10.名前を呼んで
赤城さんとお付き合いすることになったと松本にはその日のうちにメッセージしておいた。
『これで俺の周りのカップル成立十組目だな』
そういえばそんなこと言ってたっけ。
で、その半数がすでに別れてる、と。
縁起でもないことを思い出してしまって頭を振った。
『松本にもいろいろ協力してもらったおかげだな。ありがとう』
面と向かって言うのはちょっとハズいけど、こういう時、文字のやり取りはいい。変に感情が乗らなくて却ってさらっと言える。
『よーし、そう思うなら今度昼飯おごれよな』
『月末まで待ってくれ』
『切実な経済事情だな(笑)』
そんなやり取りをしていても、考えるのは赤城さんのことだ。
そうだ、カノジョになったんだから、赤城さんっていうのも変かな。
でもいきなり呼び方替えたら「何コイツ。偉そうな彼氏ヅラか」とか引かれてもいやだな。
ここは赤城さんの様子を見てからだな。
「おまえらさー、付き合ってるんだろ? いつまで苗字呼びなんだよ」
学食でいつもの四人――赤城さんと水瀬さんと松本と僕は同じテーブルを囲んでご飯を食べている。
あれから一か月経ったけど僕も赤城さんもお互いに苗字呼びだ。
だってきっかけがないんだよ。
赤城さんも「新庄くん」っていうものだから、僕だけ替えるのも変だし。
「え、新庄くんがずっと赤城さんって言うから」
「え、僕は赤城さんが呼び方について何も言ってこないから、そのままがいいんじゃないかって」
「おまえら考え方似すぎだろ」
松本のツッコミに水瀬さんが「ほんとほんと」ってケラケラ笑ってる。
えーっと、ここはやっぱりこの流れに乗っかるべき?
「赤城さんは、何て呼ばれたいとか、ある?」
「んー、さすがに『赤城さん』はちょっと寂しいっていうか。呼び捨てでなくてもいいけど名前の方がいいかな」
名前か。
サユちゃん、ってこれはもう水瀬さんが呼んでるな。同じでもいいんだけど、もうちょっとこう、オリジナル感がほしい。
サユっち、サユぽん、さっちゃん、さゆなんとか?
「おっ、いろいろ考えてる顔だ」
「茶化すなっ」
まだ何かからかってくる松本は無視して呼び名を考える。
赤城さんが興味津々に僕の顔を見てる。ハードル上げないでー。
もうここはシンプルに紗由奈でいいか。
「紗由奈と呼ばせていただいてよろしいでしょうか」
「なんでそこで敬語。ふふっ、いいよ。家族以外で呼び捨ては初めて」
赤城さん、いや、紗由奈は嬉しそう。
なんだ、もっと早く言ってよかったんだ。
「わたしはね、ともくんって呼びたいな。いい?」
紗由奈は考えてたんだな。
ともくん、か。名前が
「うん。……なんか照れるな」
顔を見合わせて、笑顔になる。
「おーい、二人の世界に浸るなよー」
松本につっこまれて、はっとなる。
紗由奈の顔が赤くなる。きっと僕も。
「おまえらほんと似てるわ」
「ねー、わたしは『しんちゃん』って呼んでいい?」
水瀬さんっ、まだそれ言うかっ。
「じゃ俺もー」
「おまえまで乗っかるな松本!」
「俺のこともまーくんって呼んでいいから」
「呼ばないし」
あはははー、と笑い声が僕らグループを包んだ。
紗由奈と付き合えるのも嬉しいけど、こういうのも楽しいよね。
(彼女がカノジョになるまで 了)
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