59.鈍色の鍵
とりあえず山下さんを部屋に連れて入った。
ベッドとサイドテーブル、壁に据え付けの鏡台がある。一人用のビジネスホテルにしては広いのかな?
ベッドに座らせる。
「それじゃ僕行くから。気を付けて帰ってね」
立ち上がった僕の手を捕まれた。
「……ねぇ、ここにいて、お願い」
やっぱ、そうくるよなぁ。
「無理。昨日も言ったけどカノジョいるから。誤解されるようなことはしない」
山下さんは苦しそうに顔をしかめた。僕の手を握る手に力がこもる。
彼女は立ち上がって僕を見上げる。力強さとうらはらの、色っぽい目で。
そしてその後ろで、今、なにか動いた?
「……あっ」
思わず声が漏れた。
と同時に山下さんの体から力が抜けて床に崩れてく。
彼女を支えたのは、紗由奈だった。
「いつの間に……」
「今の間に。ごめんね遅くなって。ちょっと受付で捕まっちゃって」
山下さんをベッドに横たえさせながら紗由奈が言う。
彼女は僕達がホテルに入ったすぐ後にしれっと受付の前を横切ったみたい。で、受付の男の人に「本日ご宿泊の予約はなさってますか」って呼び止められたんだって。
すごいな受付、しっかり仕事してる。でもそれ以上に気になるのは。
「どうやって入ったの?」
ホテルの部屋のドアはオートロックで、鍵は部屋の中だってのに。
「そこはほら、エージェントの本領発揮」
紗由奈が手にカードを持ってくるくると回した。表の白色と裏側の濃い灰色が目まぐるしく入れ替わる。
あれはカードキーだな。それもマスターキーだろう。
それこそどうやって、と思ったけど、そこまでつっこんで聞いてもきっと答えてくれないだろう。
「山下さんは、眠ってるのか?」
「どっちかっていうと気絶かな。こう、ていっ、と」
手刀を打つ真似をする。
武力をもって黙らせた、ってか。
あんまりほめられた方法じゃないけど、本音を言えばすごく助かった。
あのままだと僕はしっかり振り切れた自信はない。
もちろん気持ちとしては紗由奈を裏切るなてありえない。でもすがってくる山下さんを無碍に放り出して、それこそ少々突き飛ばすぐらいのことができたかどうか……。
「さて、これからだけど。わたしがここに残るから新庄くんは帰っていいよ」
何する気?
「こういう話は女同士できっちり決着つけた方がいいと思うんだ。新庄くんが頑張ってくれたから、わたしもカノジョとして頑張る」
ああぁ、なんてかわいいことを言う人なんだっ。
思わず抱きしめたくなる。
もちろん欲望だけで形にはできないけど。
「僕はあんまり頑張ってないような……」
「そんなことないよ。しっかり断ってくれたでしょ。ちょっと惚れ直したぞ」
うおぉぉ、すっげぇ嬉しい。最後は照れ隠しなのか冗談めかしてたけど。
駄目だ、これ以上一緒にいると悶え死ぬ。
「それじゃ任せるよ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
冷静を装って部屋の外に出て、ニヤけながら地団駄踏んでたら隣の部屋からいきなり人が出てきて、変な目で見られてしまった……。
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