67.その可能性

 紗由奈の予想通り、山下さんは次の日もやってきた。

 ちょうど紗由奈とランチしてる時に学食に姿を見せた。

 まさかここで女同士の修羅場かってビクビクしてたけど、山下さんは落ち着いた笑顔だった。


「智也くん、昨日はごめんね」


 彼女の第一声は謝罪だった。

 よかったー、「その女が智也くんを取ったのね!」とか言い出さなくて。


「ううん、こっちこそ、子供の頃に軽率な約束してごめん」


 そんなの信じてるなんて、って、今でも思ってるけどそれは言わないお約束だ。


「それで、そっちがカノジョさん?」


 山下さんは表情を変えることなく紗由奈に目を向けた。

 穏やかな雰囲気が続きそうでよかったよ。


「はじめまして、赤城紗由奈です」

「山下真美です。かわいい女性ひとだね。そりゃわたし負けるわ」


 山下さんは冗談っぽく両手を顔の横に挙げた。

 彼女は紗由奈の隣に座って、しばらくいろんな話をしてた。

 主に僕のあれこれなんだけど、本人を前に過去の失敗談とか言わないでくれ……。


 紗由奈は、ともくんの昔の話が聞けて嬉しいって喜んでる。

 まぁ、それなら、いいか。カノジョが笑ってるのが僕も嬉しい。


「わたし、明日地元に帰るんだ。それでね――」


 山下さんが僕をじっと見た。


「今夜、飲まない? こんなチャンスもうないと思うから。いいかな?」


 最後の確認の言葉は紗由奈にも向けられてる。

 思わず紗由奈を見る。


「いいんじゃない? 久しぶりに会ったんだからいろいろ話したいことあるでしょ」

「わぁ、心が広い彼女さん! ありがとう!」


 浮気とか絶対ないって信用されてるってことだよね。そう思うと嬉しいけれど、少しはやきもちとか焼いてくれてもいいんだよ……。ちょっと寂しいかも。


 山下さんと待ち合わせるために連絡先を交換して、彼女は学食を後にした。


「気乗りしない?」


 紗由奈が尋ねてくる。面白がってるな?


「ちょっとね。昨日の今日で態度変わりすぎだろ? さすがに鈍い僕でもそれぐらいの警戒はするよ」

「何か仕掛けてくるかもしれない、か。わたしもその可能性は考えてるんだよねー」


 えっ? それで二人で飲みに行っていいって言ったのか?


「仕掛けてきたら、逆にチャンスだよ。ともくんはあなたにはなびかないってきちんと判らせてあげれるから。彼女はこっちに知り合いとかいないからともくんに直接くるだろうし、それなら対処のしようがある」


 おぉっ、強気だ。


「――なびかないよね?」


 小首をかしげる紗由奈。

 おいおいかわいすぎだろ僕のカノジョはっ。

 思わずニヤけてしまう。


「なびくなんてありえないよ。それで、僕はどうすればいい?」

「山下さんと飲む場所が決まったら教えて。それだけでいいよ」


 それだけ?

 ……はっ、まさかっ?


「あ、判っちゃった? 尾行の練習しようかな、って」


 てへっと笑うカノジョは、やっぱエージェントだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る