003ー親兄弟の小言って疲れるよね
あの後、何事もなく帰宅し俺は現在シャワーを浴びている
まぁ何事もなくなんてことも無いのだが。
頭を洗い、顔を洗う。次は体──と自分の体を洗おうとすると一つのアザが目に入る。
黒い、ホクロにしては大きく、アザにしては綺麗な形のアザ。
このアザは生まれつき俺の胸部にある。ホクロでは無いらしい。
これが有るだけで俺は一つも得なんてしたことがない。得どころか損してばっかだ。プールなんかでは奇異の目で見られるし、修学旅行じゃ気味悪がられたし。
ここから回想。
あれは俺が中学一年生だった頃の話。
その日、俺は家の風呂が壊れて銭湯に行った。 中にはオッサンや爺さんだらけで若い人はほぼいなく、俺と同じ年の頃の奴は一人か二人くらいしかいなかったと思う。
さぁ入ろう、と上半身の服を脱いだ時だった。トイレの方から一人の従業員が出てきた。
50代位の頭のてっぺんが禿げたおっさん。
その人は俺を見たと思ったら近づいてきた。
「ちょっと、そこの君」
「はい?」
「うちね子供とはいえ墨入れてる人は入っちゃいけない事になってるんだよね」
「え、墨?」
最初は何を言ってるのか解らなかった。
俺は入れ墨なんてしていなかったし、そんなことを言われる理由も分からなかった。
「その胸のやつ」
この時、従業員の人がなんの事を言っているのかがようやく解った。
当然、墨なんて物では無かったので直ぐに言い返す。
「いやこれ入れ墨じゃなくて生まれつきなんですよ」
疑い、というか間違われた事に当時中学生の俺は 不機嫌になりちょっと強い口調で言った。
「そんなわけ無いでしょ。そんな綺麗な形で大きなホクロなんてある訳ないでしょ」
「いや、あの………」
「ほら、他のお客さんの迷惑になるから早く」
信じてもらえなかった。
俺の若干悪い目つきと長い後ろに流していた髪がそれを助長させたのかもしれない。
いらないアシストだ。
まあ、今思えば確かにこんなのあるわけ無いと思う。信じてもらえる訳が無い。でも、あのおっさんはてっぺんだけじゃなくてもっと雑に禿げ散らかせばいいののに。
結局この日は風呂に入れず風呂が直るまで水を浴びて過ごした。
これ以降、俺は学校のプールにすら入っていない。誰かに見られるのが嫌だったから。
こいつのせいで俺はプールにすら入れない。
もういっそ本当に墨入れてやろうかとも思った俺は、とりあえずタトゥーシールをはっつけておいた。
胸の辺りを念入りに洗う。
腕よりも。
首よりも。
皮がめくれてくるぐらい。
だが、皮がめくれようとアザは消えることなく皮肉なほど綺麗に残っている。
はぁ、ともうため息も出てくる。
墨じゃねぇっての。
皮が捲れたことに特に気にせず次に進む。
どうせ、明日には治っている。
○□△
疲れた……。
風呂に入ったのに何故疲れているんだ?
風呂を出た俺はすぐ飯を食って(夕飯はカレーだった。)自室に戻った。
いや、家に帰って直ぐに風呂に入った為帰ってからは初めて部屋に入るわけだが。(ちなみに服は弟に持ってこさせた。下を使えるのは上の特権である)。
我が家は一般家庭で親父、お袋、俺、妹、弟の五人家族。自室に戻るまでに「風呂が長い」と 母と妹から全く同じ内容のお小言を貰いゲッソリしている。
あぁ、疲れているのはお袋と 妹のお小言のせいか。つまり全部妹が悪い。
三キロくらい痩せた気がする。
「だぁああ」
と、深く息を吐きながらベッドに倒れ込む。
なんだこの疲労感。肉体的な物より、精神的な疲れの方が大きいのかもしれない。
……………。
「……寝るか」
電気を消し、今度はベッドに敷いてある布団の中へ這いり込む。目を閉じ視界を完全に外界から遮断する。
ふと、今日の出来事を無意識的に思い出してしまった。今日の帰り道の出来事を。その出来事が今日の精神的疲労の原因かもしれない。青華のせいかもしれないが。あの時はチキンのショックや動揺で軽く流してしまったが今思うと恐ろしくい。チキンで流してんじゃねえよ。俺も。とも、思ってしまうが。シリアスパートぶち壊しだ。
平坂が恐ろしかったわけではない。何なら友達になりたいとも思っている。
俺が怖かったのは決して平坂ではなく──攻撃されたという事実。ただ身に危険が迫ったという事だけが恐ろしい。今思うと簡単に許せる話でも、面白い話でもない。
ぞっとしない。
あれは青華を狙ったものだったが、当たったのは俺の持っていた買い物袋だ。少しズレていたら貫かれていたのは俺の脚だった。
殺す、という意図は無かったのだろう。そういう意図ならもっと上を狙っていた筈だ。
幸運だった。そう言わざるを得ないだろう。そうで無ければなんだと言うのか。運が無ければあの時赤い、紅い、朱い鮮血を撒き散らし、転がりもがき、平坂も逃がしてしまっただろう。
なら、明日はどうだ。いくらルール上では殺しや大怪我をさせることが禁止されていても事故を完全に防ぐ事などできない。
俺も青華も大怪我を負う可能性だってある。
不安だ。
明日は棄権するべきだろうか。そんな考えも浮かぶ。
いや、成績も付けられるし、モテたい。
……モテたいんだよなあ。
結局男はすべてそこだ。女が原動力なのだ。単純すぎてアホらしくなるが、そんなものだ。カッコつけた方がカッコいいし、モテるから男はカッコつける。それでも最も振り向いて欲しい人には振り向いてもらえないなんてことはしょっちゅうだし、なんならそれ自体が意味を為さないこともある。
世の中不平等だ。
「────」
早く寝ようと寝返りを打つ。
不安で眠れない。
ふと、こんな事をしていて明日は起きられるのだろうか。ということまで不安になってきた。
一応時計を確認する。
あぁ、まだ大丈夫だ。
なにせ、まだ時計の針は八時を指している。
安心した。
一つでも安心出てたからだろうか。急に眠気が襲ってきた。流石に今日は疲れたのだろう。精神的に。精神衛生上。
明日は何もないと良いな。とそんなことを思いながら俺の意識はいつの間にか無くなっていた。
○△□
「おい。起きろ」
破壊的な音共に扉がけ破られる音。
ん……眩しい。後うるさい。
目覚まし時計と言う言葉が、あるいは存在が、俺は好きではない、という始まり方をしてもいいくらいの悪感情に包まれる。
「早く起きて。何? 今日学校休むの?」
なんて言いながらばさぁとお布団を剥ぎ取ってくる。
「おいおい、そりゃあ無いぜマザー」
妹だと思った? 残念、お袋でした。
うちの妹は絶賛反抗期の(絶賛はされて無い)中学生だ。最近は俺に対する態度が冷たい。決してファイヤーじゃない。
そんな訳で妹が毎朝起こしに来るなんてイベントは発生しない。目覚まし妹なんて存在しない。
「って、ヤバもう八時じゃん」
ヤベェ急げ! っと着替えようとした俺に母さんは「はぁ?」と言う。
何だよ今から朝飯抜く覚悟て準備しなきゃ遅刻するんですけど。
「はぁ? お前何言ってんの? 今は八時じゃなくて八・時・十・五・分」
今度は俺が疑問を口にする番だった。
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