21.高い買い物

※ 視点、人称:黒崎章彦、一人称

※ 時間軸:本編前。智也と紗由奈が親しくなる前。




 極めし者求む。


 新聞広告に短く「アルバイト募集」を掲載した次の日、面接希望でやってきたのは女子大学生だった。


 本来この「アルバイト、極めし者求む」は諜報部の連絡用の符丁なのだが、まれにこんな短い怪しい募集文でやってくるヤツはいる。

 まぁ公共の紙面を利用してるんだから仕方ない。実はフェイクでしたと世間に広められても困るので面接はしている。


 けれどあんな内容もなにもない文章に誘われてやってくるヤツは「こいついけるかも?」と思って採用してもハズレが多い。まれに逸材が混じってるんだがとにかくハズレ率は高い。そんな「高い買い物」は早々に辞めてもらうのだが。


 だから期待なんてしてなかった。

 一緒に面接官を引き受ける「裏部門」秘書の葉月君もあまり関心なさそうな表情だ。


 葉月君は俺より少し年上の、優秀な秘書にして諜報員だ。いかにも知的な表情でキツいことを口走るからちょっと苦手な面はあるけど。


 入室を促されて、形だけ整えた面接室に入ってきたのは、ストレートの黒髪がまず目を引く快活そうで真面目そうな女の子だった。


 極めし者の女子大生となると、もっと賑やかしいのを想像してたが、これは俺の偏見だ。何せ女子大生といって思い浮かべるのが「悪、即、斬」とか言い切って悪人退治に余念のない、知り合いの妹だからな。

 ……ん? 履歴書見たらその子と同じ大学で同じ学年じゃないか。まさか知り合いだったりするのか?


 まぁその辺は今は置いておこう。


「本日はお忙しいところをお時間をいただきありがとうございます。赤城紗由奈です」


 緊張している声だが挨拶をしっかりとできるのは好感が持てる。


「トラストスタッフ代表取締役社長、黒崎章彦です」


 余所行きの顔で挨拶すると、赤城紗由奈は一瞬固まった。

 まぁそうだろうな。大企業のバイトの採用面接に社長が出張ってくるなんてそうないだろう。


「極めし者の力を見るのに他にいい人材がいなくてね」


 これは本当だ。

 赤城君は納得顔だ。極めし者が希少な存在だと理解しているのだろう。


「隣は人事部の葉月です。主に彼女の方から質問をしてもらいますが最初に私から。君の闘気がどれほどなのか、見せてください」


 俺の言葉に赤城君は「はい」と返事をして闘気を開放した。

 体がうっすらと白く輝き、その周りに緑色のオーラが発せられる。属性は「山」だな。「力」の属性だ。

 しかし解放量が少ないな。


「それが全力ですか? 遠慮しなくていいですよ」


 悪役みたいなセリフだなと思いつつ、力の出し惜しみがないか確かめる。


「はい、これが全力です。極めし者になったのが最近なので」


 赤城君は少しはにかんで答えた。

 闘気の量は把握した。なら次に気になるのはこっちだ。


「では質問に移ります。なぜ極めし者になろうと思ったのですか?」


 想定していた質問と違ったのだろう、赤城君は少し驚いた顔で闘気を引っ込めてから居住まいをただした。


「子供の頃からアクション映画が好きで、とりわけスパイ映画が好きだったのです」


 うん、ありがちな動機だな。


「幼い頃は、スパイとはああやって派手に敵を倒すものと思ってあこがれていましたが、諜報員のことを少し調べて、実際はもっと地味な活動だと知った時には少しだけがっかりしました。ですが」


 ……ほう?


「危機的な状況になった時に闘気が扱えるなら危機から脱する手段の一つになるのは、諜報員に限ったことではないので、習得する頃は身を守る手段の一つと考えてました」


 闘気を習得する動機と経過も興味深いが、諜報に興味があるらしいところも注目点だ。


 葉月君に視線をやる。

 優秀な秘書は俺の言いたいことを理解している。


「それでは私の方からいくつか質問させていただきます。この度の募集に応じた動機をお聞かせください」


 葉月君の凛とした響きの声に臆することなく、目の前の女子大生はすぐに答えを返してきた。


「先ほど申し上げた通り、極めし者になった理由は身を守る手段の一つですが、せっかく手に入れた力ですので、生かせることがあるのなら生かしたいと考えたからです」


 これは最初から答えを用意していたな。


「募集の広告には極めし者求むとしか掲載しませんでしたが、事前に内容を確認しようとは思いませんでしたか?」

「御社の派遣先や業務内容を調べましたが、特に危険なことはないと判断したので、わたしでできることならやってみたいと思ったので直接面接で伺おうと考えておりました」


 ノーチェックで応じたわけではないか。見込みありか。


「さっき、諜報に興味があると言ってましたね」


 俺が質問に割り込むと赤城君はすぐに「はい」と答えた。戸惑いはないように見える。


「もしもそういった職に就けるとしたら、就きたいと思いますか?」

「はい、もちろん」


 食い気味に答えてきた。思わず笑いそうになる。


 葉月君を見る。

 口の端をかすかにあげてうなずいている。優秀な諜報員のお眼鏡にかなったわけだな。彼女の人を見る目は俺より高い。


「よし、採用」

「は、はい?」

「君をバイト諜報員として採用する。詳しいことは彼女に聞いてくれ」


 俺が立ち上がると、赤城君もわけが判らないという顔のまま立ち上がって礼をした。




「あれから一か月だが、赤城君はどうだ? 高い買い物だったか? それともお買い得か?」


 社長室にやってきた葉月君に尋ねてみる。


「なかなか見どころのある子だと思いますよ。うまく育てれば将来うちの主戦力になってくれるかもしれません」


 凄腕諜報員に期待されるとは。


「なら、引き続き彼女の教育は君に任せる」

「社長も少しは諜報員育成に携わってくださいよ」

「俺は、向いてない」

「和彦会長がなぜ社長を引き取ってお育てになったのか、考えたことはありますか?」


 思いもよらない問いかけに応えられずにいると、葉月君は意外にも柔らかい表情で応えた。


「会長にとって社長が“お買い得”だったからだと思いますよ。向いてないと決めつけないでご自分をもう少し信じてみてはどうですか?」


 意外な励ましに「そうか」としか応えられなかったが、……なら、少しは努めてみるか。




 さらに一年近く経って、まさか赤城君の彼氏に不倫を疑われることになるとは、この時は想像すらできなかった。

 肩入れしすぎるのも問題だな。匙加減、難しすぎだろ。



(了)

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