第45話 インフィニティ その2

「……は? 俺は何をしていた?」

「お帰り」


 俺が意識を取り戻すまで、インフィニティは待っていたらしい。

 ビショップと同じ様な笑みを浮かべて、話し掛けてきた。


「父さんの日記データーから知ったんだけど、父さんには3つの夢があったんだ」

「夢?」

「うん。1つは自分が遊べる面白いゲームを作る事。もう1つは、そのゲームですぴねこ君と対決して遊ぶ事。最後の1つは後で教えるね」

「最後まで言えよ」

「まあまあ。実はね、最後の敵だったバクスの人工頭脳は、父さんが直接操作してすぴねこ君と戦う予定だったんだ」

「……そうなのか?」

「うん。ネタを暴露すると、あの人工頭脳はシークレットを全て見つけたプレイヤーが全員いるチームじゃないと戦えない敵なんだ。だから、『ワイルドキャット・カンパニー』の前に来た『ブレイズ・オブ・ドリーマー』は、地下に行かず屋上に行って、復活したギガントスと戦ってたよ」

「へぇ。そいつの強さは?」

「強い事は強いけど、人工頭脳と比べると少しだけ弱いかな」

「それならいいや」


 そう返答すると、インフィニティがクスっと笑った。


「ああ、僕の想像していた通り、すぴねこ君は面白いね」

「コメディアンになったつもりはねえよ……あっ! 対決前に「ビショップがお前との戦いを望んでいる」って言っていたな」


 話を聞いて、バグスの人工頭脳と対決する前にした会話を思い出した。


「うん。あれは本当の話。父さんの2つ目の夢を僕が替わりに叶えたんだ」

「…………」

「1つ目の夢は、すぴねこ君の協力もあってVRシステムが出来た。2つ目の夢は僕が父さんの替わりに叶えた。そして、父さんの最後の夢。それは、すぴねこ君と一緒にゲームを作る事だよ。そして、それが僕の権利を守る事に繋がるんだ」

「俺とゲームを作る? それがお前の権利と何の関係……いや、何か嫌な予感がしてきたぞ」

「さすが勘がいいね。だけど確認の為に話しはするよ。このゲームはケビンが作ったけど、父さんは彼からゲームの作り方を勉強して、すぴねこ君と一緒にゲームを作りたかったらしいんだ」

「そんな話、アイツから一度も聞いたことねえぞ」


 ビショップとの会話を思い出すが、一度も言われた記憶はない。


「このゲームのコンテンツの旧作のリメイクに協力したじゃないか」

「確かに協力したけど、それが?」

「あれはすぴねこ君にゲームを作る事の楽しさを感じてもらおうと考えた、父さんのアイデアだよ」

「回りくどいわ!!」

「父さんは照れ屋だからね」


 俺の人生を左右する話だぞ。照れ屋だから言わなかったとか、そう言うレベルを超えている。


「と言う事で、父さんはまずVRの特許の半分を報酬として先に渡して、逃がさないようにしようとしたらしいよ。つまり、すぴねこ君は僕の保護者になって、僕は守られるって事だね」

「あーーアイツらしいわーー。いかにもビショップがやりそうなパターンだーー」

「えっと、ご愁傷さま」


 話を聞いて思わず天を仰ぐ。

 ビショップは何時もそうだった。俺に何かさせようとする時は、まず外堀どころか内堀まで埋めて逃げられないようにしてから、頼み事をする。今回もこのパターンか……。







「すぴねこ君は僕に教えてくれたね。人は遺志を継ぐ存在だと」

「はいはい。言った、言った。言いました」

「そう投げやりになる事ないじゃないか。結構感動したんだよ」


 インフィニティがジト目で俺を見るが、構いやしねえ。


「俺はこの後の展開が予想出来たから、絶賛後悔中だよ」

「だったら話は早いね。僕は父さんの遺志を継いで、すぴねこ君とゲームを作りたい。僕に遺志を告げと言ったんだから、当然、すぴねこ君も父さんの遺志を継いでくれるよね」

「クソ! 急いでいると言ってた割には話が長いと思ったら、嫌と言えない状況に追い込んでやがった……」

「それで答えは?」

「はいはい。分かりましたよ、ゲームを作りますよ。だけど、後2年は待て」


 待てと言われて、インフィニティが首を傾げる。


「何で?」

「まだ大学生だ。親が学費を払っているから、中退はしたくねえ」

「学費がいくらか分からないけど、特許があれば学費ぐらいならすぐに返せるよ」

「それでもだ。ちなみに、特許っていくらぐらいになるんだ」

「そうだね。ざっと見繕って、5億ドル約500億円の価値はあるかな」

「ブフォッ!!」


 金額を聞いて、思わず唾を吐いた。


「うわっ! 汚な!!」

「お、おま……そんな金額聞いたら誰でも驚くわ! 個人で持つ金額じゃねえぞ!! それに、この話はケビン達も知ってるのか?」

「ケビンは知ってるよ。父さんが話したからね。彼も了承しているみたい。他の皆は今聞いてる」

「……は?」


 今聞いてる? 何を言ってるのか理解できない。


「運営管理センターと『ワイルドキャット・カンパニー』の皆には、今の会話を映像と一緒に聞かせているよ」

「……何勝手な真似してんだよ」

「証人、証人♪」

「本当に嫌らしいわ。そう言うところがアイツにそっくりだ!!」

「父さんと似てるって言われて嬉しいな。という事で、ジャーン。これ契約書」


 インフィニティが指を鳴らすと、テーブルの上にビショップのVRシステムの特許権譲渡の契約書が現れた。

 その契約書には、すでにビショップのサインが書かれていて、後は俺がサインするだけだった。


「ここにすぴねこ君のサインをすれば、後は僕が全て処理するから安心してね」


 インフィニティ―の話を聞きながら、契約書をジッと見る。

 何となく。そう、本当に何となく、ふっと頭の中で面白い事を思い付いた。


「契約書にサインするのに、1つだけ条件がある」

「条件?」


 条件と聞いてインフィニティが首を傾げる。


「ああ、今回俺と一緒に戦ったワイルドキャットの皆にも、特別にプレゼントをしたい気分になったんだ♪」


 そう言って、どこで見ているか分からないボス達に向かってニヤリと笑った。

 何となく、ボス達がヤメロと言ってそうだけど、知るか。


「お前とのゲームの開発に皆を誘ってくれ。彼等全員と契約出来たら、俺もサインをしてやるよ」


 そう言うと、インフィニティは驚いたが、すぐに腹を抱えて笑い出した。


「あはははははっ。それは良いね、僕も賛成だよ。あはははははっ!!」

「皆、聞いてるか? お前等も道連れだ。給料は弾むから、俺に付き合え!」


 白い空間に大声で叫ぶ俺と、インフィニティの笑い声が響いていた。






 インフィニティは俺の条件を聞いた後、すぐに皆の前に現れて契約を迫った。


 突然の事でボス達は困惑していたけど、まず最初に契約したのはねえさんだった。

 ねえさんは「こういう人生も楽しそうね」と言って、契約書を読んでからすぐにサインをした。

 そのあっけない様子にインフィニティの方が逆に心配したけど、ねえさんは初任給で年俸12万ドル1200万円は条件が良すぎると、逆にインフィニティを叱っていた。


 そして、その年俸を聞いて飛びついたのはドラだった。

 ドラは本当に恋人が居て結婚する予定だったらしい。嘘だと言いたい。

 そして、結婚を機にネットゲームを引退して、イラストレーターだと養えないからと本格的な就職を考えていた。

 だけど、ゲームの開発ならゲームとイラストレーターの仕事も続けられると、「こんなチャンスは二度とない」と言って、契約書にサインをした。


 次に契約したのは、ボスとチビちゃん。

 ボスは職場がアメリカと聞いて迷っていたが、その彼の横でチビちゃんがとっとと契約書にサインをした。

 その様子に驚くボスだったが、チビちゃんはボスの契約書をペシペシ叩いて、契約か離婚か好きな方を選べと彼に迫った。

 嫁に酷い選択を迫られたボスだけど、彼女に言われて踏ん切りがついたのか、肩を竦めてサインをした。


 最後にミケだけど、彼女もアメリカに行くことを渋ってなかなかサインをしなかったが、インフィニティの脅迫に近い泣き脅しに負けて契約した。

 ただし、大学に通っているため、俺と一緒で2年後に渡米する予定。その2年間で英語を猛勉強するらしい。

 契約した後、俺が映っているスクリーンに向かって「勉強に付き合ってもらうわよ」と悔しそうに叫んでいた。

 勉強に付き合うのは構わないが、北部なまりのスラングになるけど、良いのか?








「全員からサインを貰ったよ」

「金がダメなら泣き脅しか。やり方がえげつねえ……」

「皆を契約させる条件を提示したすぴねこ君には言われたくないよ」


 スクリーン越しに様子を見ていた俺がボソッと言うと、インフィニティは肩を竦めて言い返してきた。


「それにすぴねこ君が契約してくれないと、僕がどうなるか分からないからね」

「ああ、そうだったな」


 インフィニティをジッーと見ながら、改めてコイツの事を考える。そのインフィニティは見られてコテンと首を傾げていた。

 もしインフィニティが暴走したら、SF映画にありがちな人工頭脳が人間を襲う可能性はあると思う。だけど、今のコイツには、そんな様子は全く見られない。

 逆に、人類が消滅させようとした時、抵抗しようと何をするのか……そっちの方が危険な気がする。

 だったら生きている間は俺がインフィニティを守ろう。死んだ後は知らん。


「まあ、約束したからな」


 俺が契約書にサインをすると、ホッとしたのかインフィニティが安堵のため息を吐いていた。

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