008-i can fry!

青華の心無い仕打ちにより気絶した子羊さんを放置して、青華はとりあえずの初勝利に歓喜を表していた。


「ふっふっふ! どうよ! 完璧な作戦勝ちね!」


完璧どころか色々穴だらけな作戦に思いっ切りツッコミたくなるがそこをグッと堪える。せっかく機嫌を直してくれたのだ。ここでまた機嫌を損ねればこの後に問題が発生する上、最悪の場合俺の首が飛ぶ。

ここはやはり、機嫌を取るのが得策だ。つまりゴマすりである。暮木鈴人ならぬゴマすり鈴人だ。


「いやぁ! 流石青華さん! 天才的なまでの作戦には恐れ入りました!」

「そうでしょう、そうでしょう! もっと褒めなさい?」

「青華さんサイコー!」

「ヤッター!」


馬鹿だった。とても馬鹿な会話だ。もう、二人共馬鹿だ。何やってんだろう。俺ら。

ん?「何やってんだ」ち言えば………。


「おい、青華コノヤロー! 服ボロボロにしやがって!」

「えぇ!? さっきまでのあんなに崇めてたのに!?」


光の速さで手のひら返しだ。


「チンピラの振りもボロボロの服も意味なかったじゃねぇか!」


青華が相手を油断させられるって言うからやったのに。

あれは子羊ペアに声を掛ける前まで遡る。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「じゃあ、最初は鈴人一人で突っ込んでね」

「馬鹿じゃねぇの?」


 一人で複数人の敵に突っ込めなんて、事実上の死刑宣告だ。


「いい?これは作戦の一部よ」

「作戦?」

「そう。作戦」


 むぅ。それっぽいカッコイイ事言うじゃないか。仕方ない、良いだろう。さぁ作戦会議だ。


「先ずはボロボロの鈴人が一人で相手の前に」

「待て待て待て待て」


 もう既に問題が発生している。

 何で俺はボロボロになってんだよ。


 「聞いて。これも作戦だから」

 「作戦なら仕方ないか」


 くくく、仕方ないな。許してやろう。


「次にチンピラを装った鈴人が」

「だから何でお前が喋る度に俺に変な設定が追加されてるんだよ!」

 

 そしてまともな設定がない。確か、今ある俺のキャラは、Мに変態に手負いに今度はチンピラ、だ。

 総じてクズじゃねぇか。

 物語序盤の序盤にしてこれである。盛りすぎなんだよ。


「いいから聞いて。何も意味もなくこんな作戦立ててるわけじゃないんだから。ボロボロな上一人で出てきたら相手はきっとこう思うわ。多分どこかで戦闘が有って、ペアはやられたけど自分だけはボロ雑巾みたいになりながら逃げてきたんだろう。って」


なるほど。つまりこいつは俺のことボロ雑巾にするつもりなんだな。


「つまり相手はその時油断しているのよ。そこで鈴人が一人のシールドを一枚ぶっ壊して。そしたらアンタの合図で私が飛び出てこいつでもう一枚ぶっ壊すから、同時に最後の一枚をアンタが叩き壊すのよ」


確かに理には適っている。まぁ納得はできる。作戦だから、仕方ないよネ。だが、まだ少しだけ足りない。


「しかし、青華。お前の作戦に賛成するにはまだ説明が足りないぜ」

「足りない? ここまでの私の完璧な説明に、ケチつけようと言うの? 裏切られたわ」

「裏切った? おいおい、何を勘違いしているんだ。俺は最初からお前の方になぞついてない」


やれやれ。全く、やれやれ。これだから青華は。


「まだ、俺がチンピラ役をやる理由を説明してないだろ? このうっかりさんめ」

「無いわ」

「無いのかよ! 何でだよ! ここまで来たら有れよ!」

「強いて言えば、面白そうだからよ」


えぇ…? それだけの理由で…? 面白そうだからってチンピラやらされそうになってたの…? えぇ…?

でもやっちゃう。やっちゃうよ! 俺! 本当何でだろう!


 「あ、そうだ。ちょっとやってみなさいよ。チンピラ」

 「何ぃ?」


 来たよ来たよ。出たよ、無茶振り。これは、『何か面白い話して』や『どんなの?歌ってみろよ』に匹敵する無茶振りだ。

 ……だが、いつも俺にあんな態度を取っている青華に男の恐ろしさというものを教える良いチャンスではないか? うん。別に? 私怨とか個人的感情ではなく、青華の一友人として、不審者が出ても逆に襲い掛かりそうな小さな(言葉の通り)女の子に男の、世間にはこんな恐ろしい人が居るということを教えるだけなのだ。

 やれやれ。全くやれやれだよ。俺にこんなに考えて貰えるのだから今回のことで授業料を取ってやろうか。

 ん゛ん゛っん゛。咳払いをする俺を見て、青華の目が一瞬輝く。ふっ、ガキめ。

 さぁて、いくぞ! 覚悟はいいか、凍羽青華ぁ!


 「へい! そこのお嬢ちゃん!」

 「誰が! お嬢ちゃんだコラぁ!」

 「理不尽!!」


 殴られた! 二回も! 顔面を! グーで!


 「二度もぶったな! ばぁちゃんにもぶたれたこと無いのに! 今の威力で死んだらどうする!」

 「あなたは死なないわ。私が守るもの」


 うん。今のテンションの上がってる青華なら乗ってくれると信じてた。完全に別作品だけど。つながりは巨大ロボだけだけど。

 なんて、実は殴られたことにあまり動じてない、そんな俺だよ。


 「全く。何やらせるのよ。でも、チンピラ役は予想通り似合ってたわね」

 「何だと? 俺ほど清廉潔白で真面目な優等生は他に居ないぜ?」

 「はいはい。ユートーセイ、ユートーセイ」


 これだから青華は。見る目がない。

 これから成長し、大人となっていく訳だが、こんなんでは将来青華がどうなっているのか今から心配になってくるよ。

 だが、これで青華の中では俺がチンピラをやるのは決定だろう。仕方ないからやるけど。

 閑話休題。


 「よし。それじゃあ俺が乗り込んで来るから、いつでも出てこれるように準備しておけよ」

 「待って」


 赤い通達が来た日本男性の覚悟で歩き出した俺に待ったが掛けられる。

 はて、何か殴られるようなことしたかな?


 「な、なんでしょう?」

 「まだ、準備終わって無いでしょ?」

 「チンピラ以外に俺に何をやらせようと言うんだ」

 

 チンピラ以外……あ。


 「はぁ?何言ってんのよ」


 おい、やめろ。その先を言うんじゃない。


 「そんなの決まってるでしょ?さっきの話聞いてなかったの?」


 やめろ。やめてくれ!


 「言ったでしょ?」


 言うなぁぁぁぁぁ!!!!


 「あなたをボコボコにするって」

 

 カツ、カツと恐怖が音を立てて近づいてくる。同時に全身の体温が奪われていく感覚に襲われる。

 手足を封じられた。

 

 「抵抗しない方がいいわよ」

 「痛いのはちょっと」


 言い終わる前に攻撃が始まった。氷が体中にあてられる。制服が裂かれ、体中に小さな傷ができていく。

 これで、幸いだったのはすでに殴られていた顔には氷が飛んで来なかったことだ。

 そんなことがあって、場面は切り替わり子羊さんペアの前に放り出されたのでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そして現在。俺たちは、回想している間にもフィールド中央に向けて歩みを進めていた。

 しっかし、ここまで誰にも遭わないのは逆に奇跡ではないか。辺りには幾つかの戦闘音がしているにも関わらず、そのいずれとも遭遇しない。


 「まさかここまで誰にも遭わないなんて……。完全に予想外だわ」

 「あぁ。人どころか鳥の一匹も見つけられねぇ。周りにはビル、ビル、ビル。ビルしかねぇ!」


 うんざり。もうつまらない! という感じで青華は口を開く。それに返した俺の言葉は途中から(何故か)強くなっていった。

 もう、昨夜の恐怖心が嘘のようだ。今の俺なら戦闘狂にもなれる。


 「ビル…。ビル、ねぇ……。あ、そうだ! 鈴人!」

 「?何だ?」


 俺の文句から何かを思いついたらしい青華が急に声を上げる。


 「ふふ、作戦第二弾よ!」

 「えぇ……」

 「何よ。えぇ…て」


 だって、だってねぇ。


 「お前の作戦ってどうせ俺が痛い目を見るだけなんだろ?」

 「そ、そそそんなことないわよ。さっきのはともかく。今回のはその可能性が在るだけだから」


 ぎくぅ!とした青華は急いで弁明を入れる。

 いや、バリバリそのつもりだっただろ


 「だがしかし、聞いてやろう。作戦だからな」

 「アンタのその作戦推し何なのよ」

 「男はいつもカッコいい物の奴隷なんだよ」

 「何それ?まぁ、どうでもいいわ」


 女には分からない、高度な世界の話だったらしいな。

 てか、どうでもいいって言った?


 「で、作戦はね。先ず、この辺りで一番高いビルに上る」

 「うん。それで?」

 「次にそのビルの最上階、屋上から敵を探すわ」

 「なるほどなるほど」

 「そして見つけ次第、飛んで奇襲するのよ」

 「飛んで奇しゅ…え?」


 ハハハ、どうやらおれの耳はその役割を放棄したようだ。

 あまりにも人間がしてはいけない行動を普通に作戦に組み込まれて無かっただろうか。


 「おいおい、青華。人は空を飛べないんだぜ?」

 「それでも人は空を飛ぶことを諦められなかった……」

 「それでも人間は空を飛べないんだよ!」

 「まぁ、冗談は抜きにして。アンタは飛べるでしょ」

 「ん……まぁ、でもなぁ」


 青華の言葉に言い淀む。

 いやぁ、あれは飛ぶってよりは跳ぶっていうか……。


 「アンタが私を抱えて飛ぶ。着地とかは全部アンタに任せるわ。もし着地に失敗しても、護霊の腕輪が作動するから問題ないわ」

 「いや、ちょっ…」

 「いいから行くわよっ! あのビルなんかいいんじゃない?」


 俺が何を言う前に強引に引っ張られる。

 俺と青華は近辺で一番高いビルへ入って行く。

 ビルの中にはエレベーターなんかは無く、階段しかない。


 「これ登るの…? ここ何階まであるんだっけ……?」

 「…………………」

 

 確か、十何階ぐらいだよなぁ。

 青華は俺の呟きを黙殺し、黙って長い階段を登っていく。

 階数が多いくせに一階層ごとの階段が長い。ひたすらに長い。長い、永い。7階を越えた辺りからはもう脚がパンパンで。


 「なぁ、まだ着かないのか?」

 「まだよ。このビルは十四階までと屋上があるから、あと六階分登らないと」

 「うへぇ」

 

 ここまで登ってまだ八階。あと六階登らなきゃいけないらしい。

 あれだ。無茶苦茶やる気出して仕事して終わったと達成感に満ち溢れていたら上司が更に大量の仕事持ってきた、みたいなそんな気分。

 やるせねぇよな。おっさん達。

 どんなに頑張っても給料は増えないし、そのくせストレスの分だけ髪の毛は減っていくんだぜ。

 そりゃあ、酒飲んで泣くわ。

 更に亭主関白に失敗すると飼い犬と昨夜のカレーをチンして食べるという侘しい思いをすることになる。


 「鈴人! 屋上の入口よ!」

 「やっとか! おい、何してる! 早く行くぞ!」

 「ちょっと待って、どこからそんな元気がってきゃあ!」


 青華から告げられた吉報に心なしか先ほどまで重かった足が軽くなった。

 思わず一段飛ばして登っちゃうっぜ。

 悪いなおっさん達! 俺はまだ学生だから報われるぜ!

 そうして、ようやく青華を引っ張りながら階段を登り切りその先の屋上の扉を押し開け──られなかった。

 開けられなかった。


 「ぶっ!………引くタイプだったか…」

 「アンタって本当に期待を裏切らないわね」


 なんて、呆れながらも今度こそ青華が扉を引き開ける。

 重厚な鉄製の扉の向こうには綺麗な澄んだ青空が広がっていた。


 「わぁ!」

 「お、おぉ!」


 これを見るために登ってきたのだと思えば、ここまで登ってきたかいが有った。

 青華は未だに見惚れている。

 完全にここに来た目的を見失っている。

 意識を戻してやらないとな。


 「おい、青華。ここまで来た理由を忘れんな」

 「はっ! そうだったわ。早く探さないと!」


 我に返った青華は急いで戦闘中の場所を探し始める。

 探すっていうかもう見えている。ここから正面。道路を一つ挟んだ先では二組のペアが戦っていた。

 その二組のうち片方には白銀の髪をたなびかせた少女。つまり、羽重千鳥の姿を発見した。


 「お」


 ふむ、白、か。

 単純でありながら見る者を魅了するデザイン。そして、染み一つない純白。あの小さなリボンがポイント。

 いいセンスだ。

 そしてここからそれだけの事を視認できた俺。グッジョブ。


 「……鈴人。敵を発見したわ。正面、道路一つ越えた先に跳んで頂戴」


 いつになく重い青華の声にパンツが頭の片隅に追いやられる。

 敵、敵ねえ。戦闘じゃなくて。


 「分かった。それじゃ」


 と、青華を軽く持ち上げる。横抱き、所謂お姫様抱っこの状態だ。


 「な、なななな何を!?」

 「何をってこれが一番持ち易いからな」

 「だからってこんな……」


 先程の真剣さが嘘のように青華は動揺している。

 羞恥からか顔は真っ赤に染まっている。

 しかし、こう見るとやっぱり美少女なんだよなあ。難点が有るとすれば胸が平らな事くらいだ。

 それをこんなふうに抱き上げているのだ。言い方を返れば、抱いているのだ。役得だな。


 (まぁ、これぐらいは許されるだろ)


 いつもひどい目に遭わされているんだし。

 俺は跳ぶ為に足に霊力を溜め始める。


 「よし、跳ぶぞ」

 「まって、心の準備が」

 「よいしょお!」

 「いやぁぁぁ! 待ってって言ったじゃな──い!」


 そんな青華を無視して飛び出す。

 霊力を噴出させた屋上の床があまりの勢いにえぐれている。

 あ、鳥見つけた。

 大空に身を投げ出した俺は心地よい温度の強い風を受けながら着地地点を定めていた。

 眼下に広がるコンクリートジャングル。そのただ一点に。

 飛び出した体は少しの間飛び上がり続け、その後重力に従い落ちてゆく。


 「あばばばば」

 「うばばばば」

 

 はっきり言えば風圧で何も喋れないし、聞こえないし、息もしずらい。

 そんな苦しい状況でも、地面は迫り続けている。

 なぁに。大した事じゃない。霊力放出のタイミングを逃しても、シールドが一枚減るだけなんだ。

 …やっぱ無理!何これ、超怖い!え?死ぬの?

 地上まであと十数メートルというとこで青華の体から青い粒子が噴き出してきた。


 「ばびぼ!?(なにを!?)」


 そんな俺の言葉も届く訳はなく、遂に着地のタイミングが迫っていた。


 (できるか? 俺に)


 もうね! どんなに保険が有ろうとも怖いものは怖いんだよ!

 だが、現実とは無情な物でどんなにやりたくなくてもやらなければいけないその時はきてしまう。

 こうなったら、当たって砕けろ。どうにでもなれの精神だ。


 (3、2、1、ゼロ!)


 タイミングを計り、地面に向けて霊力を放出する。

 

 (これは…、成功したのかっ?)


 おぉ、生きてる。俺生きてるよ。

 着地の瞬間は生きた心地がしなかった。

 生きてるって素晴らしい。

 俺が生を実感しているその横で、いつの間にか俺の腕から抜けていた青華はその能力により創られた氷を多方向に向けて放っていた。

 そして、その攻撃を避けきれず先の戦闘により弱っていた一ペアはシールドを割られ倒れ伏していた。


 「………………………………」

 「………………………………」


 青華は無言のまま残ったほうのペアを、正確には、いとも容易く避けていた|羽重千鳥を。

 羽重さんも青華をじっと、無言で見つめていた。

 五秒もそんな状態が続いた頃だろうか。

 一羽の鳥が飛び立つ音と共に両者は一斉に駆け出し、勝負の幕が上げられた。

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