37.手を繋ぐ
※ 視点、人称:新庄智也、一人称
※ 時間軸:本編「彼女がカノジョになるまで」の後。
赤城さん、いや、紗由奈と付き合うことになった。
予想外の展開が続きすぎてまだ現実味はないんだけど、ずっと片思いの相手だったので嬉しくないわけがない。
嬉しいんだけど。
なにせ女の子と付き合うのなんて初めてで、何をどうすればいいのか判らない。
僕らでカップル成立十組目だと豪語する友、松本にどうすればいいのか聞いてみた。
「そりゃ、初デートは相手の好きなことに付き合うとかだろう。ちょっとイレギュラーだったけど基本的には新庄が赤城さんに惚れて、赤城さんがオッケーした形なんだからな。自分の好きなことを通すのは、そうだな、自然と手をつなげるようになってからだな」
ありがたいお言葉だが、手をつなげるようになってからという部分だけが、いまいちピンときてなかった。
そんなもんなのか、と聞き流していたけれど、初デートの時に実感した。
手をつなぐというのがどれほどハードルが高いのか。
デートは、紗由奈の好きなカラオケからの夕食コースにした。
紗由奈は流行りの曲や好きなアーティストの曲をガンガンと、バラードはしっとりと歌い上げて、すごい。聞きほれる。
そういう意味ではカラオケにしてよかったんだけど、僕はそんなに歌に詳しくないし好きなアーティストもいないから選曲に困る。
「ともくんも気にせずに自分が歌いたいの、どんどんいっちゃってよ。わたししかいないんだし」
紗由奈がそう言ってくれたから、知ってる曲をぽつぽつと歌うことができた。ほとんどアニソンでちょっと恥ずかしかったけど。
それでも彼女はうまいってほめてくれる。アニメの曲ばっかりだね、なんて馬鹿にしてこない。
なんていい
彼女に気を使わせてばかりじゃいられない。カラオケのレパートリー、増やそう。
さて、カラオケを終えて、夕食って話になる。
「赤城さん、何か食べたいものある?」
「何でもいいよ。……あ、ラーメンとかどう? 確かこの近くに美味しいとこあったはずだよ」
これって、デートのために調べてくれてたってことかな。
また胸があったかくなる。
いいな、彼女。ほんと、いい。
紗由奈の案内でラーメン屋さんに向かう。
今度は僕もしっかりリサーチしておかないと。
でも。
「自分の好きなこと通すのは、自然と手をつなげるようになってから」
松本の言葉が頭に浮かんだ。
手をつなぐって、そんなに難しいか?
そう思いながら、紗由奈と手をつなごうと思ったけど。
この、ビミョーな、距離感!
二人の間が空きまくってるわけじゃないけど、ぴったりくっついてるわけでもない。
手をつなぐには、もうちょっと、こう、よりそった感じで歩いてないといけないんじゃないかな。
案内する紗由奈は僕よりも少しだけ前にいる。
今手をつなぎに行ったら、まるで子供がはぐれたくないから母親の手を握りに行ってるみたいになってしまう。
それはあまりにも情けない。
そんな微妙な距離感のまま、ラーメン屋さんに到着した。
まだ夕食のピークにはちょっと早い時間で、テーブル席に案内された。
向かい合って座るからここで手をつなぐなんてできないな。
カウンター席でもきっかけが難しそうなのに。
「味噌ラーメンのチャーシュートッピングが人気メニューなんだよ」
紗由奈がニコニコとおすすめの紹介をしてくれたので迷わずそれにする。
ラーメンが来るまでに、紗由奈におすすめのJ-POPなんかを尋ねたりして無難に会話した。
十分ぐらいでラーメンがやってきた。へぇ、結構ボリュームありそう。紗由奈はこれ食べきれるのかな。
「いっただっきまーす」
嬉しそうに箸を割って食べ始める紗由奈の顔は、とても幸せそうだ。
美味しそうにものを食べる人っていいよなぁ。
「ん? なに?」
つい見とれてると紗由奈がきょとんとして目をこっちに向けてきた。
「赤城さん美味しそうに食べてるなぁって」
「ともくんこそ幸せそうな顔だよ。それより、さ」
じぃっと見つめてくる。なんだろ? なんかいけない感じなことしちゃった?
「……紗由奈って呼んでよ」
ぼそっと言うと紗由奈はまたラーメンに集中した。
かっ、かわいすぎだろっ!
口元がだらしなくなるのを自覚した。
食べ終わって、店を出た。
空がようやく暗くなったところで、このまま帰るのはもったいない気がする。
けど。
「自分の好きなこと通すのは、自然と手をつなげるようになってから」
松本のアドバイスがどーんと胸に響く。
確かに、最初っから夜遅くまで連れまわすのはよくないな。
紗由奈のマンションの最寄り駅まで一緒に帰る。ほんの数駅だけど、これがまた別れの時間が迫ってきてるのを強調されてちょっとつらい。
もっと一緒にいたい。
そんなことを考えてたら、急ブレーキがかかった。
紗由奈がこっちによろけてきたから肩を掴んで受け止める。
極めし者だから、めっちゃ細いってわけでもないけどやっぱり女性の肩だなって思った。
紗由奈は顔を赤らめながら僕を見上げてる。
「ありがと、ともくん」
顔が近い。勢いでキスできそうなほど。……しないけど。
どさくさのキスの方が意図的に手を繋ぐより楽にできそうな気がした。しないけど。
目的の駅について、降りる。改札に向かう。
一緒にいたい。降りちゃおうか。
「自分の好きなこと通すのは――」
わーかってるって。
頭の中の松本を追い払って、紗由奈に笑顔を向ける。
「ちょっと早いけど、おやすみ」
「うん、楽しかったー。それじゃまたね」
手を振りあう。
紗由奈が改札を通りかけて、こっちにくるっと振り向いて、戻ってきた。
「忘れ物?」
預かってるものはないけど。
「ともくん、いろいろと気を使ってくれてありがとう。次のデートはともくんの行きたいとこ、行こうよ」
彼女はそう言って、僕の手を取ってぎゅっと包み込んだ。
「え、あ、いや、そんなことないよ」
突然手を握られたからパニクった僕は変な答えしか返せなかった。
紗由奈は笑って手を放して、もう一度手を振って、今度はすんなりと改札を出て行った。
可愛すぎる。紗由奈サイコー。
彼女の手の感触がまだ残る自分の手を胸にあてる。
……えっと、でもこれってやっぱ、ノーカン、だよなぁ……?
今度は自分から手を繋ぎに行くぞ!
決意を新たに、ホームへの階段を上った。
(了)
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