009-中編・只の……
「人の醜態を笑う奴はいつか醜態に泣くぞ。ただし、俺は笑うけどな」
ほぼ無抵抗な女子生徒に人も殺せるパンチを3発……改めて考えるとすごいクズじゃないか?
「……いや、いやいや」
無い。無いな。絶対ない。
清廉潔白、温故知新、柔和温順、仁義に厚く、情にもろく、正直者で有名な暮木鈴人だぞ? そんな事あるわけ無い。だから、今そこで気絶していて無防備なその胸に手を伸ばしたりはしない。別にヘタれた訳じゃないんですよ?
(いや、そんな事よりも青華だ。あっちはどうなった?)
明らかに戦闘の音──青華と羽重の戦いの音──のする方へと顔を向ける。
そこに在ったのは、想像に反した光景。想像以上に劣勢の青華の姿。体中に傷を作り、辺りは何かに押し潰されたようにえぐれ、バットもひん曲がっている。
青華と羽重の距離が開いたところで青華の所へと駆ける。
「大丈夫か?」
「鈴人……」
飛んでいき一応心配の言葉をかけてやる。満身創痍の奴に大丈夫も何も無いだろうけれど。しかし、近くで見ると案外傷の方は軽いようだ。どちらかと言えば疲労の色の方が強い。
「えぇ、大丈夫よ。まだまだ、これからなんだから」
「そうか」
青華の顔が一層険しく、勇ましくなる。今度こそ、なんて思っているんだろう。
強がりやがって。
「けど、交代だ」
見るからに疲労が溜まりすぎている。
これ以無理させる訳にはいかないし、恐らく今の青華じゃ勝てないだろう。そのくらいのことは俺にだってわかる。
険しい顔? 勇ましい表情? そんな雄々しいのは男だけでいい。
今の流れからの意表を突かれ目を白黒している青華を抱き上げ──
「あ、アンタ何やって……!」
「そおおい!」
投げた。
それはもう見事に虹を架けるかのような綺麗な放物線を描き飛んで行った。さながら、峰不二子に飛ばされたルパンのように。
「こっの、覚えときなさいよ──!」
「なんて小物感丸出しな……」
逆にすげえよ。特にわざとやってないってとこが。
「悪いな。羽重。待ってもらっちゃって」
「……貴方が来たということはあの子は」
「あっちで気絶してる」
「そう」
なんだ。ペアがやられたってのにあまり興味なさそうだ。
眉一つ動かさず、感情を僅かにすら読み取れない、そんな目の前の少女が氷の特異者である青華より凍っているようで、冷たく感じる。
「仲間がやられたってのにその反応は……」
先手を打ったのは羽重さんだった。前方の地面が一か所えぐれたと思ったら既に目の前にいた。
先手を打たれた──!
突然のことで対応が一瞬遅れ、少し切られてしまった。
また、二撃、三撃と続く剣戟を後ろに大きく跳ぶことで避ける。
避けた先でもまた直ぐに距離を詰めてくる。
が、こちらもみすみす切られてやる気は無い。咄嗟にナイフを抜き出し、紙一重で刀を弾く。刀が弾かれた事により僅かに隙が生じる。
そのまま、ナイフを持った手とは逆の手で、すかさず拳を叩き込む。
だが、今回はシールドが割れることは無かった。一瞬の事で霊力を溜めることができなかったのだ。しかし、拳は見事に羽重さんの腹部をとらえた。
ダメージを受けた事により今度は羽重さんが距離を取る。
「………………」
わずかに沈黙の時間が流れる。一切として動かない表情からはやはり何の感情も読み取れない。
ちなみに今の戦闘でも羽重さんは一度も表情を変えていない。
「それなら……」
と、短く呟き、羽重さんが右手をこちらに向ける。それと同時に羽重さんの体から白い粒子が発生する。能力を発動したのだ。
しかし、なんだ? 能力を発動させた筈なのに何も起こらない。そのことに流石の羽重さんも疑問を覚えたのか首を僅かに傾ける。表情は全く動かないが。
「それよりも、あれ見てみろよ」
「何?」
あらぬ方向に指を
視線が外れる。
その一瞬。それだけで十分だった。羽重さんに近づくにはそれだけで。
今、溜めた霊力が解放される。
「があっ」
シールドが砕け、再び距離が開く。
完全に対応しきれなかった羽重さんは衝撃に飛ばされたものの、上手く着地する。
「ありえない」
その表情は驚愕に染まり……なんて事も、声に驚いたような感情も籠ったようには感じられなかったが、それでも驚いたのだろう。
「ありえない。能力を発動していたなら、
「ん?俺が何者かって?」
能力を使用した様子も無いのに、明らかに常人を越えた力に対する、疑問。
何者。何者かという質問。とても、答えにくい質問である。人類各個人に与えられた一生の命題とさえ言えるような問いだ。とは言え、別にそんな答えが聞きたい訳ではないだろう。
うーむ。
「──俺は
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