010・前編-嵐の予感……別に静かじゃない
あれだけ広いとやはり遭遇率も少なくなるのか、あれから他の組と遭遇することは無かった。
俺も青華も満身創痍の状態で遭遇しなくてラッキー……ではあるのだが、青華は何か不満そうだった。
あれだけ暴れてまだ不満とは、どうなってんだ。
順位などは数日後に出されるらしい。流石に数が数だけに時間が掛かるのだろう。
いつもより長めに昼休みが取られ皆各々が受けた傷などを手当し、午後はいつもどうり授業が行われた。
そして今。今朝呼び出さしをくらっていたのをすっかり忘れていた俺は、野沢先生に連れられて広めの教員の休憩室に居るのだった。
「これで何回目だ? 暮木。入学してからほとんど毎日じゃないか?」
「そんな事ありませんよ。昨日とか間に合ってたじゃないですか」
「ああ、何故かボロボロで机に突っ伏して起きたのは放課後だったな」
「その前の日だって」
「何故か登校時間ぴったりに飛び込んできたな。窓を割って」
「ほら」
「ほらじゃない! 毎日じゃ無かったとしても多いし、よく考えたら問題起こしてばっかじゃないかお前!」
「そこに気づくとは。なかなかやりますね」
「お前は俺を馬鹿にしてるのか」
どの問題も俺のせいじゃねえ。どれも青華のせいだ。俺をボロボロにしたり、思いっきり窓から投げ入れたりするのは全部青華だ。
そして何で青華は間に合った扱いになってんだ。
「どうしたんですか?野沢先生」
「あ、
「こんにちは暮木君。今日はどうしたの?」
「いやあ、野沢先生が……」
「野沢先生?」
「いや、俺じゃなくてですね。暮木が遅刻とか、問題行動があまりにも多いものですから」
「へえ。あ、コーヒー淹れますか?」
「お願いします!」
「ふふ、今日も元気ね暮木君は」
そう言って八文字先生はコーヒーを淹れに行く。
優しいお姉さん的な人で、今年から赴任してきたらしいが既にファンクラブ(非公式)ができている。
会員番号003番。幻の一桁番号の一人が何を隠そう、俺である。
「まったく、お前この教員の溜まり場的、職員室的談話室に来すぎて先生達から気軽にコーヒー淹れてもらうようになってそろそろ恥ずかしくないのか」
「言いにくいですけど全く」
「言いにくいんだったら一瞬でも言うのを躊躇え」
「痛てっ」
ズビシっ。と、頭にチョップが入る。
「体罰じゃないですか」
「ん? 何のことだ?そんな証拠がどこにあると言うんだ」
しまった! チョップでは傷や痕が残らないから体罰の証拠にならない!
こいつ、策士かっ。
このままでは反論ができない。
敗・訴。デデン。
「生徒に手をあげちゃダメですよ」
コーヒーの入ったカップを乗せたお盆を手に、八文字先生が戻ってきた。
いいぞ! もっと言ってやってください!
「八文字先生、大丈夫ですよ。証拠が残らなければ何の問題にもなりませんから」
「うわ、せっこ! 汚い! 大人げない!」
「うるさい、いいんだよ。大人は皆汚いんだよ!」
「そんな事聞きたくなかった!」
そんな社会の現実聞きたくなかった!
「そんな事より、コーヒー、冷めちゃいますよ」
「ああ、すいません。いただきますよ」
「あ、俺もいただきます」
全員がカップを手にする。
あれ?昨日までとカップが違う。いつもなら熊の学校的なカップなのに今日は豚のイラストが描かれたカップだ。
いつも来てるとだいたい使うカップも固定されてきたのだが、リセットされてしまったようだ。
「それ、新しく買ったんですよ。暮木君用に」
「え、そうなんですか?」
リセットどころかグレードアップしてた。談話室にとうとう自分用のカップが設置された。
入学してからそんなに経って無い筈なんだけどなあ。
「いつも、他の先生方のカップが一つ足りないってなるのでどうせならと」
「いいんですか?」
「はい! 暮木君はどうせ今後も来ますから!」
「嫌な信頼だ!」
俺が何かやらかす事が既に決定している。
いつも俺が何かやらかしてるみたいな言い方はやめて欲しい。俺は何もやらかして無い。筈だ。
「それでコーヒーまで淹れて貰ってなんですけど青華達を待たせているのでもう行っても良いですか?」
「ほんと、なんだな……せめてコーヒー飲み終わってから行け」
「ごちそうさまでした。美味しかったです、さようなら」
「さようなら。暮木君」
直ぐ職員室を出て少し行った所から教室に向けて駆け出す。階段を下り、廊下を疾駆する。
教室の前に着き扉に手を掛けたたところで、息を整える。
「結局遅くなっちまった。筋太郎達には先に行くように言ってあるからいいが、青華はどうだろうかなあ」
どうだろうかという疑問を出すまでもなく今日知り合ったばかりで一緒に行動できるほどあいつは人間できちゃいない。
つまり、まだどこかに残っていることだろう。
「っと。ボーっとしてる場合じゃ無かった。早く荷物持って行こう」
鞄に手を掛ける。
しかし、掛けたところで腕の動きは完全に止まった。──いや、止められた。動かせなかったのだ。
背後から冷気。周囲の気温が2、3度下がった気がした。
でも、青華じゃない。
いつもの凍えるような冷気じゃない。何かこう清涼感の有る澄み切った冷気。
これは────そう。まるで水のような。
「ねえ」
声を掛けられた。男とも女とも言い難い中性的な声。男とも女とも言える声、とも言ってもいいだろう。綺麗な澄みきった声。
しかし、それはいつもの高い可愛らしい声では無い。
やはり、青華じゃない。
「ねえ、君は力が欲しいかい?」
(力? 何を言っているんだ? こいつは)
振り返ろうとするとまるで予知していたかのようにまた声を掛けられる。
「ああ、振り返らなくていい。僕が君の前に行くから」
「へえっ?」
黒を基調とした青のドレス。所謂ゴスロリというやつだろう。濡羽色のショートカットにはよく似合って見える。
しかしながら、俺の鳩が豆鉄砲を食ったような声の訳は他に有った。
その動きがあまりにも重力を無視し過ぎていたのだ。
ふわりと。
そんな表現が一番相応しいだろう。
ゆっくりと降りてきたそいつはやはり、中性的だが女よりの見た目の美しい少女のようだった。
胸は青華のようにペッタンコだが、身長は青華をゆうに超えている。悲しいかな。これが現実だ。
「初めまして。僕は……そうだなあ……メデスとでも呼んでよ」
メデスと名乗った少女は恭しく頭を下げた。
「それで、君は力が欲しい?」
「……力? さっきもそう言っていたな。なんの力なんだ?」
一口に力と言っても様々な意味合いを持つ。
財力、権力、魅力、筋力。
様々な意味がある中、ただ、力と。
彼女はそういったのだ。
「力は力さ。この世全ての魂有る者を統べる星の王権。その力が欲しくないかい? この力が有れば、お金も権力も思いのままさ」
「王権?」
「そう! 君には産まれた時からその資格が有る!」
何なんだこいつは。
王権? 力? 訳わかんない事言いやがって。
「なんだ? その王権ってのをくれるのか?」
「違うよ。僕があげるんじゃない、君が勝ち取るんだ。戦って、他を蹴落として」
勝ち取る? 蹴落とす? また訳の分からない事を。戦ってなんて、それではまるで
「まるで戦争だな」
「うん、まさにその通りさ。君を含めた12人の資格を持つ者達による王権を賭けた殺し合い。それが王権戦争。そして、暮木鈴人! 君には戦争に参加し、勝ち残るだけの資格と素質が有る!」
「は?」
ダメだ。突然の事で頭が着いていけない。
王権? 戦争? 殺し合い? 中二病も大概にしろってんだ。
「おい、馬鹿言ってんじゃ……」
「それでどうなんだい?」
しかし、目の前の少女の圧倒的な
理解できない、と誤魔化し逃げる事を許さない。ふざけることなど許さない。
ある種の強制力を感じる。
「もう一度聞こう。君は力が欲しいかい?」
「……俺は──」
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