銃声がする夜

 ありえない。私が何十回と繰り返してきた一日のなかで、あのような日本式の着物を着た男性は一度も見たことがなかった。そもそも、お客さんが来る予定すらなかった。なのに、今日突然彼は現れた。一体どうして?なんのために?どうやって来た?


 セラの頭の中はまさにカオス。セラの置かれたこのループを繰り返している状況でも常識の範疇を超えていたのだったが、繰り返している内に何とか落ち着いて対処できるようになってきていた。なのにまた新しい謎が追加されてしまった。


 タオルを棚から取りだそうとかがんでいる態勢でセラは固まっていた。あの男の目的について深く考えていたからだ。第一に考えたのは私を殺すまたは捕まえるためにここに来たという理由。幾度となく行ってきた殺害のすべてをあの男は把握しており、私に罰を与えるためにここに来た。でも、この考えは却下。私を捕まえたいのならば、堂々と玄関から入ってくる理由がない。私を殺したいと思うならば、こっそりと夜を待ちあの浮浪者たちとともに攻めればよかっただろうに。それに、私が何度も殺害を行っているのを今まで黙って見ていたとういのもおかしい話じゃないか。第一の考えは捨て、次に考えたのは、本当にただ雨宿りをしに来たのだという理由。ここで雨宿りをし、服が乾くとあの男はどこかへ行ってしまうと考えられるため、私に危害は及ばないという一番安全なルートだ。しかし、それをよしとすると、どうして今回初めてここに現れたのかについて考えなくてはならなくなる。結局の所、ここでで思考が止まり、第一の理由を再評価し始める。セラの脳内はこれを繰り返していた。


「やぁ、お嬢さん。タオルもらうぜ」


「はっ!」


 例のあの男に突然話しかけられ、セラは飛んでくるナイフをかわしたのかと思うほどのスピードでバックステップをする。目は鋭く和服の男を睨む。


「おいおい、そんなにびっくりしなくてもいいじゃねえか・・・・・・」


 その男は両手を首のあたりまで上げ、手のひらをセラに見せる。


「はぁ、お客様ではないですか。驚かせないでください」


「それはすまなかった。まぁ、か弱い女の子にタオルを持って来てもらうのは、なんか申し訳ねぇと思ってな」

 

 か弱い女の子というフレーズにセラの耳は反応する。


「私の仕事の内なので、お客様が気になさる必要はありませんよ」


 セラとコミュニケーションが取れ始めてきたことに安堵したのか、目の前の男は手を下ろし、右手は衿に入れ、腹の前で落ち着かせる。


「どうぞ。お待たせして申し訳ありません」


 セラは胸に抱えていたタオルをその男へ渡す。男は左手でそれを受け取る。


「ありがとう。お嬢さん」


 その男はふぃ~と息を吐きながら、濡れた髪などを拭いていく。


「なぁメイドさん。よかったらこの屋敷を案内してくれねぇか?」


「えっ?わたしですか・・・・・・」


これは予想外、すぐに帰ってくれると思っていたが、これは時間がかかりそうだ。夜の準備もできない。


「すみません。私はお嬢様の面倒を見なければならないのです」


「へぇ、この屋敷にはお嬢さんがいるのか。それは挨拶しておかないとな~」


 この男はニヤニヤとしながら首回りを拭いている。


「それはダメです!」


 セラは思わず強い口調で言ってしまう。男の手が止まり、目は真ん丸になっていた。しばしの静寂。セラは我に返る。


「申し訳ありません・・・・・・今、お嬢様の状態はあまりよくなく、屋敷以外のものと会わせることは出来ません」


「いや、別に謝らなくても・・・・・・それは俺が悪かった」


 セラが軽くお辞儀している姿を見て、男はたじろぐ。


「それじゃ、屋敷に入れてもらって、タオルも使わせてもらったことだし、ここの主人に挨拶だけでもしていくか」


「わかりました。それでは案内します」


 挨拶だけならきっと夜までには帰ってくれる。この男の正体がわからない以上、私が人を殺しているところを見せない方がいいのは確かだ。


「俺のことはニワタリって紹介してくれお嬢さん」


「ニワタリ・・・・変な名前ですね」


 セラはニワタリからタオルを回収し、ブルースの書斎へ向かった。廊下の時計をちらりと見る。大丈夫だ。浮浪者たちの襲撃まであと4時間もある。きっと2時間後あたりにはエミリーの所へいき、ともに楽しく会話をしているだろう。


「おぉ!それは面白い!今度観に行ってみようか、その相撲とやらを」


「ぜひ日本に来てください!あとですね・・・・・・」


 正気か?酒も食事も無いのに、紅茶一杯で3時間も話すことがあるのか?話せるものなのか?セラは歯を食いしばりながら、ブルースとニワタリが盛り上がっているのを細い目で眺めていた。


「このままじゃ・・・・・・」


 セラはこのとき物静かな顔だったが、内心焦りといら立ちでいっぱいだった。まずい、このままでは間に合わない。ブルースとニワタリの話には切れ目が見つからず、まるで学生の頃からの友人であったかのように盛り上がっている。


「そうだニワタリ君。せっかくだ今晩夕飯を食べていかないかね?」


「ほんとですか!いやぁ~うれしいです」


 ブルースは持ち前の心の広さでニワタリを食事に誘った。


「おっお言葉ですが、ブルース様。今晩はダンテ様と食事をする予定が入っていたので、さすがに・・・・・・」


 セラはなんとかブルースに考えを改めるよう話しかける。


「ん?別に良いではないか。多い方が楽しかろう!ニワタリ君もそうだろう!」


「えぇ、もちろんです!」


「ですが!ニワタリ様も・・・・・・えっと、用事があったはずです。遅くまで居させるのは良くないでしょう」


「だが、こんなにも雨が降っているのに、屋敷から出すのはかわいそうだと思はないかね。いいじゃないか、食事を少しするだけじゃないか」


 その食事すらまともにできない未来が迫っているとはセラは言えなかった。


「そうだセラ。エミリーにも一緒に食事をしようと伝えてきてくれ。きっとニワタリ君の話を聞いてエミリーも元気になるだろう」


 ブルースが笑顔でセラに伝える。仕方がない。この男を屋敷から追い出すのは不可能だ。それならば、私が外で浮浪者たちを殺している姿を見られないようにするしかない。セラは御意と元気なく答え、書斎を出る。


「娘さんの名前はエミリーっていうんですね。いい名前だ。さぞかしかわいいんでしょうな~」


「えぇ、もちろんですとも!妻とそっくりでしてね・・・・・・」


 楽しそうな会話は扉が閉じると同時に途絶える。こんなににぎやかな時を過ごしたのはいつぶりだろうか。もうわからない。


 とりあえずお嬢様の所へ行き、夕食にあの和服の変な男が参加するということは伝えた。次は私の準備だ。あの男が不安要素だが、今まで通りの行動さえできればバレることは無いはずだ。雨が降っているなか外へ出ている言い訳を考えるのは大変だが・・・・・・。そうと決まればキッチンの方へ包丁を取りに行かなければならない。ところが・・・・・・。


「やぁ、お嬢さん。急いでどこへ行くの?」


「げっ」


 ニワタリが屋敷をうろついていた。セラは立ち止まりたくないが立ち止まる。


「・・・・・・お嬢さんはやめてください」


「ほう。じゃあ、俺の超能力で君の名前を当ててあげよう」


「・・・・・・」


「セラ!だ。どうだ、びっくりしたか?!」


「・・・・・・ついさっきブルース様が私をそう呼んでたのを覚えていただけですよね」


「むう、なかなか鋭いメイドさんだ。キャミイちゃんなら素直に驚いてくれただろうにな~」


「用がないのなら私は行きます。でわ」


 セラはニワタリの横をすり抜けていこうとする。


「あっ、ちょっと待って用はあるんだ!」


 ニワタリはセラの腕をグイと掴む。


「なあ、セラ。正直に答えてもらいたいんだが・・・・・・」


 ニワタリは書斎で話していた声のトーンとは一段とまじめな声で話す。顔もニヤニヤしていない。ニワタリはもともとダンディーな顔つきであるため、セラはそのニワタリの目線にくらっときそうだった。


「バクって知っているか?名前は知らなくても、怪しい黒い影に触れたことがないか?」


 セラは男の発言を疑う。幾度となく繰り返されてきたことで薄れかけてきている記憶はあるものの、黒い影に触れた記憶はまだはっきりとある。あれから私の長い夜は始まった。正直に、はいと答えてもよいが、この男の狙いがわからない。


「さぁ・・・・・・知りません」


「そうか・・・・・・」


 ニワタリはセラの腕を離す。


「すまない。急に腕掴んじまって。引き締まってておいしそうだと思ったんだ、あはっあははは・・・・・・」


 ニワタリは左手で頭を掻きながら照れ隠しのように笑う。相変わらず右手は衿の中。


「食べようとしないでくださいよ・・・・・・その質問にはどんな意味があるんです?黒い影とは?」


 セラは探りを入れた。この男が私をこのループから救いに来たのか、私を粛正しにきたのかを。


「いや、深い意味はないんだ。そう、日本ではバクっていう種類の魚がいてねぇ、うんうん。今度皆さんで観光に来るならばバクがたくさん見れるところをお勧めしてあげようと思ってな~。そのお店の看板バクがクロイカゲっていう名前なんだ」


「へぇ・・・・・・」


「今、みんなに聞いて回ってたんだ。君が最後だった」


「みんなに・・・・・・」


 この男が言っている話はいかにも嘘っぽいが、異国のことはわからない。下手に反論する必要もないだろう。


「さて、用を済ませるか」


「?用事はさっきの質問ではなかったのですか?」


「いやずっとトイレに行きたくてな」


「早く言ってくださいよ・・・・・・そこの廊下をまっすぐ行って左でもいいですし、一階の洗面所の隣にもありますよ」


「わかった。ありがとう」


 ニワタリは股間に手を当てながら小走りでセラから離れていく。さて、早く準備を再開しないと・・・・・・。セラは廊下の時計をチェックする。


「しまった!」


 セラは青ざめる。もう襲撃が始まる10分前だった。これでは、外で全員返り討ちにするプランは使えない。きっと今頃ベランダに縄をかけて登っている頃だろう。玄関にいる4人組も爆弾の準備をしている。もう、間に合わない。思った以上にニワタリと話をしてしまった。迂闊だった。これからできることを記憶を振り返り、ここで導き出される最善策を考える。まず私がブルース様の書斎にいるロンを含める3人の男たちをできる限り早く殺し、その後、バラバラに行動する玄関組を殺しに行く。ニワタリは一階の洗面所横のトイレへ向かったため、最悪、奴らに殺されてしまうかもしれない。だが、ブルース様を死なせるわけにはいかない。


 セラはブルースの書斎へ急いで向かう。運よくブルースは書斎におらず、違う部屋へ行っているようだ。


「ニワタリと接触したことで、行動が変わったのね・・・・・・むしろ厄介ね」


 もし、ブルースが玄関の方へ向かっていたらそれはまずい。だが、ロンを放っていればお嬢様に危険が及ぶ。セラは命の優先順位を付け、今晩の作戦を心に決める。ニワタリの優先順位が低いのは言うまでもない。







 一方、ニワタリはトイレを済ませ、ロビーに飾られている花や絵を眺めていた。すると、階段の上からニワタリを見つけたブルースが下りてくる。


 「おーいニワタリ君。今晩君に出すワインを考えていたんだが、こういうのはどうかね」


「えっワインですか?すみません。あまりお酒に詳しくなくて・・・・・・お勧めでかまいませんよ」


「そうか。ならこれにしよう。ダンテくんが来るまで楽しみにしていてくれ」


そう言い、ブルースは階段の方へ歩き出す。ニワタリも鑑賞を続けようと背中を向けた。その瞬間。


ドォォォォォン! 


「ぐあっ!」


「うぉう!」


 爆音と爆風で扉が吹き飛ばされる。地面が揺れ、その衝撃波でブルースとニワタリは床に転ぶ。ブルースが持っていたワインは宙を舞い、床に叩きつけられドロドロと漏れだした。


「ブルースさん!大丈夫か!」


 ニワタリは爆破の位置に最も近かったブルースに近づく。




「いやっほおーー」


「盗め!盗め!」


 4人の浮浪者どもがナイフを持った腕を振り上げながら入ってくる。だが、入ってすぐのところで異国の服を着た男がブルースを抱え上げている姿をとらえる。


「んっお前誰?変な格好だな?」


「おい、おっさん!逃げないと殺しちまうぞ!」


「・・・・・・そうか、だからか・・・・・・」


「ん?なんて?」


 意識があり、うんうんとうなっているブルースをゆっくり床に置き、和服の男、ニワタリはゆっくりと立ち上がる。


「彼女は一人で、救おうとしてたんだな・・・・・・」


「何さっきからぶつぶついってんだよ!」


 バァン!


「うえっ?」


 四人の内、一番右にいた男性が奇声を上げた。その男は、胸からあふれ出る血を手で受け止めながら倒れる。白目をむき、床に這いつくばるように死んだ。突然の出来事に残りの男たちは、助けに行くこともかなわず、助けを呼ぶこともできずその光景をただ見届けた。


 一方ニワタリは、男たちに背は向けていたが、倒れた男性の方へ右腕はしっかりと伸ばしていた。めくれた袖から鍛え挙げられた前腕がちらりと見え、右手にはロビーの照明で照らされ銀色に輝いているリボルバーがしっかりと握られていた。


「お兄さんたち、リボルバーで撃たれるのは初めてか?」


「うわぁぁ!」


 残された3人は一斉にナイフ片手に襲い掛かる。ニワタリは体を左周りに回転させながら、リボルバーのトリガーを引く。


バァン!バァン!バァン!


 その銃弾は確実に男たちの胸や頭を貫き、倒れる。


「きゃぁ!これは一体?」


 玄関へ様子を見に来たメイドたちは、倒れている男たちを見る。次に、銃を持ったニワタリを見てモルガンが言う。


「あんた、まさかブルース様を!」


「おいおい!俺は何もしてない本当だ」


 ニワタリはあわただしく銃を懐にもどす。


「じゃぁ、この男たちは一体・・・・・・」


「さぁ、俺よりも君たちの方がしってるんじゃない?」


 ニワタリは意味深につぶやくが、理解できるものはいなかった。一人のメイドを除いては。


「これって・・・・・・」


 セラはエミリーの手を握りながら、吹き抜けからニワタリを輝く目で見つめていた。

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