68.損な役回り

「わたし、ずっと智也くんが好きだったの。ぱっと出てきて横取りするような真似しないで」

「あなた達が付き合ってたって言うならその理屈は通るかもしれないけど、そもそも今ともくんが好きなのはわたしなんだって彼も言ってたよね」


 最初はそんなやりとりをしていたみたいだ。

 けれど山下さんは全然ひこうとしなかった。


 ……って、こんな話をカノジョ本人から聞かされるって、すっごい恥ずかしいんですけど。


 話してる紗由奈の方は、芝居がかっちゃって、多分その時の話し合いの口調を誇張してるんだろうなぁ。

 もしかしてオーバーに話すことで照れを隠してるのかもしれないと勘ぐってしまう。


 とにかくムズムズするような恥ずかしさが超えると、今度はどす黒い内容になってきた。


「仕方ないなぁ。こんなこと言いたくなかったけど。あなた、ネットに結構ヤバい書き込みしてるよね。身元についてはあいまいな表現もしてるし身バレしてないつもりだろうけど、バレバレだから」


 紗由奈は事前に調べた山下さんのSNSアカウントを彼女に見せて、どこでどう特定したのかを説明した。


 それ、詳しく聞いてみたい気もするけどやめておこう。

 たった半日でそんな資料まで用意するなんてさすがエージェントだな。


「“彼、大学で彼女なんか作ってた。こうなったら既成事実作って逃げられないようにしてやる。酔ったふりして部屋に連れ込んだら彼だってやってくれるはず”ってすごい大胆なことまで書いちゃって」


 ゆうべのアレはあからさま過ぎて変な笑いが漏れてきたけど、もしももっと自然な態度だったら? もうちょっと好意を寄せていた人だったら?

 確かにその方法が通じるパターンもあるかもな。


「だからぴしゃっと言ってやったよ。そんな方法使わなくても正面からなら受けて立つって。ただしともくんの気持ちをないがしろにするような作戦練ってきたら、今回のことも含めてあなたの周りに拡散するからね、ってね」


 ふふん、と言い出しそうなドヤ顔だ。

 すごい頼もしいし、作ったその顔もかわいい。


「それで、納得してくれたんだ?」

「ネットで大きなこと言ってる人って、リアルでばらされたくない人が多いんだよね」


 だから大丈夫ってことか。それってほぼ脅しだよね。

 でもそんな手を使わせたのは僕のふがいなさだ。紗由奈にそんなことをさせるぐらいなら、突き飛ばして逃げ出すぐらいしてもよかったのに。


「ごめん」

「まぁた責任感じてる」

「僕の代わりに憎まれるような、損な役回りをさせてしまったから」

「口下手で照れ屋のともくんが、あの人相手にきっぱり断ってくれたの、すごい嬉しいんだよ。だからわたしもそれに応えないとって思っただけだから」


 なんでこの人はこう、僕を悦ばせることばかり言ってくれるんだろう。


「だったら、ありがとう。……大好きだよ」


 紗由奈はぼっと赤くなる。

 クールなエージェントが僕だけに見せる顔、って思っていいよね。


 でもこれ嫌じゃないけど自分もめっちゃハズい。

 僕達は赤面しながら紅茶をすすって恥ずかしさをごまかした。

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