第八話 エピソードタイトル未定[0.2版]

「はぁ〜」

 少し熱めのお湯に肩までどっぷり浸かる。その気持ちよさに思わず声が漏れた。

 日が少し傾きつつある。空が少し黄色味がかってきた。

 青々とした木々の葉との対比が凄く綺麗。

 露天風呂からの景色は最高だった。

 極楽極楽、なんて温泉に浸かった人がよく口にするというけど……うん。出るよねその言葉。分かるよ……


 ちょうどいいからと『若狭わかさの湯』に入る事にした俺たち。

 なんだか知らないけどモタモタしてた清輝キヨテルを置いて、俺は先に温泉を楽しむ事にした。

 ついでに、頭を整理する為に。


 ここに来て沢山の情報が入ってきて混乱しそうになった。

『連続昏睡事件』は確かに起こっているみたいだ。

 まだ実際の被害者には会ってないからどんな昏睡なのか分からないけど、事件が新聞に取り沙汰させる程には被害者の数が多いのだろう。

 先月発行された新聞に記事が載っていたけれど、事件そのものは二年前から起こり始めていた。

 色々集めた情報によると、事件が起こり始めた二年前は年に数件程度の発生だったのが、ここ数カ月で発生頻度が増えたとの事。

 被害者の数が増えて目立ってきたので、新聞記者が嗅ぎつけて記事になったのだろうな。


 ただし。

 まだこの昏睡の理由は分かってない。

 もしかしたら未知の病気なのかもしれない。

 何か条件が揃うと発症するとか。

 それともゆっくり感染していく病気なのか。

 もし感染するたぐいの病気なのだとしたら、俺たちも感染しないように気を付けなければならないけれど、理由が分からないのであれば予防しようがない。

 取りあえず可能な限り気を付けよう。


 あと取得できた情報は、二年ほど前に奇跡の生還を果たした宿のご主人がいた事と、ここの温泉が『若返りの湯』と呼ばれる事ぐらいか。


 そっちの方は事件に直接関係してそうではなかったけれど、一応記憶の中に留めておく事にした。


 まだまだ情報が足りない……昏睡被害者を直接見てみないことには事件性を断定できないし、原因と思われる情報はまだ聞けてない。

 今回の事件は、被害が温泉地全体で起こっているため、特定の「事件現場」がない。これは逆に言うと情報が点在してるので足で稼がないといけないって事だしなぁ。


 俺は情報集めとかそういう作業って嫌いじゃないんだけど、歩き回るってなると清輝キヨテルうるさいんだよなぁ……


「わー♡ 綺麗♡」

 清輝キヨテルの声がする。

 どうやら清輝キヨテルも露天風呂に出てきたんだな。

「遅かったねキヨテ──」

 振り返りつつそう声をかけようとして、思わず絶句。

 普通に絶句。

 喉から心臓が飛び出すかと思うほどの絶句。


 露天風呂の入り口には、髪をまとめ上げて大判の手ぬぐいを身体に巻いた清輝キヨテルが立っていた。

 その姿は……完全に女の子のソレだった。

「組織に連絡とってたの。今朝、現場到着の連絡を本部に電報しといたじゃん? カゲからの伝言があるかと思って待ってたんだけどなかなか来なくってさー。結構待っちゃった。もう、アイツら何の為に存在しているのかってーのっ! ちゃんと仕事して欲しいよねっ」

 か……カゲとは所属しょじょきゅする隠密おんみちゅ部隊ぶちゃいのつつつつつ通称で、俺たちとは違って情報伝達でんたちゅに特化した人間たちっでででっ構成されていて、えーとあのアレだよアレ、そう、情報伝達でんたちゅとか、いや、違った……ええと、その、なんだっけ?


「何八雲ヤクモ。何顔赤くしてんの~?」

 俺の挙動不審に気が付いた清輝キヨテルが、静々と湯舟に入ってきたかと思うと、よりにもよって俺の傍へと近づいてピッタリと身体を寄せてくる。

 やめて。来ないで。こっち見ないで。

「何? もしかしてトキメいてんの? ボクに? 可愛いとか思っちゃった?」

「いや、そうじゃなくてだってそのッ……ええと?」

「ええと、何?」

「なんでもないなんでもないなんでもない……」

「赤くなってるよ?」

「なってナイよっ!?」

 なってない。なってるワケない。

 だって清輝キヨテルは男。清輝キヨテルは男。清輝キヨテルは男。清輝キヨテルは男。清輝キヨテルは男。

 俺は女の子が大好き。女の子大好き。女の子大好き。女の子大好き。女の子大好き。女の子大好き。

 女の子が──

「ホントに?」

 清輝キヨテルが、下から覗き込むように俺の顔を見上げてきた。

 ほんのり桃色に上気じょうきした頬、濡れた唇、ハラリと落ちる後れ毛──

 清輝キヨテルは男! 俺は女の子が大好き! 清輝キヨテルは男! 俺は女の子が大好き! 清輝キヨテルは男! 俺は女の子が大好き! 清輝キヨテルは男! 俺は女の子が大好きィィィィ!!!

八雲ヤクモは可愛いね♡」

 温泉の熱さのせいか別の理由かで汗がダラッダラ流れる俺の頬っぺたを、ぷにっと指で一押ししてくる清輝キヨテル


アタマノナカガマッシロニナッタヨ……


「そんな事よりさ」

 真っ白に燃え尽きた俺の様子を散々楽しんだ清輝キヨテルは、ぷいっと俺から距離を取った。飽きたのかな……からかうの。

 ヨカッタ……心臓がモタナイ……

カゲからの伝言。かく明日までにだってさ。簡単に言うよね~」

 不満そうにそう漏らす清輝キヨテルは、はぁと一つ大きなため息をついた。


 その言葉でハタと気づいて冷静になる俺。


 そうだった。

 俺たちが所属する国直属の異能組織・帝護ていごからの密命。


『事件の仔細しさいを調査し、異能に関わる事件であった場合、能力者を確保、もしくは能力の奪取を行うべし』


 異能組織・帝護ていごは、俺のような特殊な能力──異能を保持した人間や、異能は保持しないが訓練を積んで強くなった清輝キヨテルのような人間が所属する、国と国民を守る影の組織。

 国内外で発生する異能に関わると思われる事件を調査し、場合によっては解決に乗り出し治安を守る任務を行う。

 しかし、その活動は一般市民には秘密になっていた。


 何も知らない普通の人たちを巻き込む事なく、知らないままで一生を過ごさせる事が、異能組織・帝護ていごの使命。


 だから、本当は一般人の前で異能を使う事は許されていない。

 物取りのオッサンに襲われた時に、俺が能力を躊躇した理由はソレ。

 ……まぁ、実際のところは上手く使えなくてボッコボコにされたけどさ……


 俺と清輝キヨテルはその組織の遊撃隊の一人であり、斥候せっこうの役目を担っていた。

 なので、今回のこの『連続昏睡事件』が異能によって引き起こされた事件であるのか否かを判別し、もし異能による事件だった場合には、その犯人を捕まえる。


 捕まえられない場合には──


 心を鬼にしなければならない事もある。


 その事実を改めて思い出した瞬間、温泉に浸かって芯まで温まったハズの俺の身体に、冷たい何かがスッと這ったような感覚がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る