03.間違えた

 次の日、大学で赤城さんに会ったけど、にっこり笑って会釈して、友達とさっさと行ってしまった。

 偶然にも赤城さんの秘密を知ってしまった僕だけど、それをきっかけに彼女と進展することはなかった。


 まぁ、考えてみればそりゃそうだ。だって秘密なんだもんな。前から親しかったならともかく、いきなり僕と赤城さんが仲良くなったらそれこそ怪しまれてつっつかれるだけだ。だから大学ではそっけなくて当然だ。

 かといって別に外で会ったって親しくできるわけでもなく。逆に身バレが怖い状況では親しくどころか話しかけることもダメなわけで。


 ちょーっと、いや、けーっこう期待してた僕としては、現実を突きつけられてかなりがっかりだ。

 あーあ、うまいこといかないもんだ。


 ん? でも待てよ?


 面白そうだからってエージェントの仕事なんかやっちゃう赤城さんと仲良くなっちゃったら、僕も危なくなるんじゃないか?


 そりゃ赤城さんは可愛いし頭いいし、仲良くなれたら楽しそうだけど……。

 今頃こんなこと考えてる僕も僕だけどさ。


 なんて考えながら、今夜もアルバイトを終えて駐輪場に行く。


 昨夜、ここで赤城さんが走って来て――、って、デジャ・ヴ!

 回想の赤城さんが、現実に目の前にいた。昨夜とは違う服装で、化粧も濃いけど、赤城さんだ。


「やっぱりいた! ね、わたしの彼氏になって!」


 ……えっ? 今、なんて?


「あ、間違った。彼氏のフリして」


 訂正の言葉は頭の端っこの方に入ってきた気がしたけど、僕はぼーっとなった。

 彼氏になって、なんて生まれて初めて言われた……。


「ちょっと、なにしてんのよ。ほら、バイク出して、一緒に仲良さそうに歩いてよ」


 はっと我に返ったら、なんと、赤城さんが赤城さんじゃなくなってる!

 服と靴が変わってるし、髪も茶髪になってる。


「インスタント変装よ」


 赤城さんがウィンクして、肩にかけている鞄を指差した。そこに変装道具が入っていたのか。


 いつもの赤城さんも可愛いけど、変装した彼女もなんかワイルドでいいなぁ。

 なんて思ってたら、バイクを押す僕の腕に、赤城さんが腕をからめてきた。

 うわ、うわわぁ。人生の初体験ばっかりだっ。


「おい、おまえら。こっちに女が走ってきただろ」


 あぁ、せっかくの気分を台無しにするダミ声だ。

 怖そうなしゃがれた声のおっさんに呼びとめられて、幸せ気分はすごい勢いですっとんでった。こりゃばれたら大変なことになりそうだ。


「こないわよぉ、ねぇ?」

「う、うん、あか――、ぎゃあ!」


 赤城さんに思い切り足を踏まれた。

 そっか、名前呼んじゃいけないんだった。


「あか?」


 おっさんが疑わしそうな顔で見てくる。やばっ!


「ごめんねぇ、しんちゃぁん。ちょっとでも近くにいたいからひっつきすぎちゃったぁ」


 てへっ、と赤城さんが舌を出す。


「ううん。君とちょっとでも触れ合うことができて、痛いけど幸せだよぉ」


 こうなったらバカップルの調子にあわせちゃえ。


「こら! てめぇら! 自分らの世界にひたってんじゃねぇ!」


 おっさんに怒鳴られた。


「あらぁ、まだいたのぉ? ここにはわたし達以外いないからぁ、さっさと行ったらぁ?」


 赤城さんが組んだ腕をぎゅうっと胸に押しつけて甘えるふりをしてきた。


 ……柔らかぁ……。


 ふり、なんだよ、判ってるよ、うん。

 でもこの時が永遠に続けばいいのに。いいよ、胸……。


 おっさんは、けっと舌打ちをして行ってしまった。


「ふぅ、助かったぁ。ありがとね、しんちゃん」


 ワイルドっぽく変装したのにバカ女っぽくなっちゃった赤城さんがウィンクした。


 あぁ、やっぱ、いい。ちょっとぐらい危なくても、いい。

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