せびらかさない良さは判んない。

 でもそれでいい。わたしが判ってればいい。


「ノロけたっ。クールな紗由奈がノロケっ」


 二人は大げさにのけぞって、また何かを言いかけた。

 けど部屋の入口にともくんと松本くんの姿が見えると、そそくさと離れてった。


 クールな紗由奈、か。

 エージェントだから(バイトだけど)、あんまり内面は人に見せないようにってしてるのが、クールって見られるんだろうか。


「おはよー赤城さん」

「おはよー、……紗由奈」


 ともくん達がこっちにきて、松本くんがにこやかに、ともくんが照れたように挨拶してきた。

 そういえばゼミの中で紗由奈って呼ぶの初めてか。

 めっちゃ照れ臭そうなともくん、きゅんっとくるんですけどっ。


「おはよー。ともくん、昨日はありがとうね」

「えっ、ううん。楽しかったよ」


 口元がほころんだともくんに、さらにきゅんっとする。


「こいつさー、さっき会ってから何度も楽しかったってさ。よかったなー」

「ちょっ、おまっ、なにっ」


 松本くんがニヤニヤして言うのに、ともくんが慌ててる。

 同じからかうなら、こういうノリの方がいい。

 わたし達をちらちら見てるあの二人組にも聞こえるように言った。


「わたしも、すっごい楽しかった。次はともくんの行きたいとこ、行こうね」

「おーっと、赤城さんノロケ入りましたー。いいぞもっとやれ!」


 松本くんがノッてきた。


 ともくんとお付き合いすることで、わたしの人間関係もちょっと変わりそう。

 でもそれでいい。カレシをけなす人より、一緒に笑ってくれる人の方が。


 お友達って思ってた人の暗い面に気づくことができてよかったんじゃないかな。

 そういう意味でも、ありがとう、ともくん。

 ずっと仲良くやっていけたらいいな。



(了)

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