18.それしかいえない

 そしてなんだか当然のように昨夜の喫茶店にやってきた。


「さっきはありがとうね。ここはわたしがおごるから」


 ワイルドスタイルに変装した赤城さんが親指を立てる。かっこいい。さっきまでバカップル女を演じていたとは思えない。これも演技なんだろうか。


 いろんな顔ができるんだなぁ。こうやって見てるとどれが本当の赤城さんなのか判らくなってくる。

 でも、どれも違っててどれもいいんだよな。


 すごい勢いで赤城さんのこと好きになってる。


 なんだっけ、危ない橋を一緒に渡るとドキドキして好きになるって、あれ。ん? 違ったっけ? まぁなんでもいいや。


 赤城さんはどうなんだろう。気持ちが盛り上がってんのは僕だけなんだろうか。


 目の前の彼女を見ると、なんだか笑顔が輝いていて、僕を見る目に力がこもってる感じがする。

 もしかして、ひょっとして……。


「それにしても、やるじゃない新庄くん。とっさにあわせられるなんて」


 あぁ、はい、そういう意味のまなざしね。そうそううまい話はないか。


「あ――、そっちがうまくリードしてくれたから」


 また苗字を呼びそうになって慌てて訂正したら、赤城さんはうんうんとうなずいた。


「それじゃまたね。判ってるだろうけどこのことはナイショ、だからね」


 珈琲を飲み終えて、赤城さんは伝票を持ってさっそうと席を立った。


 ナイショ、か。


 二人だけの秘密って、ちょっとなんかドキドキするな。




 次の日、大学に着くなり、ゼミの連中がニヤニヤしながら近づいてきた。


「見たぞ新庄ー。ついにカノジョできたんだってなぁ」


 はぃ?


「すっとぼけた顔してんなよ。昨夜、なんかイケイケな感じなひとと喫茶店で会ってただろ」


 あぁ、それか。


「カノジョじゃないよ、あれはあか――」


 うっ!?

 なんだこのビシビシと伝わってくる緊張感は。


 僕は緊張感の源であろう方を、恐る恐る見た。

 赤城さんが笑ってる。でも目が怖い!


 はい! 言いません! 言いませんからそのビームでも飛ばしそうな眼力で睨まないで!


「あか、――赤の他人だよ」


 それしかいえない。むしろそれが出てきた僕すごい。


「なんで赤の他人と茶ぁ飲んでんだよ」

「なんか、ストーカーっぽいのがつきまとってるから近くにいた僕に恋人の演技してって頼んできたんだ」


 まるっきりの嘘じゃないから、さらっと出てきた。


「へぇ」

「おまえにしちゃやるなぁ」

「で? 連絡先とか聞いたのか?」


 また赤城さんと目があった。やっぱ怖い!

 ぶんぶんと首を振った。


「なんだよ!」

「もったいないな!」

「だからカノジョできないんだよおまえは」


 ゼミ友どもが落胆の声をあげる。人の恋バナってそんなに楽しいもんか?


 でもひとつ判ったことがある。あの時間にあの喫茶店は、しばらくは危険だということだ。

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