第六話 エピソードタイトル未定[0.2版]

「ああどうもー♡ 昨日はありがとうございました♡」

 さっきまでの不機嫌の欠片すら見せず、胸の前で手を握ってあざと可愛くそう挨拶する清輝キヨテル

 俺もなんとか立ち上がって身なりを整えると、こちらの方への歩いてくる二人にペコリと頭を下げた。

「お蔭様で昨日は本当に助かりました。ありがとうございました」

 そう改めてお礼を言うと、歩いて来た二人のうち一人──白衣の男性が満足そうに笑った。


鞍馬クラマ先生は腕がいいからね。でも、だからと言って無理しちゃダメだよ?」

 白衣の男性──鞍馬クラマ先生って言うのか──の半歩後ろを歩く千歳チトセさんが、少し困ったような笑顔で俺の事を見た。

 二人が俺たちの傍まで来た時、清輝キヨテルはさっきまでの愚痴が嘘かと思う程元気に腰掛けからぴょいっと立ち上がる。……疲れてないじゃん。

 すぐさま千歳チトセさんは手にした大きなカバンを空いた腰掛けの上に置くと、横に立つ俺の顔にそっと手をかけてきた。

「結構腫れてきたね。そろそろ湿布変えないと」

 痛くない程度に頭にある患部にそっと触れる千歳チトセさん。

「いっ……」

 しかし少しだけ痛みが走った為、つい声が漏れてしまうと、彼女は慌ててその手をひっこめた。

「ああ、ごめんね? 痛かった?」

「大丈夫ですっ!」

 本当は結構痛かったけど、反射的にそう強がってしまった。

「……八雲ヤクモ、鼻の下」

 清輝キヨテルがすかさずそう突っ込んできた。

 伸びてない。伸びてないよ鼻の下。……多分。


「そうですね。ちょうどいいからここで場所を借りて湿布を変えましょうか」

 白衣の男性──鞍馬クラマ先生が温泉宿の中に入りながら、俺たちに手招きした。

「気持ちは嬉しいんですけど、ボクたち白根しらね湯まで行かなきゃいけないので」

 やんわり鞍馬クラマ先生の言葉を拒絶する清輝キヨテル

 すると、何故か鞍馬クラマ先生と千歳チトセさんが目を真ん丸にして驚いた顔をした。


「……白根しらね湯はここだよ」

 千歳ちとせさんが目の前にある温泉宿を指差す。

 今度は俺たちが驚く番だった。

「え? でもここは『若狭わかさの湯』って──」

「ああ、そうだね。今は『若狭わかさの湯』って名前だけど、昔は『白根しらね湯』だったんだ。一年ぐらい前かな? 名前変わったんだよ」

「「えええええっ!?」」

 俺と清輝キヨテルの悲鳴にも似た声が重なった。


 ***


「そんな苦労してウチを探してくれてたのかい! ごめんな記者さん! 村のみんなは昔からの『白根しらね湯』って呼ぶからなぁ。いらん苦労かけちまったな! すまねぇ!!」

 全然すまなそうな顔をしていないこの温泉宿の年配のご主人が、ガハハと笑って清輝キヨテルの頭をワシワシ撫でた。

 清輝キヨテルは口を尖がらせて不機嫌な顔をし、ご主人にかき混ぜられてしまった髪をせっせと整える。

「余計に歩いちゃったよ。疲れたボク~」

 ……いや、あの顔は歩かされた事を不満に思ってるんじゃない。髪をぐしゃぐしゃにされたのか気に入らないんだ。俺には分かる。清輝キヨテルはあの真っ黒でサラサラな長い髪を自慢に思っているから。

 本来、清輝キヨテルは人に髪を触られる事を嫌がる。

 でも何故か、年配の人たちは清輝キヨテルを見ると頭を撫でたくなるらしい。

 前に「撫でられるの嫌なら帽子でも被ればいいのに」と進言したら、『八雲ヤクモ野暮やぼ』と一刀両断にされた……


 先ほど来た二人──診療所の鞍馬クラマ先生と千歳チトセさんは、この宿に往診しに来たそうだ。

 なんでも、ここにあの事件『連続昏睡事件』の一人がいるそうで。様子を見に来たとの事。

 その被害者の一人というのが、この『白根しらね湯』改め『若狭わかさの湯』の若旦那だという話だった。


 昏睡状態の患者の一人──

 是非状態を見せてもらいたかったが、いきなり来た新聞記者においそれと会わせてもらえるワケもない。なので俺たちは、いつも通りまずは事件概要の情報を集める事にした。


「それで、二年前の大怪我したのってご主人なんですよね? どうなさったんですか? 何かの事故で?」

 手帳を広げた俺は、通された共同休憩所でピシッと正座して取材体制完璧。

 そそっと宿のご主人から少し距離をとった清輝キヨテルが、俺の横に改めて座りなおした。

 今いる共同休憩所はこの『若狭わかさの湯』の宿に泊まらなくても利用できる場所で、畳張りで広い大宴会場のようだった。

 お茶は飲み放題で、温泉からあがった後にのんびりと身体を休める事ができるようになっている。

 既に温泉から上がった人等が、パラパラとそこで横になったりしていた。

 俺たちも外を散々歩き回った後だったので喉が渇いていたから、いただいたお茶が物凄く美味しく感じた。


 俺たちの目の前に置かれたお盆から、自分の分の湯飲みを手にしてズズッとお茶をすする宿のご主人。

 一息ついてから首をぐるりと巡らせて視線を上げて、記憶をまさぐっているかのようだった。

「事故っつーか。運悪く熊に出くわしてよ。殺されかけた。いやぁあん時ゃ流石に死んだと思ったね」

 ヒィ! 想像しただけで怖いっ!!

 俺がご主人の言葉に思わず首をすくめると、清輝キヨテルが首をずいっと伸ばした。

「凄いね! 熊と出会って生きて帰って来れたのっ!?」

 小さく手をパチパチとさせて歓喜の声を上げる。

「いや、俺は覚えてないんだがな。知らせを聞いて飛んできた自警団の奴らが熊を追い払ってくれてよ。なんとか帰ってこれたってだけだ。

 しかも、内臓飛び出るわなんやかんだで大変だったらしい」

 ヒィィィィ! 俺グロイ話苦手っ……!

 しかし、横では清輝キヨテルが目をキラキラさせている。マジか。

「うわぁ~! じゃあどうやって!?」

「そこで助けてくれたのが、鞍馬クラマ先生と千歳チトセちゃんってワケさっ!!」

 まるで自分の功績をひけらかすかのように、宿のご主人が腕を組んで胸を張った。


 その言葉を聞いて、俺と清輝キヨテルは目を合わせた。

 思わぬ名前が出てきたからだ。

 あの診療所の先生と、一緒にいる女の子の名前が。


「先生が俺の腹縫い合わせてくれてよ、千歳チトセちゃんが四六時中そばについててくれてよ、看病してくれたんだ」

 ご主人はその時の事を思い出したのか、自分のお腹をさすりつつ遠い目をする。

 俺もイメージできた。

 あの診療所で目が覚めた時の事を思い出したから。


 優しい手で俺を労わってくれた可愛い女の子──千歳チトセさん。

 きっと、それはそれは献身的に介護したんだろうな。


「もうダメだってなってから、驚異的に回復してったんだとよ! 俺も捨てたもんじゃねぇなぁ!!」

 そうガハハと笑うご主人を前に、俺と清輝キヨテル目配めくばせ。


 これから調査する対象が決まった事を、お互いに認識しあった。

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