異変

 あれから私が何度この夜を繰り返したかは覚えていない。11回ぐらいまではしっかりと数えていたが、それからはあやふやになる。段々と数える必要はないという気になったからだ。このループから抜け出すためには復讐を完璧に行うこと、つまり、男たちを殺す事だと思っていた。しかし、違ったようだ。あのあとも似たような方法で数回彼らを殺した。私の手によってすべて行う必要があるのかと思いたち、あのベランダの下で死んでしまった二人も含めて抹殺したこともある。綺麗な方法ではないが。しかし、終わらない。


 次はお嬢様たちに殺害現場を見せぬ方法で殺す計画を考える。そのためには銃は使えなくなったため、一から作戦を考え直した。もちろん新しい方法を試しては失敗し、成功するまで行う。失敗したときは腹を裂かれたり、頭を踏みつけられたり、最も最悪なのは男たちに捕まり乱暴されること。これに関しては不快でしかないし、どうせ終わる夜だから時間の無駄だ。だからそのときようにブーツにナイフを常に忍ばせることにした。話は戻るが、ブルースたちに見つからぬよう男たちを殺していったとしてもループは終わることがなかった。


 この方法ではループを抜けられないことに気づき、次はロンが屋敷に来るのを阻止する方向で作戦を考えていった。ロンが苛立ちながら家に帰るのを尾行し、人気のないところで殺す。この作戦はあっさりとうまく行った。前回の作戦を繰り返すなかで身に付いた暗殺術は、確実にセラを強くしていた。ロンが浮浪者たちを鼓舞し、チームを作らなければ屋敷に奴らが来るわけがなく、その夜はゆったりとした時間を過ごすことが出来た。セラ以外の人は・・・・・・。結局、ループは終わらない。どれだけ殺し方を変えても、どれだけ屋敷の人たちを守っても、時間が来ればあの朝に戻される。


 セラは終わりが見えないこの世界に嫌気がさしてきた。だからといって男たちにお嬢様たちがボロボロにされるのは見ていられない。業務のように何度も男を殺す。自分が何のためにここにいるかがぼやけてきて、次第にセラの中には復讐心は薄れていった。そんな自分に嫌気がさし、ブルースやバーバラに泣きついたこともあり、無駄に屋敷の物を破壊したりもした。ただ、お嬢様たちを守るという忠誠心だけが彼女の心を生かせていた。




「・・・・・・オリビア。あなたは私をどう思う?」


 セラは玄関の扉の外に出て、足元に来た白い猫を撫でる。

 白い猫はセラの足に体を擦り付ける。


「あなたは私の気持ち・・・・・・わかっているのかしら」


 ガサガサと庭の隅の方で音がする。猫はその音を聞いて屋敷の影へ逃げて行ってしまった。屋敷の中ではエミリーがセラの名前を呼んで探している。




「おい・・・・・・屋敷の前に誰かいるぞ・・・・・・」


 屋敷に忍び込んだ男たちが足を止め、雨が降っているのにもかかわらず立っているセラの姿を発見する。


「いっぱつ撃っとくか?」


 ライフルを持った男が自身満々にセラへ照準を合わす。


「よせ!バレちまったらどうする?!」


「大丈夫だよ。こんだけの大雨だ。屋敷の奴らが聞いたとしても雷だと思うさ。そうだろロン?」


 最後尾にいたロンにライフルをかまえた男が尋ねる。


「あぁ、前からあいつは気に入らないくそメイドだからな・・・・・・作戦を変更だ。あいつを殺したら全員玄関から行こう」


「おっけー」


 男たちは全力疾走に備えて身構える。


 照準はセラの頭。


「綺麗な顔が台無しになっちまったなっ!」


 バキューン!弾丸はセラの頭へと一直線に飛ぶ。風や雨が弾丸を曲げることもなければ、セラが音を聞いてその場から逃げる時間もそもそもない。これで、一人のか弱いメイドが死んでしまうと彼らは思っていた。


 当たると誰もが確信した瞬間。セラは頭だけを動かし、弾丸を避ける。彼女の髪の間をすり抜けた弾丸はむなしく屋敷の壁にめり込む。


「ひっ!」


「まじか?避けたのか?ありえない」


 男たちは狼狽える。セラは弾丸が来た方向を見る。本来ならば暗闇で、誰も見えていないはずだが、セラはそこに誰かがいることを確信しているかのようにダッシュしてきた。彼女の手にはいつのまにか包丁が握られていた。


「やべっ!こっちくるぞ」


 男たちは後ずさりするが、最後尾にいたロンが彼らを止める。


「ばかかお前らは!相手は女一人だぞ?なんで逃げる必要がある!」


「でも、なんか怖いよ!あい・・・ぐぇ」


 会話を切断するぎらついた刃。セラは次はどのように行動しようかと男たちが考える時間も与えない。正確に男の首を斬りつけていく。素人がやったとは思えないほどに洗礼され無駄のない動き。セラの顔はいかにも無表情で、雄たけび一つあげない。装備に頼ることなく、包丁と己のスキルのみでこの殺害に望んでいる。ロン以外の男たちはそのスキルに圧倒され芝生に死体となって倒れこむ。ロンはセラに恐れを感じ、その場から走って逃げようとする。しかし、それを見越していたかのようにセラはライフルを構えており、ロンの背中めがけてバキューンと一発打ち込む。


「あがっ!」


 ロンはその場に倒れ、動くことが出来ない。しかし、セラはもうとどめを刺しに行かない。どうせこいつはここから逃げることしか考えていない。殺したところでまた新しい朝がくる。セラは無駄な体力を使わず、次に訪れる朝に向けて気持ちを切り替えようとしていた。ナイフをその場に捨て、屋敷へ戻る。服を着替える必要はなかった。なぜなら返り血など浴びていなかったからだ。


 びしょ濡れになったセラを見て、エミリーは安堵し、セラに抱き着く。


「セラ、よかった・・・・・・てっきりどこかに行っちゃったのかと思ったよ・・・・・・」


「すみません、お嬢様」


「私を一人にしないで・・・・・・」


「えぇ、もちろんです」


 セラはエミリーと視線を合わせる。


「私はお嬢様を一人になんかさせません」


「こんな大雨のなか何をしていたんです?」


 バーバラがタオルをセラに渡し、聞く。


「ちょっと、モグラの巣を見つけたので・・・・・・」











 そしていつもの朝。正直、やることは決まっている。夜がくるまでは自由時間だ。一度だけエミリーを無理やり外に連れ出して、ピクニックをしたことがあった。エミリーははじめは困惑していたが、いっしょに楽しく会話ができるまでになったのは良い思い出。結局、楽しかったのは夕方までで、それからは男たちを殺すいつも通りの結末だったのだが。


 最近は特に何もしない。一通り考えつくことはやりつくしたからだ。屋敷から出ようとするロンとキャミイを鉢合わせにして修羅場を作り出したり、バーバラと一緒に花を生けたり、モルガンに大人な知識を教えてもらったり・・・・・・。それらは全部、自分の気を紛らわせる目的が多かった。しかし、それは自分が主人公の人形劇をしているかのような感覚をセラに引き起こした。こう話しかければこう返答が来る。この行動をすればこの人は喜ぶ。生きているのは自分だけで、バーバラ、モルガン、キャミイ、ブルース、そしてエミリーはまるで人形である。その感覚はセラに虚しさと孤独しか与えなかった。

 

 だけど、この屋敷の中で唯一人形でない者がいる。あのオリビアだ。あの子だけは私のそばにいてくれる。しかも毎回違う動きをしていて私を飽きさせない。私が悲しんでいるときはそっと近くに寄り添ってくれる。えぇ、わかっている。オリビアはループがおこる朝の時間よりも前に死んでいる。だけど、ここで実際に生きているのを見ている。何回も。不思議に思ってオリビアを埋めた場所に行き、死体があるかどうかを確かめようとしたこともあった。だが、死体はそこに無かった。つまり、あの猫は蘇ったのだ。なぜかはわからない。だけど、このループから出られないことの方が重大な謎だ。


 昼食を終え、業務をこなし、一息つく。そういえばいつから寝ていないのだろう。強制的に事件後から朝へ戻されるため、寝るという行動すらできない。そもそも眠気すらないが。


 今日もきっとなにも変わらない。私がお嬢様の部屋へ行ってお世話をする。時間が近づいたら、準備を始める。最近のブームは前回やったような庭で殺す作戦だ。はじめは銃に撃たれたり、襲い掛かったのを返り討ちにされたりと散々だったが、今の私には造作もない。しかも、屋敷のものたちにはバレず、吹き出た血でフローリングが汚される心配もない。しかも敵は分散していないので探す手間も省ける。何回も繰り返してきた最適解ともいえる方法だった。


「さてと・・・・・・」


 セラは休憩室からお嬢様の部屋へ行こうとする。その時、とてつもなく長い間、聞いていなかった音がする。


 リンリン


 玄関で誰かがドアを開けるよう求めているベルの音だった。

 その音はセラの頭のなかで共鳴する。


「え・・・・・・」


「お客さんかなぁ~」


 たまたま部屋にいたキャミイは、休憩室を出ていく。


「今日、私はまだ何も行動していない・・・・・・」


 セラは、背筋に悪寒を感じながら、恐る恐る、玄関へ向かう。

 玄関の方から話声がする。


「いやぁ、すみません。雨が思ったより強くなってきましてね。見ての通り、こんな格好で傘とか持っていなくて・・・・・・」


 聞いたことのない男性の声。よく目を凝らして視る。男はこのあたりの人ではないことは明らかだ。いかにもアジア系の顔で、あごひげが生えている。服装はこの地域で見られないもので・・・・・・。


「見たことのない格好ですね~。お兄さんはサーカス団か何かですか~」


「あっこの恰好ですか?ははっ、そうか。ここらでは珍しいよな・・・・・・。これは着物といってね・・・・・・」


 着物。聞いたことがある。たしか日本という国の服装だったような。どういう着方かはわからないが、衿にずっと右手を突っ込んでいるのは印象深かった。


「あっセラさ~ん。この人にタオル持ってきてあげて~」


 はっと我に返る。いけない。あの男たちを殺すときのような顔つきになっていたかも知れない。


「セラさん?」


「はっはい。ただいま!」


 セラは洗面所へタオルを取りに行く。


 着物姿の男はキャミイに話しかける。


「ねえ、お嬢さん。あのメイドさんかわいらしいね」


「ふふっ駄目ですよ~ちゃんとブルースさんに報告しないと」


「あぁ、そうか。じゃあ、タオルを借りるついでに話してもいいかな?そのブルースさんって人に。用事があれば別に構わないんだけど」


「いえいえ!ブルースさん今日休みだって行ってましたし、ぜひゆっくりしていってください」


「ははっゆっくりできればいいけどな~」


「?」


 その男は、屋敷の中へ入っていった。

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