48.沸き起こる感情の、その名前
紗由奈が男とホテルに入ってって何十分も出てこなかった。
これは完全にクロだ。
心が死にそう、ってか死んでるんだろう。
自分がどう感じてるのかもよく判ってない。
布団の上でごろごろと身もだえながら、どうすればいいのか、どうしたいのか考えるけれど、全然まったく判らない。
紗由奈が好きだ。けどこのまま付き合っていいのか?
何もなかったふりなんてできないし隠し事なんてできない。
なら別れを切り出す? どうやって?
男とホテルに行っただろう。別れよう。
シンプルに頭に浮かんだ文章をメッセージに打ち込む。
けれど送信はタップできなかった。
なんで捜査なんて嘘ついたの?
本当に捜査なのか? 何の捜査でラブホ?
ふと、山下さんのことを思い出した。
一般人でも目的のために必死にハニトラしてくるんだ。諜報員なら平然とやるとも考えられる。
紗由奈、バイトだけどさ。
もしハニトラしてるとして、僕はそれを許せるのか?
情報を得るために寝るって、体を売って情報を買い取ってるのと同じだな。
自分のカノジョが売春と同じ行動してると考えると吐き気がする。
やっぱ許せない。
どす黒い何かに胸が埋め尽くされてくみたいだ。
湧き上がってくるこれが、嫉妬か。
あと、絶望かな。
紗由奈はそういうことしないって勝手に信じてて、勝手に裏切られた。
こうやって冷静に考えられるんだ自分。
いや、多分無理やり冷静になってるだけ。
紗由奈と直接会ったらきっと、感情を抑えられないと思う。
僕、すごく紗由奈が好きなんだ。だからこそ許せないんだ。
紗由奈が僕との付き合いよりバイトのために体を張るっていうなら、こんな苦しい思いをこれからもするぐらいなら、やっぱり別れた方がいいんだろうな。
スマフォの画面を見る。
自分でうった文章がある。
これを送信するだけ。
震える指をアイコンに近づける。
――チャン、チャン、チャンチャン、チャン、チャン、チャンチャン♪
「うわぁっ!」
唐突に手の上から鳴り響く軽快な着信音に僕はスマフォを放り出してひっくり返った。
紗由奈からだ。彼女が好きなスパイ映画のテーマ曲が鳴り続けるスマフォは布団の上で震えてる。
これは、直接別れを言わないといけない流れか?
「もしもし」
『ともくん、今電話大丈夫?』
後ろの物音がかすかに聞こえる。車の中みたいだ。
あの男の車か?
かっと頭の中が熱くなる。
悔しい。あんな年上のおじさんに負けたんだ僕は。
今度ははっきりと憎しみがわいてくるのを感じる。紗由奈にというより、今隣にいる男に。
馬鹿だな、僕は、まだこんな状況でも紗由奈じゃなくて男が悪いとか思ってる。
「うん。ちょうど、紗由奈に連絡とろうと思ってたんだ」
本当は文字でだけど。
「紗由奈、今隣にいるの、男だろ」
『えっ、ちょっ、……うん、そうだけど』
意外にあっさり認めた。
別れよう。
そう言いかけた僕を止めるみたいに紗由奈が強い口調で言った。
『話をきちんとさせて』
「そうだね、こういうのはきっちりした方がいい」
『うん。今そっち向かってるから』
……え。
あの男も交えてってこと?
予想外のことにビビったけど、ここで断ったらダメなんだろう。
了承の返事をして、電話を切った。
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