004ー走りながらパンは食えない






 

  「ハッ……ハッ……ハッ……!」


 靴がアスファルトを叩く小気味よい音が立て続けに発される。時計が昨日の朝から止まっていることが判明し、現在、遅刻を免れようと長い一本道を疾走していた。

 そんなことってあるか。普通気づくだろう。気づかなかったための末路が今の俺な訳なのだが。

 頭の中で文句を言いながら霊力を足の裏に集め、靴が飛んでいかない程度に噴出する。

 周りから見れば「何か黒い物が通り過ぎなかった?」「さぁ?」となるだろう。

 我こそ黒い風! 現代のメロス! 違うのは走る理由だけ。治先生もビックリだろう。

 学校が見えてきた所でスピードを上げる。


 「おぉぉぉぉぉ!」

 

 俺の目には校門にゴールテープが架かっているているように見える。量の腕を大きく広げて──今まさにテープを切った。

 ゴールに辿り着いて得たのは、僅かな沈黙の時間と達成感。僅かな沈黙を切るように軽く大きな声をあげた(どういうことだろうか)。

 ただ一人で両腕を振り上げ奇声を上げる男の姿がそこには在った。


 「ギリギリ間に合ったぜ。いつもなら怒りにくる教員共がいない。……これで反省文書かされたりしない!」


 毎度、帰るのが遅くなって青華にボコされるのだから理不尽だよなあ。今日は新しく傷を作らなくていいんだ。

 しかし、俺が感激に打ち震え、むせび泣きそうになりながら、


 「へぇ」


 それは、冷たく暗い闇のような恐ろしい恐怖の呼び声。

 背筋にヒヤッとした感覚を覚える。だが、それと同時に足の感覚は無くなっていく。


 「誰が、何に間に合った、ですって?」


 後ろから少量の霊子が飛んでくる。同時に俺の足をみるみるうちに氷に覆われ、凍った所から体温を奪われていく。

 しかし、俺は解らなかった。この寒気が体温を奪われている事による物なのか。それとも……恐怖による物なのか。

 寒い筈なのに俺は大量の汗を掻いている。

 先程まで足を凍らせていた氷は既に膝のあたりまで侵食している。


 「私、ずっと待ってたのよ、ペアの登録は必ず二人で来るように言われてたから。あんたも聞いてたでしょ? それなのに遅刻してきて、間に合った?」


 声の主は俺の正面に回り込んで来る。

 どうやら校門に先生達が居なかったのはこいつが居たかららしい。


 「あ、あの青華さん?」


 理不尽な暴力装置、凍羽青華。こいつが居たから教師たちはこの場に居ないのだろう。

 いる必要が無いから。

 氷は既に腰の辺りまで来ている。


 「この……ばか鈴人―!」

 「いぃやぁー!」


 俺のぼでぇに青華の拳がめり込み、小さな氷の礫が俺を襲う。

 この時、俺の腕時計に示されていた時間は八時四十分。

 もう、時に嫌われてるとしか思えなかった。


 ○△□


 「何があったの?」


 あれから五分程。

 青華にボロボロになって引きずられて来た俺を見て野沢のざわ先生は心底不思議そうに訪ねてきた。

 名前考えてもらえて良かったネ!


 「ちょっとそこで悪魔に襲われまして」

 「あぁ……」


 先生は得心したと同時同情の目を向けてくる。

 同情するなら金をくれ。


 「良いんですよ、先生。こいつが悪いんですからっ」

 「やった張本人が何を言うか」


 びっくりするわ。

 人の腹に拳入れといて。

 全身に氷礫ぶつけてきた奴が何言っている。

 氷が冷たいからかあまり痛みが残らないのが、唯一の救いだ。


 「はぁ?」

 「ああ?」


 一触即発。

 反発する俺。イラつく青華。イノシシと熊。ネズミと龍。永久凍土とマッチの火。

 この場合、どっちがどっちかは分かり切っている。

 それでも態度を崩さない。

 訓練とか授業とかそんなの関係無しに今すぐにでも戦闘が始まりそうな中、苦笑しながら先生が止めに入る。


 「そんなケンカすんな。どうせ模擬実践訓練は二人で登録するんだろう? そんなんじゃ勝ち残れないからな」

 「あぁ! 登録!」


 先生の言葉に青華はハッとして尋ねる。


 「そう、まだ登録できますか?」

 「あぁ、ギリギリだがね。何なら今ここで登録しよう」

 「おぉ」


 予想以上に親切だ。キャラ設定なんて名前しか作られてないくせに。

 実にヘルプフル。


 「何かな?」


 俺の驚きの声に目敏く……いやさ耳敏く反応してくる。

 人って悪意にだけは過剰に反応するよな。


 「いえ、何も」

 「そうか。それじゃ」


 先生は納得したようでは無かったが、まぁいい、と腕に取り付けた機械端末を操作し始める。

 この端末はスマホの後継機として作られ、電力ではなく霊力を動力源としている。従来のスマホなどより小型化され、従来品には無かった機能が追加されている。

 例えば、これは液晶による画面はなく、空中に投影される。

 また、霊力の質は個人によって異なるため身分証の役割も果たしている。俺達の学生証もこの端末の一機能として搭載されている。学生証を何かに使ったことは無いけれど。


 「よし、あとは学生証を提示してから霊力を流してくれ。」


 俺達は言われたとうりに学生証を提示し、霊力を流す。端末が一瞬淡く明かりを強くし正常に霊力が通った事を証明する。


 「これでペア登録は完了だ。今から三分以内に体育館に滑り込め」

 「はい! ありがとうございます。」

 「うむ」


 先生はニカッと笑い親指を立ててサムズアップ……うぜぇな。

 歯が綺麗だな。そして。


 「ほら、行くわよ鈴人」

 「ああ」


 そう返事を返すが、実際には付いて行くのではなく引っ張られている。


 「ああ、そういえば暮木。お前は放課後職員室に来い。遅刻してきた事やら諸々を含めて話が有る」


 どうやら俺はまだ怒られるようだった。


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