42.わざとだ、絶対
僕がアパートに帰ってから四十分ほどして紗由奈が来た。
いいタイミングでお鍋の準備ができたから二人でつつきながら、紗由奈がカラオケボックスでの様子を話す。
僕がバイトだと言って抜けてから、紗由奈は選曲するのをやめて考えるふりをしていた。当然、どうしたのって聞かれるから「この前、ともくんのバイト先に行ったら、お客さんの中でともくんをじっと見てる女の子がいた」と“心配事”を打ち明けた。
前のハニトラ事件があったから過敏になってるんじゃないかと松本は返してきた。
「サユちゃんがそこまで新庄さんのことを好きになるなんて思わなかったよ」
神奈ちゃんがそう言ったのをきっかけに「好みの異性」の話に持って行くことができた。
紗由奈はそれからしばらくして、家の用事で帰ることになった、とカラオケボックスを出てきたそうだ。
「あれからも話が盛り上がってるといいなぁ」
紗由奈がうっとりしてる。
いい感じの雰囲気だったんだろう。
好みの異性についての詳しいことは、今は聞かないでおく。
もしも松本から話された時に「初めて聞いた顔」で聞くことが出来なさそうだから。
数日してその手の話が出てこなかったら、改めて紗由奈から聞こうと思う。
「こんな感じかなー。さぁて、わたしも食べるぞー」
一生懸命話をしてくれていた紗由奈が鍋から肉と野菜をがばっと取っていった。
「全然話変わるけど、闇鍋って一度やってみたいんだよねー」
「よほどの常識人の集まりじゃないと大変なことになるって聞くけど」
自分達四人の中で、一番とんでもないものを入れそうなのは誰か、何を入れてくるか、なんて話をしながら、美味しい鍋を食べた。
あの二人が付き合い出したら、四人で闇鍋やってみる?
次の日、講義が終わった後に松本に呼び止められた。
「ちょっとツラ貸せぇ」
わざと怒ってるような顔と声だ。
こりゃ、昨日の作戦の意図がバレたな。
人のまばらな食堂で松本と向い合せに座る。
「おまえら、昨日のあれ、わざとだろ」
「昨日のあれって?」
「二人して先にカラオケ出てったのだ。言われなくても判ってんだろ?」
「いや? 判らないぞ。紗由奈も途中で帰ったんだ?」
「ほぉう? 俺らあの後おまえのバイト先に行ったけどおまえいなかったよな」
マジか?
でももしも二人がバイト先に来たら、とかあれこれ考えて、いろんなパターンの答えを決めてあった。
想像力豊かなのはこういう時に得だ。
「昨日臨時で呼ばれたのは食洗器が壊れたからで、僕ずっと中にいたんだ」
答えを決めてあっても、前までの僕ならキョドってなにも言い返せなかった。こんな嘘がさらっと出るのは、もしかして紗由奈の影響か? なんて責任をカノジョに一部転嫁してしまう。
「そうだったのか。実は行ってないんだ。ごめん」
「カマかけかっ」
「すまん。おまえだけだったら疑わなかったけど赤城さんまで帰っちゃったから」
いや、こっちこそごめん、と心の中だけで土下座の勢いだ。
友達に嘘つくって苦しいな。やっぱこれからこんなことはしないでおこう。
「絶対わざとだなって思ってた。けど、どっちにしてもありがたかった」
「なんで?」
「あの後、水瀬さんといろんな話して、俺、ああいう子が好きなんだろうなぁって自覚したから」
おおぉっ、それはっ。『偶然という名の必然! くっつきそうな二人をカラオケボックスに二人っきりにしてみた』作戦の第一段階成功ってところだな。
しかしやっぱ長い作戦名だな。
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