010・後編-ライオン
「鈴人! いつまでも何やってるの! 遅いじゃない!」
「せ、青華!? いや、それより……あれっ?」
突然現れた青華に驚きつつも、先ほどまでの状況をどう説明したものかとたった今さっきまでメデスが居たところに目を向けたが居なくなっていた。
「居なくなってる……」
「何?虫でもいたの?」
「いや、さっきまでそこにゴスロリの変な奴が、力が、王権がどうこうって」
「はあ? 何言ってんのよ。中二病も大概にしなさいよね」
しかし、考えてみれば現れたときは急に現われたのだから、一瞬で居なくなることもできるのか。
まったく、とんだお騒がせゴスロリっ子だぜ。台風よりも始末が悪い。
「ホントだって、さっきまでゴスロリ服の黒髪ショートカットの女の子が居たんだって」
「……つまり、アンタはさっきまでカワイイゴスロリ服を着た黒髪ショートカットの女の子とお話ししてたから、いつまでも来なかった訳ね。そうなのよね?」
……エマージェンシー。エマージェンシー。
脳が警報を最音量で鳴らしている。
青華から大量の粒子と冷気が飛んでくる。
これは大変危険だ。このままでは足元を凍らされて、フルボッコだろう。
思わず体が震える。
痛いのは嫌だ。
直ぐに治ると言っても痛みはあるからな! 気絶しない分苦痛は大きい。
「いや、その、な? 別に忘れてた訳じゃないんだよ。ただ、ちょっと、あ! あれなんだ?!」
「ん?」
窓の方に指を指す。もちろん。その先には何もない。
だが、こういう手は案外相手が真面目な時や怒っている時の方が効果が高い。
それが、いつも自分中心な青華なら猶更。
「何もないじゃない」
「ああ、そうだな! それじゃ! あばよ! とっつぁーん!」
言うが早いか、青華が振り向いた時には既に走り出していた。
「な⁈ ちょっと待ちなさい!」
待てと言われて止まる奴は居ない。そんな奴は只の馬鹿だ。
後ろから感じる冷気で追って来ているのが解る。だって、ものすごい怒気を感じるもん。
ちなみにだが、ここまでで勘違いしている人も居るかもしれないが、青華は俺に好意を抱いている訳では無い。
友人としての好意は有れどその他は無い。
青華が怒っているのは単純に自分の事をすっぽかされたからなのだ。
「鈴人、止まりなさい! 止まらないと氷漬けよ!!!」
「氷たくないから走ってんだろうが!」
追いかけっこは続く。既に学校は出て広く長い道路の一本道だ。
後ろからはビュンビュン氷が飛び、青華の声も聞こえてくる。
一本道を抜ければ今度はT字路に出る。それを右に曲がり少し行った所で左折。商店街に入る。
夕方の今が一番混雑する時間帯だ。青華もこの人混みの中で氷を飛ばすなんてことはしないだろう。
しかし、いくら頭を使ったところで捕まるのは確定している。
なぜなら目的地が決まっているからだ。
この商店街の先にある喫茶店で筋太郎と韓と今日の打ち上げ的なものをやる約束をしている。もちろん、青華も一緒に。
そんな理由があって捕まるのは必至だが、少なくとも人の多い所で俺を氷漬けにするようなことは無いだろう。
だから別に闇雲に、考え無しで走っているわけではない。
カランカラン。
勢いよく店の扉を開く。
「はあ、はあ。助かった……」
「おお、鈴人。こっちだ」
喫茶店というよりかはバーのような内装。そのカウンター席の右奥の他より大きめのテーブル席に筋太郎達は居た。
「なんだ。また凍羽さんに追い駆けられていたのか。今度はどうした? 木綿のハンカチでもやったのか?」
「それだと俺と青華が付き合っている前提の上に、その木綿のハンカチは一体何人に通じるんだ」
「少なくともマスターには伝わったようだぞ」
つまり、マスター(店長)にしか伝わってねえんじゃねえか。
一応、説明を入れておくと、かつての昔には恋人に木綿のハンカチを送るのは別れたいというサインだったのだ。……一応曲の方には触れないでおく。
それにしたって古すぎるだろ。
中高生の親世代にも通じるかどうかわかんないぞ……?
「悪いな、待たせちまって」
「大丈夫だ、俺はマスターと話していたし、韓は本を読んでいた。暇はしていない」
「……」
「なら良かった」
待たせたというか、随分時間を取られてしまったものだから退屈していたのではないか心配していたんだが、そうでも無かったようだ。
「それより、凍羽さんがまだ来てないようだが」
「青華ならもう直ぐ来ると思うけど……」
カランカラン。
再び店の扉が開かれ、小さな客が入ってきた。
「いらっしゃい」
入ってきた小さな客は、マスターの声を意にも介さずこちらに進んでくる。
ズンズンズン。
この少しの間に何が有ったのか、青華は無言でこちらに歩んでくる。
訓練への移動中のような威圧感は無い。だが、なにやら様子がおかしい。
「……わああ」
なんだ?様子がおかしいと言うよりも何かに目が……目がキラキラしてる⁈
青華の視線は俺達ではなく、もっと横の方へ向いている。
青華はマスターどころか俺たちまで視界に無く、テーブルの上の皿に山のように積まれたエクレアに釘付けのようだった。
「……食いたいのか?」
コクコクコクコクとものすごく首を上下させる青華を見て俺たちは苦笑する。
食べたかっただけかよ。
見ろ、韓でさえ苦笑してるぞ。
多分、外から見えたんだろうな。
青華の前にエクレアの乗った皿を差し出してやる。
まるで幼子のように大人しくなった青華は、ちょこんと席に着き、エクレアに手を伸ばした。
パク、パク、と少しずつゆっくりとしたスピードから、段々と上がって行き、バクバクと物凄いスピードで食べ続ける。
あんなのこの小さい体のどこに入るんだ。
「うまあ! うまあ!」
「マスター! エクレア追加だ! 山のようにと頼んだのが直ぐに消えたぞー!」
「落ち着いて食えよー」
食べ続ける青華を見て、このままでは足りないと悟った筋太郎がマスターに追加の注文を入れる。
マスターも笑いながら応える。
「ムッ! むぐっ! ごほっごほ!」
「ほら、落ち着いて食わないからだぞ」
咽た青華の背中を擦りながら口周りを拭いてやる。
「むう~」
「なんだよ」
か……可愛い。
不機嫌そうに上目遣いでこちらを見上げ、頬を膨らませて唸っている。
普段、態度があんなだから気にならないんだが、青華って可愛いんだなあ。
「がうっ」
「うおっ」
危ねえ! こいつ急に噛みつこうとしてきやがった!
「がうっ、がうっ、がうっ、がうっ」
犬……いや、ライオンか⁈ イヌ科より、ネコ科っぽい可愛らしさを感じる。
その後も何度も噛みつこうとしてくるため、落ち着くまで手で頭を押さえておく事にした。
「がうっ、がうがうっ、みゃー!」
「いきなりどうした!落ち着け!どうどう」
「うみゃー! 子供扱いするな————! ぅーがうっ!」
「痛え! 手があああああ!」
こいつ本当に噛みつきやがった!
噛みつかれた腕をぶんぶん振り回すが、すっぽんのように離れる気配がない。
「離せ、このっ!」
「マスター、凍羽さんにエクレア追加だ!」
「あいよ。店壊すなよ」
このままではいつまでも噛みついたままだと悟った筋太郎がエクレアを追加で注文する。
韓はこちらを一瞥した後興味なさそうに手元の本に目を落とした。
「あいよ、お待たせ。まあ、作り置きを持ってきただけだがな」
「ほら、青華、エクレアだぞ!」
「うがー! う……? えう、えあ?」
「そーだ。エクレアだぞー」
「う、あう。ふへうの?」
「お前が離してくれたら、これを全部やろう」
「ホント?」
「ああ、本当だとも」
怒って、喜んでなどいろんな感情が同時に混ざって自分でも分からなくらいにキャラ崩壊をおこしている青華は、いそいそと噛みついた腕を離し、席に着く。
驚くべきことに青華は今までの会話で一度も腕から離れなかった。
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