78.古い約束
図書館で再会した幼馴染の女の子。
地元の大学に進学したはずの彼女がなぜ今ここにいるのか。
「約束のこと、覚えてる?」
はい、来ました。お約束です。
まさか本当にこのパターンだとは。
『おおきくなったら、けっこんしようね』
山下さん――当時は「マミちゃん」って呼んでたっけ――が幼稚園の年長組の時に言い出した。
結婚ってものをよく知らなかった、単に「仲良し」と一緒に住むんだって思ってた僕は、いいよって軽くうなずいたっけ。
ま、今でも結婚とは何かって聞かれたら難しいテーマではあるんだけど。
本人を見るまで忘れてた、ってかよく思い出せたなってぐらいの、よくある幼い子供の口約束だったはず。
まさか山下さん、それを真に受けたまま大人になったのか? だとするとちょっとイタい。
しかし困った。この場合どう応えるのがベストなんだろう。
すっかり忘れてしまったと言うとまた大声出されかねないし、覚えてると言ったらその気なのかと誤解されかねない。
うおぉ、僕、詰んでる?
「ちょっと外に出ようか」
結局すぐに決められたのは、図書館では話せないということだけだった。
キャンパス内のベンチに移動して、さてどうしよう。
「それで、約束のことだけど。ぼくが山下さんと子供の頃にした約束って、結婚しようって話だったって思い出したけど……、あってる?」
あぁ、回りくどく確認してる自分が情けない。こういう時、話し上手な人は、さらっとうまく断れたりするんだろうな。紗由奈とか上手にかわしそう。
そうだ、彼女に変な誤解されないためにも、また変なウワサが立たないようにするためにも、何とかしないと。
決意を固める僕の隣で山下さんはすごく嬉しそうな顔をしてる。
「よかった覚えててくれて!」
これは、うん、本気でイタい人になっちゃってる。
「智也くんこっちの大学に来ちゃったから、いつ連絡してくれるんだろう、いつ結婚の話を具体的にしてくれるんだろうって待ってたのに……。だから来ちゃった。よかったすぐに会えて。これも運命よね」
山下さんの目がうるうるし始めた。
ヤバい! よかった図書館で話し続けてなくて。
「本当はこういうのって男の人から言ってほしかったんだけど、そういえば智也くんってあんまり自分から話さないタイプだったし、だからここはわたしの方から積極的にならなきゃって思いなおしたの」
特別に付き合ってもないのに子供の頃の口約束を十年以上本気で信じてる人がいるなんて思わなかった。
だから、しっかりはっきり言わなきゃいけない。
「あのね、山下さん。僕は君と結婚する気はないんだ。ごめんね。さっき山下さんに会うまで忘れてたぐらいだし……、今、付き合ってる人もいるから」
僕の言葉に、山下さんは固まった。大きく見開いた目が涙をためるまで、そんなに時間はかからなかった。
「そんな、うそ、どうして……」
だからなんで結婚できるって信じてたのかな。その自信はどこから湧いてくるんだ。
ここで大声だされたり泣かれたりしたら困るな。もっと人の目のないところにするべきだったかって後悔したけど、意外にも山下さんはよろりと立ち上がって、フラフラ歩いて行ってしまった。
ショックだったのかもしれないけど、理解してくれたのかな。
そうだといいんだけど。
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