34.切れちゃった

 とにかく布団をあげて、テーブルの用意をして、なんか飲み物とか用意した方がいいのかなと考えて、別に歓待したい状況じゃないな、とか思った時。


 チャイムが鳴った。


 いつも紗由奈が来てくれる時は嬉しくて嬉しくて仕方ないのに、今夜はこれでお別れになるかもしれないんだな。


 寂しいと思いながらも、浮気かハニトラするような女性ひととはやっぱり付き合えないと決意を新たにする。


 ドアを開けると紗由奈と、その後ろに男がいた。


 男を改めて近くで見る。

 年齢はやっぱり三十代後半ぐらいに思える。身長は一七五センチぐらいかな。でかく感じるのはガタイがいいからだろう。


 二人に部屋に入ってもらった。テーブルの縦と横、斜めの位置関係で二人は座った。

 僕はどうしようか少し考えて、紗由奈の斜め前、男の真正面に座った。


「ごめんねこんな遅い時間に」


 紗由奈がちょこんと頭を下げる。

 そんなことはいいんだ。


「きちんと話をって言ってたよね。その人とラブホ行ってたこと?」


 向かい側に仏頂面で座ってる男を見やって言う。

 なんでこの男、こんな不機嫌そうなんだ? 俺は悪くないのになんでここに、みたいな態度、腹立つ。人のカノジョに手を出しといて。


「それじゃ、まずともくんがどうしてそのことを知ってるのか、聞かせてほしい。それに対して言わなきゃいけないことを応えるから」


 情報の入手ルートを明かせってことか。今回は「さすが諜報員」とは考えたくない。


「竹中がバイト先に来て、紗由奈が浮気してるって写真を見せてきたんだ」


 僕は竹中に渡されたあの写真をテーブルの上に出した。

 紗由奈も驚いてたけど、向かいの男が眉を吊り上げたのにはちょっとびっくりした。写真を睨みつけてるおっさん、かなり怖い顔だ。


 彼女が写真を手に取って裏返す。撮影日時と場所が書かれるの見て紗由奈がため息をついた。


「あのひと、またこんなことして……」


 若干の怒りを含んだ声に、僕はイラついた。


「それが嘘だっていうのか? 本当だったじゃないか。僕がどんな気持ちでそれを受け取って、どんな気持ちで確かめに行ったか判るか?」


 自分でも思ってた以上に声が荒くなった。

 紗由奈が息を呑んだ。


「どうせまた竹中の嘘だろう、そう信じたかった。けど確かめないわけにもいかなくて。でも怖くて……」


 涙があふれてきた。


「捜査だって言って、男とホテルに入って……、僕をだましてなんとも思わないのか?」

「捜査だ」


 怒鳴り声に近い声を冷やすような声がかかって、息をひゅっと飲んだ。

 男が苛立たし気にもう一度「それは捜査だ」と短く吐いた。


「赤城君、説明してあげろ」

「はい」

 何この人。すごい偉そう。

「あのねともくん、わたし達が調べてたの、そのホテルが部屋に盗聴器を仕掛けてるんじゃないかってことだったの」


 ……はい?


 涙も引っ込んで口をあんぐりと開けて聞くことしかできない僕に、紗由奈が丁寧に説明してくれた。


 ホテルが部屋に盗聴器を仕掛けて、曰くありの客に対する脅しに使っているという情報が入ったので、その男の人と紗由奈で「内偵」に行ったそうだ。


 当然、証拠となる盗聴器を捜すのだからホテルの部屋に入室しなければならなかった、と紗由奈が締めくくった。


「ったく、これだからアルバイトの子とは行きたくなかったんだよ。浮気と疑われてることにも気づかないなんて諜報員失格だぞ」


 男は大きなため息をついた。


「お言葉を返すようですが、社長だって盗撮されてたのに気づいてませんでしたよね」


 テーブルの写真を指差す紗由奈の反論に、男は気まずそうにふぃっと顔をそらした。


 ……社長?


「この方、わたしがバイトしてる『トラストスタッフ』の社長さんなの」

黒崎くろさき章彦あきひこだ」


 男、黒崎って名乗ったその人は名刺を出してきた。



「(株)トラストスタッフ 代表取締役社長 黒崎章彦」



 マ、マジだった!?

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