70.一緒にいよう

 水瀬さんのことを好きだと松本が口にしたタイミングで水瀬さんがそばに来ていた。

 なんてタイミングなんだ。


 こういう形で気持ちを知られるのって、すっごい気まずいのは体験済みだ。

 僕の時は竹中が画策してんだけど経緯はどうあれ同じ状況だ。

 何とかフォローしてあげたいけど、いい言葉が思いつかない。


「えぇっと、ごめんね。お話に夢中そうだったから、そっと近づいて声かけてびっくりさせようと思ったんだけど」

「う、うん、すっごいびっくりした! 声かける前に驚かせるなんて水瀬さん、やるなぁ」


 松本がフレンドリーに答えてる。

 けど困惑してるのは少しぎこちない声と表情で判る。


「えっ、そう? あはは」


 そう返されると思ってなかったのか水瀬さんは素で驚いて、自然に笑った。

 すごいな松本、そのコミュ力。気まずい雰囲気が和らいだぞ。

 ここは僕もひとつ、協力しないと。


「水瀬さん、よかったら座ってよ。もうこうなったら水瀬さんの話も聞きたいな。……嫌ならいいんだけど」


 僕が椅子をすすめると、水瀬さんだけじゃなくて松本も驚いてる。

 そんなに予想外だったか?


 水瀬さんはちょっと迷ったそぶりを見せたけど「それじゃ、お邪魔します」って言ってちょこんと遠慮がちに腰かけた。


「いつかの逆だよね」


 あの時は混乱する僕をよそに松本が紗由奈達をこっちのテーブルに呼んだんだった。


「けど僕と違って松本は取り乱したりしてないのがすごいよ」


 フォローも入れておく。


「で、あの時の流れだと『水瀬さんの答えが重要じゃない?』ってなるわけだ」

「ちょ、おまっ、そう振るのかっ」


 松本がツッコミ入れてきた。


「あの時はそうだったじゃないか」

「わたし、サユちゃんに後であの時のこと謝っとこう。結構無茶なこと言っちゃってたんだなぁ」


 水瀬さんが真っ赤になってうつむいた。

 えっ、そうとっちゃうんだ? ちょっと茶化しつつ自然な感じで水瀬さんの気持ちが聞けると思ったんだけど。


「そんな、責めるつもりはなかったんだよ。えっと、その、こっちこそごめん」

「あははっ、いいよ、謝んないで。元々は自分の言葉だし。相手の気持ちを知ったら受け取った側がどう思ってるのかが大事になってくるって考えは、間違ってるとは思わないから」


 吹っ切れたみたいな水瀬さん。よかった、いつもの調子だ。


「わたしの松本さんへの気持ちは、今のところ友達としてすごく好きって感じ」


 すごく好き、は肯定的だけど友達としてって前置きされちゃったな。


「うん、ありがとう」

 松本も断り文句だと受け取ったみたいで微苦笑を浮かべてる。


「いきなり男女がどーのってのはできないけど、もっと気軽に付き合いたいかな。そんな感じでよかったら、一緒にいよう」


 ……えっ?

 水瀬さんを見て、松本を見た。

 松本も僕を見てる。

 今のって?

 二人で頭の上に?を散らせた。


「もう、わたしが告白してんのになんで男同士で見つめあうかな。カップルかぃ」

「あえりえねー!」


 僕達はそろって即答した。

 水瀬さんが噴き出して、笑い始めた。

 僕らの笑い声が、食堂の一角をにぎやかにした。




「って感じで、松本と水瀬さんは軽いお付き合いから、ってことになったよ」

「うっそー! その場にいたかったー!」


 紗由奈に報告すると笑いながら悔しがってる。


「水瀬さんがその場で返事したのは意外だったなぁ」

「そうだねぇ。返事するにしても今はお付き合いとか考えられない、って方かと思った」


 紗由奈もそう感じるんだ。


「何が勝因だったんだろうな」

「一つ考えられるのは、松本くんのツッコミの早さじゃないかな」


 水瀬さんはお兄さんのような頭のいい人が好きだ。お兄さんは水瀬さんがボケた時に即座にツッコミを入れているらしいことから。頭のいい人イコール即ツッコミのできる人、みたいな感覚があるんじゃないかな、と紗由奈は推理している。


「理想の一部にかなりマッチしてるから、って感じか。よかったなぁ松本、大阪人の血の濃さが好きな子ゲットにつながって」


 紗由奈も安心した顔でこくこくとうなずいてる。


 これから四人で会う時も多分そんなに雰囲気自体は変わらないだろうけど、相手も付き合ってるんだって思うと変な遠慮とか取れて、少しだけ違った気持ちで楽しめそうだ。



(親友の恋 了)

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