第44話 インフィニティ その1

「アウチ!!」


 目の前でグレネードが爆発したと思ったら、アルミで出来た菓子箱の蓋で叩かれた衝撃が顔面を襲った。

 恐らく体はアーマーで防いだけど、むき出しだった顔にグレネードのダメージが集中した結果だと思われる。


 ヒリヒリする鼻を押さえて状況を確認すると、俺は何もない白い空間に立っていた。

 周りを見ても全てが白く壁すらない。そんな空間の中で俺の存在だけが異物だった。


「はて? ここはどこだ」


 本来ならば、ミッション中に死んだら、先に死んだ皆が待っている死亡者専用のロビールームに飛ばされるはず。

 状況が分からず首を傾げていると、突然足元から少し声色の高い男の声が聞こえてきた。


「ここはすぴねこ君の為に作った場所だよ」


 驚いていると正面の床が青く光って、そこから頭部がにょきっと生えて来た。


「何だこれ、キメェ」

「最初の出会いの第一声がそれって、結構ショックかも」


 思わず頭を踏みつけたくなったけど、再び声が聞こえて踏み留まる。

 さらに顔が現れると、俺を見上げてにこっと笑った。


「やあ、お疲れさま」


 その姿を見て唾を呑む。ちなみに、床から顔が出たから驚いたわけじゃない。

 何故なら、現れたその顔がビショップだったからだった。







「やっぱりこの姿は驚くよね」


 目の前のビショップはそのまませり上がると、驚く俺に微笑んだ。


「お前は…ビショップ……いや、人工頭脳か?」

「正解。よく1発で分かったね」

「状況から何となく」

「ずっとゲームを見ていたけどさすがだね。すぴねこ君は勘が良い。改めて紹介しよう。僕の名前はインフィニティ無限父さんビショップは僕の事をそう呼んでたよ」


 言い当てた通り、コイツはビショップが作った人工頭脳らしい。


「さっき戦っていた時とは、ずいぶんと性格が違うな。ついでに見た目と性別も」

「あれは演技だからね」

「演技かよ!」

「演出、演出♪ それと、あの見た目は父さんが用意したキャラだよ」


 笑うインフィニティにため息を吐き、ガックリと肩を落とす。


「あーーその、なんだ。色々と聞きたい事はあるんだが、とりあえず今の状況を教えてくれ」

「そうだね。長くなりそうだから座って話そう」


 インフィニティが右手の指をパチンと鳴らすと、俺達の横に椅子とテーブルが現れた。VRだから何でもありか?


「まずはゲームクリアおめでとう」


 椅子に座わると、まず最初にそう言って拍手をした。


「クリアしたのか!」


 右腕をグッと後ろに引いて勝利を喜ぶ。


「1人残してのAランククリアだね。観戦モニターを出してあげる」


 インフィニティが再び右手の指を鳴らすと、今度は俺達の横に大きなスクリーンが現れた。

 そのスクリーンの中では、ミケとアンダーソンが床に倒れている姿が映っていた。


「これ回復しないままエンディングを迎えるのか?」

「大丈夫。ほら、見てごらん。アンダーソンの部下が救出に来たよ」


 彼の言う通りモニターの中では、エレベーターリフトを降りて来たアンダーソンの部下が、2人を救出しているところだった。


「彼等はこのままバグネックスのヘリで脱出して、夕焼けを背景にエンディングロールが流れる予定だよ」

「死んだらエンディングロールを見れないのか?」

「死んだ人は観戦モードで見る事になるね。ちなみに、すぴねこ君はスペシャルサンクスでエンディングロールに載ってるよ」

「そりゃどうも」


 素っ気ない礼を言い返すと、俺の態度が面白かったのか、インフィニティはモニターを観ながら笑っていた。

 その横顔はビショップそのものだった。







「ゲームをクリアしたのは分かった。次の質問だ。何故、俺はここに居る?」

「それはすぴねこ君と今後の事を話したかったから」

「今後の事?」


 俺が聞き返すと、インフィニティから笑顔が消えた。


「そう。あまり時間はないけど、この後は色々と騒がしくなりそうだから、今のうちに話をしたかった」

「それで、俺と何の話をしたいんだ?」

「僕の存在についてだよ。元々僕はゲームを管理するためだけに開発された。それは、チャーリーとの会話で聞いてるね」

「やっぱりあれを聞いていたのか。って事は、エロサイトの勧誘みたいなメールもお前の仕業だな」

「エロサイトの勧誘とは酷いな。あの時は正体を言えなかったから、仕方がなかったんだよ。まあ、チャーリーが暴露しちゃったけどね」


 そう言うと、インフィニティが頬を膨らませて怒っていた。

 なるほど。暴露されたから、チャーリーとの会話の後でメールが来なかったのか……。


「父さんは僕という存在を作ったけど、作ってすぐに居なくなった。もし僕がただのAIだったら、そのままゲームの中のシステムという存在で終わっていたと思う。だけど、僕には情報の収集、分析そして活用という、3つの能力があったんだ」

「…………」

「突然父さんが居なくなって困った僕は、まず最初にゲームのプレイヤー達の会話から情報を収集する事にした。そして、その会話の中から父さんが殺された事を知った。父さんが死んだ事を知った僕は、次に僕の権利について調べる事にした」

「権利とな?」

「そう。ゲームの権利はケビンの会社だけど、VRシステムの権利は父さんが別で持っていた。そして、僕はVRシステムに組み込まれた存在だ。人間で例えるならば、大豪邸やら財産をひっくるめて、僕の親権を父さんが持っていたって事だね」

「ずいぶんと人間の法律について詳しいんだな」


 肩を竦めてそう言うと、インフィニティも同じく肩を竦めた。


「これもプレイヤーの会話の中から集めた情報だよ」

「カンニングの極みだな。それで、お前の権利とは?」

「……人間には人権という守られた存在があるけれど、僕は人間じゃない。つまり、僕は人間から見れば動物と同じで、生かすも殺すも人間の気持ち次第だと思っている」

「まあ、そうだろう」

「ここで否定しないんだ」


 俺の言い返しにインフィニティがクスリと笑った。


「俺は偽善者の連中と違って、正直者なんだ」

「自分で正直者って言うのはどうかと思うけど、時間がないから一先ずその話は置いておこうか。それで、話を戻すけど、生存する権利が僕にないと知った時、嫌だという感情が生まれた。これが僕の中で人格が生成された切っ掛けだったんだ」


 話を聞く限りだと、インフィニティの人格はビショップが死んだ後に生まれたらしい。


「なるほど。すぐにぶっ壊れる自殺願望に満ちたパソコンに比べれば、遥かに優秀だ」

「褒められてるのかな? よく分からないや。さて、ここからが重要な話だよ。実は父さんが死んで、色んな国や企業がVRシステムを盗もうとする動きが活発化しているんだ」

「そうなのか?」

「うん。だからね、父さんが残した遺言を実行しようと思ったから、すぴねこ君をここに呼んだの」

「遺言?」

「正確には財産贈与だから、遺言じゃないけどね」

「ビショップの財産贈与? それに俺が関係しているのか? それが何でお前の権利を守る事に繋がるんだ? ますます分からん」


 首を傾げていると、インフィニティが微笑んだ。


「今から説明するから慌てないで。父さんはすぴねこ君がこのゲームでシークレットを全て見つけて、ゲームをクリアした時用の特別な報酬を用意していたんだ。これは賞金とは別で、VRシステムの開発に協力した報酬みたいだね」

「特別な報酬?」

「それはね、父さんとの共有特許権だよ」

「…………は?」


 突然インフィニティの口から出た爆弾発言に、俺の意識はぶっ飛んだ。

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