79.酔っているだけ
夜七時に大阪の繁華街で山下さんと待ち合わせた。飲むのは彼女が泊ってるビジネスホテルの近くの店にした。その方が時間を気にせずのんびりできるから、とは山下さんの提案だ。
紗由奈に尾行されてるんだと気になったのは最初だけだった。カノジョの視線をまったく感じなかったからだろう。尾行の練習とか言ってたけどすごいうまいじゃないか。
結構賑やかな居酒屋の奥に通されて、大学に入ってからのお互いのあれこれを話した。
普通の話をしてると、普通の
とても園児の口約束を真に受けてたとは思えない。
あと、僕に対するアプローチもまったくない。
強めのお酒に軽く酔ってるだけの、そこらにいる大学生で幼馴染だ。
警戒しすぎたかな? 何せ昨日の登場がインパクト強すぎたから。
十時近くになって、いいかんじに出来上がった山下さんをタクシーでホテルに送り届けた。
「ちょっと、思ったより酔っちゃったみたい。頭ぼんやりする」
車内に時々差し込んでくる街の明かりに照らされた真っ赤な顔。
「ほんとごめんだけど、ホテルの部屋まで連れてってくれない?」
この流れ、ちょっとまずくないか?
「なんか今、変な想像したでしょー。智也くんのエッチー」
愉快そうに笑う山下さんに返す言葉がない。
「冗談よ。ごめんね、部屋の前でいいから」
「判ったよ」
紗由奈がついてきてくれるはずだから、部屋の前で何かしてきても、きっと大丈夫。
こういう時、カノジョがエージェントってちょっと得かも。
ビジホの受付で、泊り客が酔ってるから連れて帰ってきたって言うとあっさりと行っていいって言ってくれた。珍しくないのかな。
泊まる部屋が判ってるから僕が出てこなかったら呼びに来るつもりなのかもしれないな。
エレベーターで三階に上がって、山下さんが泊ってる部屋を探す。
「ここだね」
「ありがとう」
山下さんは、とろんとした顔をして僕を見つめてくる。
やっぱりこれって想像した通りのハニートラップな流れじゃないのか?
「ごめん、酔いが回っちゃったみたいで……。鍵、開けてくれる?」
彼女がルームキーを僕に差し出したまましゃがみこんだ。
あまりにもベタで笑ってしまいそうになる。
でも本当にただ酔ってるだけなのかもしれないし。
とりあえず鍵は開けよう。
「開けたよ。早く休んでね」
ドアを開けたまま、まだしゃがんでる山下さんを見る。
「あぁ、なんか、ふわふわする。一人じゃ……、立てないかも」
……やっぱり、そうなるか。
僕はエレベーターの方を見た。
そこには紗由奈がいるはず――、ってあれ? いない。
今まで冷静でいられたのは紗由奈が文字通り後ろについていてくれると思ってたから。
まさか、視線を全く感じなかったのって、ついてこれてなかったとか?
頭の中が真っ白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます