第五話 エピソードタイトル未定[0.3版]

「え? じゃあ昏睡事件って本当に起こってて、しかもここ最近の事ではなかったんですか?」

 俺は、情報を教えてくれた近所のおばさんの返答を聞いて驚いた。

 火のないところに煙は立たないという事もあるので、事件そのものがガセである確率は低いだろうとは思っていたけれど……

 まさか、結構前から事件そのものは発生していたなんて。


 温泉宿に泊まった翌日。

 俺は痛い身体を引きずって、清輝キヨテルは今日もバッチリと可愛くキメて、『連続昏睡事件』についての聞き込み調査を始めていた。

 幸い天気は快晴。

 初夏になろうとしているこの時期の日差しは強くなりつつあり、地面に落ちる俺たちの陰も濃い。日向に居ると少し汗ばむくらいだった。


 知る人ぞ知る温泉地だけあって、地方都市特有の『外部の人間への警戒心』はさほど強くはなく、聞き込みもそれをど苦もなく行う事ができた。

 本来俺たちは、この事件についてからの密命で調査しに来たのだけれど、当然その事は秘密にして、新聞記者というテイをとっている。

 幸い、俺の外見は地味なので人に警戒感を感じさせないらしいし。……なんか微妙に嬉しくないけど。


「そうなのよぅ。こんなに頻繁じゃなかったけどね? こんなに大騒ぎになったのはここ数カ月の話なのよ」

 片手を頬に当てて、もう片方の手でパタパタ空中をあおぐおばちゃんは、眉根を寄せてそうボヤく。

 ……どうでもいいけど、おばちゃんという生き物は、どうして空中をあおぐのかな?

「以前からってお話ですが、具体的にはどれぐらい前からだったんですか?」

 俺は、手帳にメモを取りながら話を掘り下げる。

 ちなみに清輝キヨテルは、俺の横でただニコニコ突っ立っているだけだった。

 まぁ、いいんだけどね。清輝キヨテルが聞き込みの能力を発揮するのは、大体年上の男性の時だしね。

 あの容姿の威力を存分に発揮してくれる時は、俺は影に徹してるし。

「そうねぇ……二年ぐらい前だったかしら」

 二年……思ったより前だ。

 俺は横に立つ清輝キヨテルを横目で見る。すると、清輝キヨテルも何かに気が付いたのかコクンとうなづいた。

「もしかして!? その二年前に大きな事件があったりしました?! 伝説の龍が蘇ったとか! 神様が降臨なされたとかっ?!」

 面白そうな話に喰いつくようなテイで、清輝キヨテルが目をキラキラさせて尋ねると、おばちゃんはあははと笑って手を振った。

「そんな大層なモンがここにあるわけないよぅ! なんだい嬢ちゃん、まだそんな事信じてるのかい?! 意外とお子ちゃまだねぇ!」

 そう鷹揚おうように笑って、清輝キヨテルの頭をナデナデした。

 清輝キヨテルはプクッと頬っぺたを膨らませて、ねた風を装う。

 相変わらず、無邪気を装って人の懐に入るのが上手いなぁ……この姿からは、二丁拳銃を振り回して大暴れするなんて想像もできないよね。

 うん、俺も時々信じられない。


「じゃあそろそろ私は家に戻らないとね」

 そう笑い、最後のオマケにと清輝キヨテルの頭をポンと撫でたおばさんの手が一瞬止まる。

 清輝キヨテルはそれを見逃さなかった。

「どうしたの?」

 キュルンとした零れ落ちそうな目で清輝キヨテルがおばちゃんを見上げると、おばちゃんは『そういえば』と呟きながら顎に指を当てた。

「二年前といやぁ、白根しらね湯のご主人が大怪我した事があったねぇ」

 そして、そうポツリと呟いた。


 ***


白根しらね湯ってどこよー!? もぅっ!!」

 村中を歩いて疲れに疲れた清輝キヨテルが、腰掛けにドサリと腰を下ろして足を投げ出しそうボヤいた。


 俺たちはおばちゃんが言ってた『白根しらね湯』というところを探していた。

 おばちゃんは『大怪我』と言っていたので、今回の『連続昏睡事件』とは正直関連がなさそうだなとは思った。

 しかし、おばちゃんの頭の中で何かが紐づいたからあの言葉が出たのだろう。

 なので関係ないかどうかは後々判断するとして、まずはその『二年前に起きた白根しらね湯のご主人の大怪我』の事を調べる事にしたのだ。


 一見無関係に感じる小さな物事が全部複雑に絡み合って大きな事件を構成していた、というのが良くある事だしね。


 が。


 そんな名前の温泉宿がなく途方にくれていた。

 色んな人に聞くと「あっちの方にあるよ」「向こうにあるよ」と教えてくれるのだが、その人たちが教えてくれた方向に歩いて行ってもないという。

 何? 俺たち狐とか狸とかに化かされてるとか??


 先ほど教えてくれた人が指差した先にもなかった。

 これ以上先に進んでも森の中に入っていって温泉宿どころか何もない。さっき行ってみて何もない事を確認してきたばかりだ。

 ここまで戻ってきて、一休みしているという状態なんだけど……


 ヤバい。清輝キヨテルの機嫌が悪くなってきている。

 八つ当たりさせそうで怖い……


「もう! 八雲ヤクモが探してきてっ! ボクここで待ってるー!!」

「そんな事言わずもう少し頑張ろうよ清輝キヨテル……」

「やだ疲れた動けないもう歩きたくないココから絶対動かないィ!」

「少し休めば大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない! ボクの華奢な脚には耐えられないっ!! もうみんななんで嘘教えるのっ?!」

「嘘じゃないと思うよ? もしかしたら、入り組んだ場所の先にあるのかもしれないし……」

「なかったじゃん! 目を皿にして探したもん! 言ってたところにないじゃん嘘つきッ!!」

「もしかしたら見落として──」

「なんでなのもうぅ!! 八雲ヤクモの馬鹿ぁ!!」

 え、今俺関係なくない?


 わーきゃー文句を叫びつつ、清輝キヨテルは腰かけの横にある『若狭の湯』と書かれた木の看板にしがみついた。

 ガクガクを看板を揺さぶって壊しそうだったので、慌てて清輝キヨテルから看板を引き剥がす。

 代りに俺の胸倉が掴まれて、ガンガン前後に揺さぶられた。

 やめてっ……酔う酔う酔っちゃう気持ち悪っ……


「あれ? 昨日の……」

 そんな声が後ろからかけたられた。


 清輝キヨテルが俺の胸倉を掴んでいた手をぱっと放す。

 俺はグラングラン揺れる脳味噌と視界に本当に吐きそうになり地面に膝をつき、それでもかけられた声の方へとなんとか視線を向ける。


 そこには、昨日俺を治療してくれた、白衣の男性と、深い緑の着物でしゃなりと歩く女の子──千歳ちとせさんがいた。

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