二人で歩む道

77.わかれ道

 もうすぐ大学四年生になる。

 なのに僕はまだ自分の将来のビジョンが見えない。

 そろそろ本格的に考えをまとめないといけない時期、いや、もう決まってないと遅すぎるのに、どうすればいいんだろう。


 適当な会社に就職しておくか。

 でも適当なところってどこ?

 そんな焦りを覚え始めてた、一月のある日。


「サユちゃん、イギリス行きの準備始めてる?」


 いつもの四人で昼飯を食べてる時、水瀬さんが何でもないことのようにぽろっと口にした。


 紗由奈がイギリスへ行く?

 理解して、息が詰まった。


「ぼちぼちってところかな。焦ってないけど準備はしておかないと」


 マジだった。


「あれ? 新庄さん聞いてなかったの?」


 僕の顔を見て――きっとすごいマヌケ面だろう――水瀬さんが目を丸くしてる。

 言葉がでないから二度うなずいた。


「サユちゃん、ダメじゃん、ちゃんと言っとかないと」

「話した気になってたよ。ごめんねともくん。――ということで改めて、三月にイギリス旅行してくるよ」

「旅行っていうか短期留学だよね。一か月近く行くんだし。夢がかなってよかったねぇ」


 一か月も紗由奈がいないのか。


 呼吸は思い出したけどまだ言葉が出てこない僕に代わって松本があれこれ質問しだした。


「一か月も行くの? 旅行で?」

「うん。正式な留学じゃないから旅行扱いだね」

「夢って? そういえば旅行したいからバイトしてるって言ってたけど、イギリス行って何がしたいの?」

「あー、松本くんには話してなかったけどね」


 紗由奈がいたずらっぽい笑顔で小声になった。


「わたし、諜報員にあこがれててね。アメリカのCIAもいいけどイギリスのMI5の方が好きだから、イギリスに行きたくてねー。数日の旅行じゃなくて、イギリスの生活に触れてみたいんだ」


 彼女の答えに松本が「そうだったんだ!」って感心してる。そこでこっち見るのは、紗由奈のこういうとこを知ってたのか? って意味あいだよな。


「諜報員のことは知ってるよ。旅行の話は今聞いたところ」


 やっとそれだけ答えられた。


「諜報員にあこがれるとか、かっこよすぎでしょ赤城さん。もういっそそのまま諜報員になっちゃう?」

「あ、それいいねー」


 松本と紗由奈のやり取りに、水瀬さんは大笑いだ。

 普段の僕なら水瀬さんと一緒に笑ってるところだ。

 なっちゃうも何も、もう諜報員やってるよ、バイトだけど、って心の中でつっこみながら。


 けど今は笑えない。


 着実に夢をかなえてく紗由奈は、大学を卒業したら本当に諜報員になるんだろう。

 僕は、まだどこか判らないけれど一般の会社に就職するはず。


 紗由奈の話じゃ、諜報員って結構忙しい。

 トラストスタッフはMI5みたいな諜報専門じゃないから一般の派遣業務もある。それを隠れ蓑にして諜報活動をしているところだ。


 派遣業務をこなしつつ、諜報活動もやる。残業や休日の仕事もある。

 今までそのことをあまり深く考えなかったけど、会える時間は確実に減る。


 普通の社会人同士でもそうなるのに、長期で潜入活動してる時なんて連絡すら取れないんじゃないか?


 一か月近い旅行に行くことを聞いただけなのに、ここまでネガティブになってしまうのは、紗由奈と僕が分かれ道の分岐点に立っていることを感じてしまってるからかもしれない。


「なんだよ深刻な顔して。あぁ、一か月も会えないなんて寂しすぎるぅ、ってか」


 松本に背中をバシッとたたかれた。

 思わずむせた僕に、紗由奈は照れ笑いしている。

 可愛すぎだろその顔も。


 別れたくない。


 彼女とずっと一緒にいるには、僕はどうしたらいいのだろう。

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