57.地図にない場所

 このままだと卒業したら紗由奈とは会える時間が減ってうまくいかなくなるかもしれない。

 そんな不安に駆られる。


 別に紗由奈がそんな雰囲気をにおわせてるわけでもないんだけど。

 多分、僕が自分の将来を決められないでいるからなんだろうな。


 松本と水瀬さんは、なんか全然そんな心配してなさそうで仲良くやってる。うらやましい。


 自分が何をやりたいのか、ここ最近きっちり考えてみた。

 実現するかどうかを度外視するなら、うっすらと希望はある。

 紗由奈のサポートがしたい、ってこと。


 でも僕は諜報員には向いてないと思う。すぐに考えが顔に出るし、計画がずれた時の咄嗟の判断とかも苦手だ。どっちかっていうとじっくり作戦を練る方が安心だし、その方が僕にあっている。


 そういう職に就けないだろうか。

 という、うっすらとした希望。


 諜報員のサポートってどんなのがあるんだろうか。

 そもそも諜報員の仕事の詳しい事なんて知らない。まずはそこからだ。


 紗由奈に尋ねてもバイトだし自分の関わるところ以外は判らないかもしれない。

 それならもっと詳しい人に……。


 そこに思い至って頭に浮かぶのは、黒崎さんだ。なにせ諜報組織のトップだもんな。


 あの人ちょっと怖いから、あんまり近づきたくないけれど。


 嫌もいいも、そもそも話を聞いてくれるかどうかも判らないけどな。社長って忙しいだろうし、あの人の性格的に「彼女のそばにいたいから諜報関係の仕事のことを教えてくれ? ナメてるのか君」とか一蹴されそう。


 けれど行動を起こさないことには始まらない。


 紗由奈が僕の人生の地図にない場所の人で、さらに秘境に入って行こうとしているんだ。せめて追いかけられる範囲にいたい。


 浮気疑惑の時に出された名刺――そのまま僕のところにおいてった――を取り出す。捨てなくてよかった。


 連作先として書かれてるのは電話番号とメールアドレスだ。

 電話番号は会社の代表番号みたいだな。こっちは社長に取り次いでもらえなさそうだから使えない。

 メールは、誰か検閲とかするのかな。秘書の人とか?

 誰かが先に読むとして社長の判断を仰ぐような、その上、社長が話を聞いてみたいと思わせるような文面を考えないと。




 結局悩んだ末、「この間はご迷惑をおかけいたしてすみませんでした」という謝罪と「出来ればでいいので、お仕事について伺いたいのですが」という直球を投げることにした。

 一歩踏み出してみたけれど、返事は来ないかもしれない。来たとしても断られるかもしれない。

 そう思ってたけれど。


『明日の昼、12時半から10分ほどなら時間を取れる。時間厳守で会社に来なさい。受付に名前を言えば通してもらうよう話しておく』


 黒崎さんからの直接の返事があったのは、その日の夜遅く、十一時ぐらいだった。

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