第十話 エピソードタイトル未定[0.1版]

「え? ここにいない昏睡被害者もいるんですか?」

 俺は予想外な返答に変な声を上げてしまった。

「ああそうだよー。ええと、確か少し前の奴は下総しもうさの方から来た奴で、家族が引き取りに来てそのまま帰って行ったなぁ」

 道端に置かれた休憩用の腰掛けに座った腰の曲がりまくったおじいさんは、手にした杖の頭を撫でながらそう教えてくれた。


若狭わかさの湯』で昏睡した若旦那の事を調べさせてもらった翌日。

 俺と清輝キヨテルは、他の昏睡被害者の事を調査していた。

 被害者たちの共通点を探る為だ。

 今日も空は晴れていたが、雲があるため暑すぎず日中は動きやすい。

 清輝キヨテルは相変わらず『日焼けしちゃう~』とかボヤいていたけど。

 日のあるウチに集められるだけの情報を集めようと、俺たちは昨日以上に温泉地中を歩き回っていた。


「昏睡状態だったのに帰れたの? その人」

 立ったまま話を聞いているとは違い、おじいさんの横にちゃっかり座りながら、清輝キヨテルがそう問いかける。

「迎えの人間たちが担いで帰って行ったよ。まぁ、いつまでもここにいられても困るしねぇ」

 おじいさんは、すっかり真っ白になった無精ひげが生えた顎をジョリジョリいわせながら撫でた。

「じゃあ、昏睡被害者の人たちでここにいない人もいるんだー。どれぐらいの人数いたのかなぁ?」

 黒髪をサラリを揺らし、清輝キヨテルが小首をかしげる。

 おじいさんは、そんな清輝キヨテルの様子を眩しそうな目で見て、少し笑顔になった。

「うーん。半分ぐらいの奴らはもういないんじゃないかね。昏睡した奴らの多くは村の外の人間だったからなぁ。身元が分かる奴らは身内に連絡して引き取ってもらったって話だよ」

 そんな。大半の被害者はもうここにはいないなんて。

 念のため色んな被害者を調べたかったんだけどな……

「残ってる人もいるの?」

 清輝キヨテルが少しだけ身を乗り出して、おじいさんにそう再度問う。

「もともとこの村にいた奴は自分の家にいるさ。他の……身元が分からない奴らは、診療所にいるって聞いたけどねぇ」

 診療所──俺がこの村に来て最初に行った(正確には担ぎ込まれた、だけど)場所か。

 あの鞍馬クラマ先生と千歳チトセさんがいる場所。

 俺は、思わず診療所のある方向への視線を向けた。


「そういえばさ! ここの温泉って若返りの効能あるんだよねっ!? おじいちゃん、実はこう見えて百歳超えてたりする!?」

 突然清輝キヨテルが話の方向を変え、キラキラした声でおじいさんにそう詰め寄った。

 すると、おじいさんは一瞬ビックリするものの、ところどころ無くなってる歯を見せて鷹揚に笑う。

「お嬢ちゃん! そんな事信じてるんかい。おりゃあ見たままだよ!」

 そして、清輝キヨテルの頭を優しく撫でた。

「え~。だってそう聞いたよ~。じゃあなんで『若返りの効能がある』なんて話が出たのー?」

 おじいさんに撫でられながら、不服そうに清輝キヨテルは頬っぺたをプックリさせる。

「ああ~。それは……うーん。まぁ若返ったように見える奴もいるからだろうなぁ」

「……若返ったように人、ですか?」

 俺のメモを取る手が止まる。

 どういう事だろうか?

「ほら、診療所の鞍馬クラマ先生。あの人はここに来た当初はな、そりゃ疲れた様子で老け込んでたんだよ。白髪も結構多かったなぁ。ありゃ他で相当苦労したんだろう。

 それがな、ここに居ついて暫くしたら顔色が大層良くなってな。皺も減ったんだよ。髪も黒々として。

 それからかな、若返りの効能があるって言われ始めたのは。

 ま、ここに来るまでは大変だったそうだから、ここに落ち着いて温泉で身体を休めて、上手いもん沢山食うようになったからだろうけどなぁ」

「へー……」

 おじいさんの言葉を聞いた清輝キヨテルの目が怪しく光った。自分の頬を撫でながらボヤく。

「ボクもここに住んじゃおうかなー。ボクも仕事でき使われて疲れてるもーん。お肌もボロボロー」

 いや、どこが? 肌ツヤツヤじゃん。輝いてるよ。昨日の夜だって不思議な液体塗った紙を肌に貼ってたじゃん。

「ん? 八雲ヤクモ何か言いたそうだね?」

「いいや?」

「ホントにー?」

 俺の飽きれた視線に気が付いた清輝キヨテルが、ジト目で俺を見上げて問い詰めてくる。俺は明後日の方向に視線をやってやり過ごした。


 ***


「昏睡被害者たち、外部の人が多かったんだね」

 茶屋の前の腰掛けに座り、道行く人たちを見ながら俺はそう呟いた。


 色々教えてくれたおじいさんと別れ、俺たちは村の中心部の方まで戻ってきた。

 一度郵便局に寄って本部に報告の電報を打つ為だ。

 同時に郵便局の裏にカゲ──どこかに潜んでいる組織の諜報部隊のメンバー──への暗号も仕込んでおいた。


「なんでだろう? 別に村にも沢山人がいるのに。何がダメだったんだろう」

 横に座る清輝キヨテルから返事はないが、俺は構わず喋り続けた。自分の頭の中を整理する為でもあるから。まあ、つまり独り言。

「物取りのついてでに? いやでも、それなら別に昏睡にする必要はないよね。そういえば、なんで昏睡状態になるのかも分かってないんだよなぁ。

 どんな異能なんだろう」

 手にした湯飲みから一口お茶を飲み下してから、再度考えをそのまま口にした。

「……例えば。『若さを吸い取る』、とかね」

 ポツリと、清輝キヨテルがそう呟いた。

 その言葉に、俺はギクリとする。清輝キヨテルの方に視線を移すと、彼は手にした湯飲みをじっと見ていた。

「若さ?」

「そう。言い換えると、人の『気』、精気、生命エネルギー。それを吸い取られちゃうから昏睡するんじゃないのかなって」

 湯飲みをクルクル回し、揺らめくお茶を見つめる清輝キヨテル

「それに……ここの温泉って『若返りの効能』があるって噂が立ったでしょ? なんか、繋がりを感じるんだよね」

 確かに。

 そういわれれば、そんな気がする。

「じゃあ、鞍馬クラマ先生が?」

「それは分かんない。まだどう発現する異能か不明だし。それに、先生がここに来たのは三年前でしょ? 事件発生が二年ぐらい前で少し時期がズレてる。もし先生が異能者なら三年前から事件が発生し始めるだろうし」

 そっか。

「じゃあ違うのかな……それにしては──」

 そう呟いてから、俺は言葉を飲み込んでしまった。


 行き交う人の中に、知ってる人を見つけてしまったから。

 千歳チトセさんだ。

 近くに鞍馬クラマ先生の姿は見えない。彼女は診療鞄を両手に持ってどこかへ歩いて行こうとしている所だった。


「……火のない所に──煙はたたず」

 清輝キヨテルが鋭くそう一言吐く。

 そしてぴょいっと立ち上がると、清輝キヨテルは湯飲みを腰掛けに置いた。

「今がチャンス。もしかしたら鞍馬クラマ先生、独りかもしれないから探り入れてくる。八雲ヤクモ千歳チトセさん引き止めておいて!」

 俺の反応など見ずに、清輝キヨテルは向こうを歩く千歳チトセさんへの走り寄って行く。

 千歳チトセさんに何か声をかけて二・三言葉を交わすと、俺の方を指さした。

 ……ええっ!?

 清輝キヨテルに促された千歳チトセさんは、俺の姿に気が付いてニッコリと笑った。

 ……何を言ったんだ清輝キヨテル……

 そのままそこで清輝キヨテル千歳チトセさんに手を振って別れを告げて走り去ってしまう。

 そして、静かな足取りで千歳チトセさんが俺の方へと近寄って来た。

「あの……キヨちゃんが、八雲ヤクモさんがアタシに伝えたい事があるって言ってたけど、どうしたの?」

 深い緑の着物を着た千歳チトセさんは、朱のたすきで袖をさばいた姿がなんだか凛々しかった。凛々しくて、可愛い。

「あ、その。ええと、ですね。ちょっと、傷の具合をですね、聞きたくて……」

 何も考えてなかった俺はしどろもどろになってしまった。


 後で見てろよ……清輝キヨテルっ……


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