番外編
16.契約の果て
※ 視点、人称:新庄智也、一人称
※ 時間軸:大学三年生
とある喫茶店で、僕と紗由奈は隣に座って、紗由奈の正面には女の人。
女の人は紗由奈の中学生の頃の同級生だって話だ。中学の頃は個人的に特別仲が良かったわけではないけど所属してるグループ同士は仲良かったとかで、時々みんなで遊びに行ったりとかはしてたらしい。
今日は元々紗由奈とデートだったけど、久しぶりに会いたいと友人が連絡してきたからお茶の時間に少しだけ付き合って、と頼まれたのた。
「いやー、久しぶりだねー」
「最後に会ったのっていつだっけ?」
「高校卒業の時にみんなでお祝いして以来じゃない?」
「それじゃ三年ちょっとかー。みっちゃんおしゃれになったね」
「それは紗由奈もでしょ。カレシなんかできちゃってー」
女同士のやり取りに傍観を決め込んでたらこっちに話が飛んできた。
とりあえず愛想笑いして、ぺこっと会釈しておく。
なんかもっとつっこんだ話を振られるかと思ってちょっと身構えたけどそれ以上は何もなくて、また二人の思い出話と共通の友達の話になっていった。
僕は完全に置いてけぼりだけど、まぁ久しぶりに会うんだし、変に話を持ってこられてもなんて答えていいか判らないからいいや。
一人でゆっくり紅茶をすすってる横で女の子同士のおしゃべりは続いていく。
「そういえばさー、かのちゃんが宝石店のバイトやってるらしくてさー」
喫茶店に腰を落ち着けて二十分ほどしたころに紗由奈の友達、みっちゃんが切り出した話は、なんだか怪しげだった。
かのちゃん、という紗由奈達の友達が宝石店で売り子のバイトをしているが、店側から売上ノルマを課せられているらしい。店長に「友達をだましてでも売ってこい」と半分脅されるような言われ方をされたそうだ。
バイト契約の時にそんな話はでておらず、かのちゃんは断ったが、雇用契約書に小さく「毎月三万円以上の売り上げを達成します。達成できなかった場合はアルバイト料から差額を差し引きます」という一文が書かれてあったそうだ。
「そんな文章、契約の時にはなかったのにってかのちゃんは言ってるけど、君がしっかり契約書を読んでなかったんだろうって言われちゃったってさ」
かわいそうだよねー、と目の前のみっちゃんは言いながらコーヒーを飲み干した。
「それじゃ、わたし行くね。久しぶりに会えて楽しかったよ」
彼女はコーヒー代をテーブルに置いて店を出て行った。
「アヤシイよなその宝石店」
「ブラックどころじゃなくて犯罪かもね」
僕らは顔を見合わせた。
一週間後。
僕は紗由奈と一緒に、かのちゃんと呼ばれている子のバイト先に向かっていた。
バイトをだましている店なら客も脅すこともありあえるかもしれない、というのが紗由奈の教育係さんの考えらしい。なのでちょっと様子を見てきて、だそうだ。
軽いおとり捜査よ、とその人は言うが、おとり捜査に軽いも重いもあるのだろうか。
まぁその疑問はおいといて。
ここで何か証拠が取れたらそのまま警察に証拠を提示して正式な捜査に入れるし、何もなかったらバイトの契約の件で正式にトラストスタッフから「派遣社員」をよこすよう持って行くそうだ。
目的の宝石店は繁華街にふつーにある、小さ目のお店だ。外から見たら宝石店らしくきらきらのショーウィンドウでまぶしい感じ。
店の女性スタッフが一人いる。
「かのちゃんじゃないな」
紗由奈がつぶやいた。かのちゃんがいてもよかったけど、いないならいないで好きにやれるからそれでいい、と言う。
友達の前で諜報員っぽいことできないもんね。
僕らは腕を組んで宝石店の中へと入って行った。
すぐさま女性店員がやってきて接客してくれる。
カノジョとの婚約を考えてるので指輪を下見に来た、と言うと、出てくる出てくる、誉め言葉とお高い指輪の数々。
紗由奈が指輪を吟味しつつ、散々店員さんに質問した挙句に「それじゃ、他のお店のも見てからまたあらためて」と言って立ち上がった。
それまでにこにこ顔だった店員さんから一瞬笑顔が消えた。
ノルマの話が本当なら、そりゃこんな大口の客を見逃したくないよな。
「お客様、それでしたら仮契約をおすすめいたします」
また笑顔を張り付かせた店員さんが説明する。
この指輪は人気のモデルですぐに売れてしまう。なので仮契約という形で取りおいておく、というのだ。前金はいただくことになるがもしもキャンセルなら返金する、と。
アヤシイのがきた。これ、キャンセルしても前金返さないとごねるパターンでは?
紗由奈と顔を見合わせる。
彼女も同じことを考えてたようでうなずいた。
「それじゃ、仮契約で。前金はいくら? 万が一キャンセルになっても返してもらえるんだよね?」
念を押すように尋ねると店員さんは「もちろんです」と超笑顔。
僕が契約書にサインして前金を払う。このお金はもちろん調査料としてトラストスタッフからいただいている。そうでなきゃ普段から三万円も持ち歩いてない。
サインする手が震える。バレるわけないのになんかバレそうな気がして。
紗由奈はじっとその様子を見てる。多分契約書をそっと写してるな。
彼女が僕に寄り添っていてくれるだけで、ちょっと落ち着いた。
「こちらがお客様控えになります。ありがとうございました」
複写の一番下を切り取って、店員さんは頭を下げた。
さぁこの契約が店にとってどうなるのか、ちょっとワクワクだ。
僕の部屋で、早速紗由奈が盗撮した契約書の一枚目と、僕らの手元にある複写を比べる。
「あ、あった。こっちの控えの方に『仮契約をキャンセルした際、契約時に支払った契約金は払い戻しません』って小さく書かれてる」
多分「お手元の契約書をご確認ください」って確認させるんだろうね。と紗由奈はため息をついた。
なるほど。控えを持ってキャンセルに行くとその文言を見せつけられてあきらめさせられる。控えがないとそもそもキャンセルに行けない。どっちにしてもお金は返ってこない、という手か。
「これはもう立派な詐欺だね。警察に引き渡す案件だよ」
紗由奈が満足そうにうなずいた。
三日後、新聞に宝石店オーナーが詐欺罪で逮捕されたと載っていた。
諜報部と警察、仕事早いな。
紗由奈の友達含め従業員やバイトも脅されていたってことだ。卑劣だよなぁ。
で、その次の週末はまた、みっちゃんがお茶しようって誘ってきた。
「前に言ってたかのちゃんのバイトんとこ! 詐欺だったんだってねー」
目の前の紗由奈がその摘発に暗躍した諜報員と知らずに、みっちゃんは興奮した様子で事件の話をしてる。
紗由奈はちょっと含みのあるような笑顔でうなずいて聞いてる。
僕も、気分がいい。悪いことをしている店を懲らしめることができたんだから。事情を知ってる人とだけ共有できる達成感と、秘密を共有するちょっとした背徳感。
なんとなく、紗由奈が諜報にあこがれる理由を実感した気がする。
ま、仮契約の書類にサインだけでビビってる僕には向いてないけどね。
(了)
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