46.うっ、後ろ

 松本が水瀬さんのことを好きだと自覚した。

 一体どんな話をしたのか。


 まず、紗由奈が言ってた僕のバイト先での話になった。


「おまえのこと、じっと見てる女の子がいるって心配してたぞ」

「あ、その話は聞いたよ。勘違いじゃないかってことで落ち着いたから大丈夫」


 作戦のために心配かけっぱなしにするのはよくないからここで断言しておく。


「おまえら仲いいよなぁ。おまえが赤城さんに惚れてるって言ってた頃は一方通行その物っぽい感じだったのに」


 それから、水瀬さんが言ってた「サユちゃんがそこまで新庄さんのことを好きになるなんて思わなかったよ」って話になった。

 水瀬さんが見る紗由奈はもっと行動的な男性が好みだった、と言ってたそうだ。自分をぐいぐいと引っ張ってくれるような人がいいと聞いたことがあったとか。


 そう聞いて思い浮かべたのは「トラストスタッフ」の黒崎社長だった。

 さすがにあの人が紗由奈のタイプだったとしても彼女は妻子持ちに手を出すような人じゃない。

 よかった黒崎さんが結婚してて。ありがとう黒崎さんの奥さん。


「話の流れでみんなの好みの異性の話になったんだ」


 おっ、核心に迫ってきたぞ。


「水瀬さんは、お兄さんみたいに優しくて頭がよくてかっこいい人がいい、って即答だった」


 水瀬家の事情でお兄さんは高卒で働いているらしいが、例えば勉強で水瀬さんが判らないところがあると質問すれば即、答えにつながるヒントを提示してくれるような感じらしい。


「それはすごいな。ハードル高い」

「あと、会話が楽しいんだってさ。わざとボケてもマジボケしても、すぐにツッコミが飛んでくるって」

「それは松本も負けてないと思うぞ」


 励ましというよりは本音を言うと、松本はちょっとテレが入ったみたいに笑った。


 その話の辺りで紗由奈も家の都合で帰らないといけないくなった、と退室したみたいだ。


「で、水瀬さんに聞かれたんだよ」

「松本さんの好みの女性は? って?」

「そう。実は俺、自分のそういうのあんまり考えてなかったっていうか、今まで好きな人とか特にいなかったんだよな。ふと出てきたのが、二人でいて自然に話せて笑いあえる人かな、なんてちょっとキザっぽいってかハズいってか、そんなふうに答えてて」


 松本に今まで好きな人がいなかったってのは意外だ。こいつコミュ力あるし、女の人とも気兼ねなく話す感じなのに。


「水瀬さんは、そういうの素敵だよね、ってにっこり笑ってくれて。俺、その瞬間、あ、水瀬さんのこと、好きだなぁって」


 ほうほう、それはそれは――。


 うわあぁっ!


 悲鳴を上げそうになるのを、口を押えることでなんとか抑える。


「なんだよオーバーなリアクションだな」

「う、後ろっ……」


 僕の視線を追って、松本は悲鳴を声に出した。


 いつの間にか、テーブルのそばに水瀬さんが困惑顔で立っていた。

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